第929話 「意外な訪問者」
時間は少し遡る……
8月15日、ヴァレンタイン魔法大学オープンキャンパスが終了した後の夕方の事。
仕事から解放されたケルトゥリはひとり、市場での買い物を楽しんでいた。
購入したのは主に食材。
明日は久々の休日であり、自宅で美味しいモノを食べながらゆっくり読書でもしようと考えたのである。
独り暮らしのケルトゥリの自宅は、通勤の手間も考え魔法女子学園から至近距離にあった。
貴族街区の近辺に位置する、瀟洒な高級アパートである。
毎月、理事長のアデライドから支払われる報酬は充分過ぎるくらいある。
なので、一軒家を借りても良かったのだがやめた。
庭の手入れ等が、いちいち面倒なのがその理由。
結局アデライドの紹介で、キングスレー商会に頼んで住居を手配して貰った。
立派な設備の整った厨房&大きなバスタブの風呂付き、居間、寝室、客室そして書斎まであるこの豪華なアパートを、充分下見をした上で借りたのである。
加えて防犯対策がしっかり為されているのも、ケルトゥリが気に入った理由だ。
かつてケルトゥリは、隼と呼ばれた凄腕の冒険者であった。
だから下手な強盗など自身で簡単に撃退出来るが、留守中に泥棒に入られたら堪らない。
なので、衛兵あがりの屈強な守衛が交代で24時間常駐しているのが気に入っていた。
魔法による警報装置が付いているのも良い。
住人が全員、身元のしっかりした女性なのも安心出来る点だ。
そのアパートは高い塀に囲まれ、広い中庭がある3階建て。
正面には立派な鋼鉄製の門があり、何となく魔法女子学園の学生寮的な趣きがある。
睨みをきかせる守衛に手を振るケルトゥリ。
「バルテさん、只今」
アールヴの超が付く美人には人間の男も弱い。
強面が一転、優形に変わってしまう。
「ああ、エイルトヴァーラ様、お帰りなさいませ」
ケルトゥリは軽やかに階段を上がる。
彼女の部屋は3階。
いつもクールビューティーのケルトゥリが珍しく笑顔なのは理由がある。
部屋で心置きなく酒が飲めるからだ。
実はケルトゥリは超が付くほど酒好きである。
5年前にアールヴの里を出て、人間社会に入ってから嗜むようになった。
特にワインは大好物であり、つまみにはチーズが欠かせない。
買い物に寄った市場で一番のお気に入りのモノを見つけたので大満足。
ケルトゥリは鼻歌を唄いながら、扉の魔法鍵を解除した。
扉に鍵をかけ直し、厨房にワインとチーズを置く。
誰にも気兼ねしないひとり暮らしなので、「ぱぱっ」と服を脱ぎ捨て全裸になると風呂場へ飛び込む。
アパートには魔導システムが完備されており、いつでも魔法でお湯が出る。
早速熱いシャワーを浴びる。
シャワーを浴びながら、何となくため息をつく。
憂い顔のケルトゥリが考えたのは、まずルウの事……
会うとつい憎まれ口をきいてしまうが、話すととっても楽しいし気が合う。
ルウもアールヴの里暮らしの為に、他の人間よりずっと価値観も近いからだ。
アールヴとしては典型的な考え方を持つケルトゥリの理想の男性は、まず知識も魔法も強さも自分よりずっと上で、素直に尊敬出来る事。
そして強くて、イケメンでもある事。
この2点は、絶対に譲れなかった。
ルウは推定10歳の頃、当時ソウェルだったシュルヴェステルに保護され、アールヴの里へやって来た。
だから彼がまだ子供子供していた時から知っている。
生活して行く為の一般常識、そして魔法の基礎を教えたのはケルトゥリと姉のリューディアである。
独身の姉妹にとってはさすがにルウを『子供』とは思えなかったが、年の離れた弟のように思って可愛がって来たのだ。
しかしあれから結構な時が経った。
今迄は幼い弟のようだと思っていたルウが、最近とみに大人の表情を見せるようになっていた。
ケルトゥリは見ていると、ついどきどきしてしまう。
以前悪魔に魂を囚われた時、命を救って貰ったのも気になる大きな原因だろう。
そんな事、あまり考えたくない。
「ぶんぶん」首を振ったケルトゥリ……
……次に考えたのが、魔法女子学園で行われたオープンキャンパスの事である。
現在3年A組担任のケルトゥリが、来年受け持つであろうクラスは1年A組……
ステファニー・ブレヴァルの妹アニエスは必ず入学して来るだろう。
魔法使いとしては優秀な子らしいし、何と言っても枢機卿の孫娘なのだ。
理事長のアデライドが入学を歓迎した上で、A組へ入る事は『確定』に違いない。
となると、あのトンデモ女子の面倒を見るのは自分……
「はぁ……」
更に深いため息をついたケルトゥリはもう現実逃避する事にした。
折角、ワインとチーズがあるのだ。
疲れたし、ワインを飲んで今日は早めに寝る!
そう決めたのであある。
髪と身体を洗い終わってタオルで拭くと、ガウンを纏い厨房へ。
水属性の魔法でワインとグラスをキンキンに冷やす。
居間へワイン、グラス、チーズを載せたトレイを持ち込む。
肘掛け付き長椅子に座り、目の前のテーブルにトレイごと載せる。
そしてグラスに注いだワインを一気に飲み干すと、やっと人心地がついた。
チーズを一口齧ると、濃厚な味が口中に広がる。
「うん、美味しいっ!」
思わず叫んだ、その瞬間。
「ほう! そのワイン……確かに美味そうだ」
いきなり背後から、その声は響いた。
自分によく似た、しかし僅かに違う声。
ケルトゥリは吃驚して振り返った。
「お、お前は!?」
「ふふふ、ケリー、久しぶりだな」
「リュー!? ……姉さん!」
長い金髪に菫色の瞳。
……ケルトゥリに良く似た美しい顔立ち。
いつの間にかケルトゥリの背後には、彼女の姉リューディア・エイルトヴァーラが笑みを浮かべながら立っていたのであった。
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