第932話 「残された依頼①」
妖精馬ケルピーに跨ったルウ一行が、コレット邸を出発してから30分程経った。
現在、一行が居るのは……
コレット家管理地内、王都への街道にはまだまだ遠い深い森の中の道……
もう暫くしたら一気にブランデルの屋敷まで、ルウの転移魔法で跳ぶ予定である。
何という、安全で楽な旅であろう……大好きなルウとずっと一緒だし……
ウキウキ気分のアドリーヌが、そう思った時。
並足で先頭を走っていたルウが、ゆっくりとケルピーを止めた。
すぐ後ろを走っていたモーラル、バルバトスも次いで止まったので、アドリーヌも同様に止める。
ふと見れば、ルウが笑顔でアドリーヌの方を向いていた。
これまでの経験で、アドリーヌにはピンと来た。
ルウから『念話』で何かが伝えられるのだ。
『ちょっと良いかな? アドリーヌには言っていなかったが、これから時間を少し貰いたい、ほんの1時間程度だ』
『1時間? 何か用事ですか?』
ルウの念話に対して、アドリーヌもすかさず応える。
自分でも意外であったが、今回の旅で完全に念話を使いこなせるようになっていたのだ。
実家の父を始めとして家族に認めて貰い、正式に自分の夫となったルウと理解し合えたから?
きっとそうに違いない。
自問自答して納得したアドリーヌは、とても満足であった。
『ああ、ひとつだけ用事を済ませたい。先日俺とフラン、モーラル、そしてカサンドラ先生、ルネ先生で冒険者のクランを組んだのは話したよな』
ルウが公務員活動優遇制度を使って、冒険者活動をしているのは本人から聞いた。
夏季休暇中、既に初陣を飾った事も。
「成功した」とだけ聞いたが、どのような依頼を受けて結果がどうなったなど具体的な事は教えて貰っていない。
なので、アドリーヌはルウが組んだクラン名だけ返す。
『はい、クラン星ですよね』
『うん、その星が先日受けた依頼のうち、まだひとつだけが完遂していないんだ』
『依頼がひとつだけ……終わっていないのですか?』
『ああ、ヴァレンタイン魔法大学が各地のギルドに期限なしで依頼を出していたから受けたんだけど』
『へぇ、ヴァレンタイン魔法大学が依頼主なんですか? 内容は?』
冒険者ギルドへ、魔法大学が依頼を出す。
遺跡の調査、発掘に伴う警護、古代人工魔道具の捜索など……
冒険者ギルドへ、魔法大学からの依頼は多いという。
果たしてルウ達はどのような依頼を受けたのだろうか?
アドリーヌは結構ワクワクして来た。
目を輝かせるアドリーヌへ、ルウは言う。
『おいおい、何か期待しているみたいだけど、そんなに派手な仕事じゃない。地味さ』
『地味?』
『マンドラゴラの採取なんだ』
『マンドラゴラの採取、ああ、成る程』
『うん、マンドラゴラひとつにつき金貨30枚。さっきも言ったけど期限は無し、納品は大学本部へ直接。数も任意でOKみたいだ』
※第682話参照
『納得です、マンドラゴラは消耗品だし、大学の様々な学科の講義に良く使いますからね』
……マンドラゴラとは、古から用いられている薬用植物だ。
土中の根茎が複数に分かれていて、中には人型に似たモノもある。
その根には強力な神経毒が含まれており、害がないように加工して魔法使いや錬金術師が自分の用途に合わせて使っていた。
そこいらに滅多にあるものではないが、山野を探索すると群生地が稀に見つかる。
ヴァレンタイン魔法大学では講義の教材に使う為に、各地の冒険者ギルドへ依頼を出していたのだろう。
だが、マンドラゴラがコレット家の管理地にあるなんて、アドリーヌには初耳である。
『でも、ウチの管理地に? マンドラゴラがあったのですか? 良く見つけましたね』
『うん、モーラルとバルバトスが今回の調査時に見つけてくれた。俺が頼んでもう親父さんと兄さんの採取許可は貰っている』
いつの間に許可を取ったのだろう?
ルウは父デュドネと兄マクシミリアンのOKを取ってるようだ。
アドリーヌは妙に感心してしまう。
『それは手回しが良いですね』
『アドリーヌへ伝え忘れていて御免な。ちなみに採取代金はコレット家への借金から引くと言ったら、ふたつ返事でOKさ』
『いいえ、気にしないでください。それにマンドラゴラなんか、どうせコレット家では手が出せませんし、下手に採取しようとしたら却って命が危険ですもの』
そう、アドリーヌの言う通りなのだ。
ご存知の方は多いと思うが……
マンドラゴラは生えている状態から引き抜く時に、怖ろしい叫び声をあげる。
その叫び声を聞くと人間は勿論、殆どの者が錯乱し最悪死に至る為、採取は非常に困難とされていた。
そこそこの希少性もあって、王都に限らずどこでも品薄。
とても高価な値が付いている。
ちなみに採取方法は古代から行われて来たらしいやり方なのだが……結構残酷ともいえるものだ。
命にかかわる危険を伴う為、通常マンドラゴラを採取する際は犬を犠牲にする。
……まず首輪に紐を付けた犬を用意する。
人間は遠く離れて、叫び声が聞こえない安全な場所に待機。
紐をマンドラゴラに結わえ、犬に引き抜かせる。
結果、採取は成功するが……マンドラゴラの叫び声を聞いた犬はほぼ死亡してしまうのだ。
採取業者達は捕獲した野良犬を使って採取するらしいが、最近動物愛護にかけるという声が王家から起こり、その方法は厳しく回数制限されていた。
結果、闇行為で犬を使って採取される事が多くなり、マンドラゴラの値段高騰に拍車をかけている。
そもそも今の一行は、採取用の犬など連れていない。
ならば、どうやって採取するのか?
疑問に思ったアドリーヌは、当然ながらルウに尋ねたのであった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
本作『魔法女子学園の助っ人教師』第2巻好評発売中です。
まだ未読の方はぜひご一読を!
皆様の応援が次へつながります。
大幅加筆修正して、新エピソードを加えていますので新たな魔法女子学園の世界を楽しめますよ!
活動報告に情報を入れていますので、ぜひご覧下さい。




