第930話 「姉からの秘密命令①」
リューディアは、妹のケルトゥリが驚く様を面白そうに眺めていた。
いくら様々な防犯対策が為され警備が万全と言われるこのアパートでも、高位魔法を使われればそうではない。
アールヴ族の中でも抜きんでた実力者であるリューディアは、転移魔法を使ったのだ。
……思えばケルトゥリがアールヴの里を飛び出してから、もう5年以上が経っていた。
魔法使いとして底知れぬ実力を見せるルウに対抗する為に……
新たな自分の可能性を求め、ケルトゥリにとって未知である人間の世界へ身を投じたのである。
最初はバートランドで暮らし、凄腕の冒険者として名を馳せた。
やがて、稼いだ金でヴァレンタイン魔法大学へ入学し人間の使う魔法体系を学んだ。
ケルトゥリの優秀さを聞きつけたヴァレンタイン魔法女子学園理事長アデライド・ドゥメールによって、卒業時にスカウトされ、同学園教頭として現在に至っている。
その間、ケルトゥリは一度も故郷イエーラへは帰っていない。
里心など無かったというのは嘘になるが、規律に縛られ堅苦しいアールヴの生活より気儘な人間の生活に慣れ親しんだせいもある。
そんなケルトゥリの行方を、姉のリューディアは探そうともしなかった。
いや、様々な情報網を巡らせている姉の事だ。
絶対にケルトゥリの足取りは掴んでいた筈である。
実の妹なのに探そうとしなかったのは、アールヴ族のリーダーとして確固たる地位を築く為、自分の『足場』を固めていたのだろう。
最近、王都に居るアールヴにそれとなく聞いたところ、現在のリューディアは『ソウェル代行』と自称しているらしい。
ルウのソウェル後継に強硬に反対した長老達を退けたリューディア。
代行とついてもソウェルを名乗ったという事は……
遂に『実権』を握ったのだ。
こうなると姉は本格的に動き出す。
シュルヴェステルの『遺志』を叶えようと……
死に行く恩師の指名であっても、ルウはソウェルの後継を固辞した。
リューディアに自分が旅立った後を託し、リューディア自身も渋々承知したという経緯がある。
だが、シュルヴェステルに心酔していた姉がそのまま受け入れる筈がないとケルトゥリは考えていた。
その姉が、突如自分の下に現れた。
何か申し入れ……いや『命令』が下されるに違いない。
少しおかしいと思ったのは、彼女がソウェル代行という地位にありながら単身で行動している事だ。
ワインで乾杯した後、ケルトゥリは懐かしさもあって姉に尋ねる。
「リュー、どうして人間のこの街——王都へ来たの? 護衛は連れていないようね」
「ふん、何を言っている。私に護衛など不要だ。ひとりの方が動きやすい。わずらわしいから、手が足りない時以外は連れ歩かん」
案の定、リューディアは鼻で笑った。
確かにこの姉の実力であれば、護衛など必要ない。
今や自分より、遥かに上の能力を有しているのだから。
ケルトゥリは姉の言葉を聞いて、つい気難しかった前ソウェルを思い出してしまう。
「そういうところはシュルヴェステル様にそっくりね。……まあ何故来たのか、予想はつくけれど……」
案の定、リューディアは肯定する。
「うむ、予想か……確かに最終目的だけで言えば、お前の考えている通りだ」
「やっぱりね! どうせ、ルウをアールヴの里へ連れ戻しに来たんでしょ?」
ケルトゥリがつい軽口を叩くと、リューディアはキッと妹を睨む。
真剣な眼差しであった。
「馬鹿者! 次期ソウェルに向かって何という口の利き方だ! ルウ様とお呼びしろ!」
「…………」
予想以上の姉の剣幕。
驚いたケルトゥリが黙り込む。
普段からルウに接しているケルトゥリには、今更尊称でなど呼べない。
主として仕えるというのも到底想像出来やしない。
不満そうに頬を膨らませる妹を見たリューディアは苦笑して、違う話を始める。
「この王都に居るミンミの報告によれば……あの方は少しずつ覚醒されているようだ」
「少しずつ……ルウ……様が覚醒?」
「ああ、まだルウ様は本来の力を全然出されてはおらんからな」
「え? あ、あれで?」
ケルトゥリは驚いてしまった。
様々な未知の魔法を使いこなすルウ。
あらゆる者に対して無敵を誇り、底知れぬ力で上位級の悪魔をいとも容易く倒し、従えるルウ。
……そんなルウが、まだ実力を全然発揮していないとは……何という事だろう。
もしも今の状態が本格化前ならば……果たして、ルウの実力はどこまでのモノなのか?
考え込むケルトゥリへ、リューディアは話を続ける。
「そう言えば分かるだろう、お前にもルウ様の真の実力が」
「…………」
「我がアールヴ族にとって、次期ソウェルはルウ様になって貰わないと困る。但し姑息なやり方をして、あの方へ不快感を与えてはいけない。だから私は上手く行くならどんな手でも使う」
「…………」
「ケリー、お前はな、ルウ様のソウェル就任を軽く考え過ぎているのだ。シュルヴェステル様が何故あの方を後継者に指名されたかを分かっておらぬ」
リューディアの一方的な物言いに耐え切れなくなったのだろう。
ケルトゥリは、何とか反撃を試みる。
「い、いいえ、リュー、シュルヴェステル様のお気持ちは分かっているわよ」
「ほう! ならば言ってみろ」
「ええ、ルウ……様は凄いもの。シュルヴェステル様同様に全属性魔法使用者であり、素晴らしい魔法の才能を持ち、古からのソウェルの知識を全て受け継ぐ者だからでしょ?」
ケルトゥリは今迄、ルウが行って来たであろう事を思い出していた。
悔しいが、全て事実。
現実主義のケルトゥリには全く否定出来ない。
しかし、ケルトゥリの精一杯の反撃は瞬殺されてしまう。
「全然違う! 愚かな奴だ、お前は……まあ真実を知らぬお前には仕方がない事だろうが……」
「え? ち、違うの?」
「ああ、違うな。ひとつ教えよう、シュルヴェステル様はルウ様の本当の秘密を見抜いていた」
「本当の秘密…………」
ケルトゥリは思わず復唱すると、真剣な表情をする姉の顔をまじまじと見てしまったのであった。
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