第923話 「アドリーヌの帰郷《61》」
管理地を早朝出発したコレット家一行が、隣接するダロンド家管理地へ着いたのはもう午前半ばに近かった。
アドリーヌの父デュドネ、兄マクシミリアンが乗る馬車と、それを守るように並走する従士達の駆る馬。
そしてルウ達は最後方へ位置している。
例によって、普通の馬に擬態したケルピーへ颯爽と騎乗していた。
しかし……
何故か、道中いつも見かける魔物や獣は見かけなかった。
コレット家の面々は「不思議な事もあるな」と首を傾げたが、実はルウ達の魔法によって、遠ざけられていたのだ。
やがて……
ダロンド家の管理地であるトゥルネソル村が見えて来た。
コレット家同様に、ダロンド家の屋敷は管理地の中心を為す村の傍にあった。
生活の便宜上と従士の統括、そして村民へは、管理者として睨みをきかせる為である。
屋敷の正門前にコレット家の馬車が着けられると、丁度といって良いタイミングで正面扉が開いた。
まるで到着を待っていたかのようにダロンド家の面々が出て来たのだ。
顔を見せたのは当主のユーグ・ダロンド、アドリーヌの姉ペラジーが妻である長兄夫婦、そして末っ子のフェルナンであった。
マクシミリアンがまず注目したのは、昨日失踪したフェルナンである。
フェルナンは驚いた事に……以前の彼と違って見違えるほど変貌していた。
表情がやけに穏やかで、優しい微笑みまでも浮かべていたのである。
マクシミリアンが少年時代から嫌った、底意地の悪そうな笑いとは真逆のものである。
気になっていた特異な険も、今はすっかりなくなっていた。
そのフェルナン以上に柔らかな表情なのが当主ユーグであった。
昨日は愛する息子の失踪から、心配で堪らずやつれていたと思われる。
だが、180度の変わりようだ。
デュドネは親友の様子を見てホッとする。
と同時に、馬車から降りると一目散に駆け寄った。
そして、ユーグを握手を交わす。
「おはよう、ユーグ! フェルナンが無事に戻って……よ、良かったな!」
「……ああ、デュー、大変心配をかけた、本当に申し訳ない。こんなに早くに駆けつけてくれて感謝する」
ユーグは笑みを浮かべ、朝一番で尋ねてくれた親友を労った。
だが一転、表情が曇る……
「本当はこちらからそちらへ出向かねばならないところだった」
「いやいや、気にするな」
デュドネは親友の顔を見て心から思う。
この友なくして、辺境の地で心の張りを持ち暮らして行く事など出来ないと。
そのユーグは何か決意を秘めたような表情をしている。
「デューよ、大事な話があるのだ、お前達コレット家へ深く深く詫びなければならない事だ」
「我がコレット家へ? ユーグ、お前が深く詫びねばならぬ大事?」
デュドネは首を傾げた。
ユーグから謝罪される事など心当たりがない。
全く思い当たらない。
ただでさえ、アドリーヌの学費の件では迷惑をかけている。
出して貰った金を返さねばならないのに。
もしも……
可能性があるとすれば、フェルナンに意中の女性が居る事ぐらいだ。
ユーグはそのような事をひと言も言っていなかったから。
ルウから聞いてまだ半信半疑だが、事実ならフェルナンの意思を尊重したい。
デュドネはそう考えていた。
フェルナンが愛娘アドリーヌと結婚しないのは残念ではあった。
だが、デュドネにとっては些細な事であるから。
父ユーグが頭を下げる背後で、フェルナンも頭を下げる。
「はい、父の言う通りです。全て私が悪かったのです」
「おお、フェルナン……」
デュドネはフェルナンの素直な態度を見て、ポカンとしてしまった。
さすがに驚きを隠せないといった表情だ。
フェルナンを赤ん坊の頃から知るデュドネから見ても、故郷に帰って来た当初、彼は全く変わっていなかった。
少年時代の腕白さが無くなっておらず、生意気な子供がそのまま大人になったような我儘さを持っていた。
マクシミリアンはフェルナンのそんな性格を嫌っていたが……
溺愛する実父のユーグのみならず、やんちゃな親友の息子をデュドネも本当の息子のように思っていた。
結構な愛情を持っていたのだ。
同時にマクシミリアンも改めてフェルナンの変貌を感じていた。
遠目から見た最初の印象通りである。
あのくそが付くほど生意気なフェルナンが……
まさに目の前で神妙な表情をし頭を下げているのだから。
そのフェルナン、
「デューおじさん、マクシミリアン兄さん、申し訳ありません、この度は私のせいで散々ご迷惑をお掛けしました」
親友の息子の丁寧な謝罪に、デュドネは手を横に振る。
「いやいや、何を言う! それよりフェルナン、お前が無事で良かった!」
「はい、無事です! この通り怪我もありません」
「だが、お前はどこに居た? 教えてくれ、一体何がどうなっていたんだ?」
デュドネに問われて、フェルナンが口を開こうとした、その時。
ユーグが手を振り挙げて、強引に遮る。
「待て、フェルナン! ……デュー、私から話そう、お前にいろいろ詫びをするのと同時にとても嬉しいニュースがあるのだ。立ち話も何だから書斎へ……」
お詫びと嬉しいニュース?
デュドネは既視感を覚えた。
それは……こちらから話す内容なのに。
「おお、ならば、こちらも一緒だ。お前に詫びねばならぬ事と、素晴らしい提案もあるぞ」
デュドネの言葉に笑みが浮かぶユーグ。
「ははは、何だ? お互いに話す内容がほぼ同じようだ。やっぱり私達は昔から似た者同士だな」
「全くだ!」
昨日までの険しい表情はどこへやら……
コレット、ダロンド両家の当主はお互い好々爺状態になりつつある。
だが……話が弾み過ぎて、長話は必至。
このままでは堂々巡りになりそうだ。
マクシミリアンがすかさず機転を利かす。
「父上、ユーグおじさん、話は屋敷の中でするのですよね? ここでは落ち着きません、早く入りましょう」
「ああ、その通りだ。マクシミリアン、悪いな。ははははは」
さすがに苦笑するデュドネ。
ユーグもバツが悪そうに笑っている。
こうして……全員、ユーグの書斎で込み入った話をする事になったのである。
いつもお読み頂きありがとうございます。
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