第926話 「特別閑話 初めての安眠」
本日8月23日は第2巻の発売日です。
またも特別閑話をアップ致します。
WEB版でいえば第61話後の話です。
皆様、宜しくお願い致します。
春期講習が終わった日の夕方、オレリーはアルバイト先へ向かう。
働いているのは、庶民向けの居酒屋である。
母ひとり、子ひとりで暮らすオレリー。
普段の生活は苦しく、母は病弱で働けない。
彼女の学費どころか、日々暮らすふたり分の生活費まで稼がなくてはいけないのだ。
オレリーが通うヴァレンタイン魔法女子学園は、基本的にアルバイトは禁止である。
見つかったら厳しく処罰されてしまう。
なので目立つアルバイトは出来ない。
ちなみに居酒屋のホール担当の制服はメイド服。
楽しそうに働く同じ年齢くらいの少女を見て思う。
羨ましい!
可愛いし、たった一度で良いから着てみたいと。
だけど……
オレリーの顔を知っている学園の関係者が、もしも店に来たら……
一発でアルバイトをしている事がバレる。
だから、オレリーの仕事場は居酒屋でも華やかなホールではない。
ホールからは見えない厨房の、それも地味な洗い場なのだ。
これなら目立たず、ほぼ見つかる事はない。
但し、店に入る時だけ注意する。
関係者に見られたら、まずいから。
いつものように、左右をキョロキョロしながら、こっそり入る。
まるで私、不審者みたい……
オレリーは苦笑しながら、居酒屋へ入ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
4時間後……
今夜のオレリーの仕事が終わった。
店はまだ営業しているが、店主の好意でオレリーはいつも早上がりさせて貰っていた。
とはいえ時刻は、もう夜遅い。
既に午後9時を回っていた。
淡い魔導灯がぼんやりと道を照らす中、オレリーは足を速める。
王都セントヘレナといえど、治安は万全ではない。
加えて、オレリー母子が住んでいる場所はスラム街に近い。
強盗など頻繁に出る。
幸いオレリーは今迄被害にあった事はない。
魔法使い特有の勘の鋭さが、危険を避けているのかもしれなかった。
20分以上歩いて、やっと家に着いた。
「母さん、ただいま~っ」
愛娘の元気な声に、ベッドに寝たままの母アネットは吃驚する。
「あらあら、オレリー、一体どうしたの? 何か学校で良い事でもあったの?」
「いいえっ、と、特に無いわ」
つい母に嘘をついてしまった。
良い事は……あったのだ。
しっかりと。
今日春期講習でルウに手ほどきして貰った訓練で、オレリーは静寂な森の小さな泉をイメージした。
訓練は……成功した。
というか、上手く行き過ぎた。
気持ちがとてもリラックスして気持ちも身体も軽いのだ。
このような事はこれまでになかった。
生まれて初めての事なのである。
今夜は元気に働けたせいなのか、特にお腹が空いていた。
簡単な食事を作る。
母とふたりで寝室で食べる。
メニューは固めのパンと、野菜の端切れだけのスープ。
ボウ家の通常メニューである。
だけど同じ食事にもかかわらず、いつになく美味しかった。
何故だろう?
「母さん、片付けたら、私、勉強するね」
「分かったよ、私は先に寝るけど、あまり夜更かししないようにね」
「了解!」
片付けを終わったオレリーは早速居間で復習をする。
今日の授業は精神状態の安定を保つ為のリラクゼーション。
足湯をしながらのイメージトレーニングだ。
オレリーはルウの言葉を思い出しながら、集中する。
彼女の魂にはすぐにあの静寂な森が浮かぶ。
森の奥に泉が見えて来た。
気持ちがとてもゆったりする。
やはり、あのルウ先生の指導は凄いのだ。
「ああ……」
オレリーは思わず声を出してしまった。
しかし母が起きる気配はない。
気が付けば……もう午後11時を回っていた。
明日も早いから、そろそろ寝なくてはならない。
寝室に行くと母は既に眠っていた。
オレリーも「そっと」隣のベッドへ潜り込んだ。
「ルウ先生……今日はありがとう。……おやすみなさい」
学校生活が上手くいかないなど、様々な原因でオレリーにはストレスが溜まっていた。
最近、良く眠れなかったが今夜はまるで違う。
久々に安眠出来そうだ。
オレリーは横になると、また森の泉を思い浮かべた。
心地良さが全身を満たして行く……
すぐに眠ってしまったオレリーの表情は、生まれて初めてというくらい穏やかなものであったのだ。
いつもお読み頂きありがとうございます。
明日はまた特別閑話のSSをお送りします。
活動報告にも情報をたくさんアップしていますので、未読の方はぜひご覧になって下さい。




