第908話 「アドリーヌの帰郷㊻」
主の書斎の扉を、乱暴に叩くほど慌てふためく従士。
宥めすかして、落ち着かせたマクシミリアンは様々な事を聞いた。
その結果、判明したのは……
たった今、ダロンド家から魔法鳩便が来た事。
フェルナンがいきなり失踪した事。
失踪が判明した時間は、約3時間前。
屋敷の私室に居て、忽然と消えた事。
そして……
フェルナンが従えていた従士3人も、何故か同時に姿を消している事であった。
驚いたデュドネが、報せをもたらした従士へと詰め寄る。
50歳を楽に越したと思われる男性従士はオラースといい、コレット家の従士総勢50人を束ねる長である。
「オラース! それで!? ユーグは! ユーグは何と言っておるのだ!」
「い、いえ! 私が見た連絡用の書面には特に何も書いておりませんが……旦那様宛のはいかがでしょう」
オラースは、恐る恐る魔法鳩が運んで来たデュドネ宛の書面を差し出した。
デュドネはオラースから引っ手繰るように書面を受け取ると、早速中身に目を通す。
しかし書面には、オーラスの言う通り事実のみ淡々と記してあった。
驚いたデュドネは、信じられないとばかりに首を振る。
「こんな馬鹿な筈はない! ユーグは、あ奴は私にすぐ来て欲しい筈だ」
「…………」
マクシミリアンは、何も言わずに黙っていた。
父の性分から言って、これから言う事がほぼ予想出来るからだ。
「マクシミリアン!」
「何でしょう?」
「すぐ出かけるぞ、急いで外出の用意を! 供も10人ほど支度をさせいっ」
やはり来た!
マクシミリアンは、いきり立つ父を止めにかかる。
「父上、お待ち下さい」
「な、何だ、マクシミリアン」
「もう日も落ちました。すぐ夜になります」
「だ、だったらどうした!」
「お忘れですか? 我が管理地内で夜間は外出禁止ですよ。午後7時以降は誰であろうと」
コレット家の周囲は、未開地と接している辺境の地。
オーガなどの魔物や、人を捕食する肉食獣などの『敵』は境界線など関係ない。
見境なく侵入して人間を襲い、喰い殺す。
その上、夜間は人間の視界が悪くなる反面、『敵』の行動が活発になる。
どうしてもという以外に、コレット家ではプリムヴェール村民も含めて夜間の外出を禁止していたのだ。
デュドネは、信じられないという表情で首を振る。
「何? 外出禁止? 馬鹿なことを言うな! 非常時だぞ、そのような規則など守っておれん」
「守る為の規則です。それも夜間外出禁止の規則を決められたのは父上ではないですか?」
「う、煩い! 黙れ!」
息子が自分の言う事を受け入れないので、デュドネは一喝した。
しかし、マクシミリアンは、臆せず言い返す。
「いいえ、黙りません! 父上は勿論、お供をする従士達を危険にさらすわけには行きません」
いつもより堂々としたマクシミリアン。
デュドネは、つい気圧されてしまう。
「な、何を!」
「冷静に考えて下さい。ユーグおじさんの屋敷へ行ってもどうしようもない。手掛かりひとつさえない。フェルナンは今、どこに居るのか分からない、所在不明なのですよ」
今日は同じ事の繰り返しだと、デュドネは思う。
確かにマクシミリアンの言う事は正論だし、夜間外出禁止の規則を定めたのは当主の自分だ。
常に理屈だけで行動して良いのか? と、いう疑問がデュドネにはある。
この息子には理屈を超えた人間の絆を大切にして欲しいと、切実に願う。
「関係ない! 友の私がすぐ行けばユーグは少しは安心する。それが男の友情というものだ」
「私にも分かります! だが、今夜行くのも、明朝一番で行くのも何ら変わりありません」
「分かっておらん! 都合の良い時だけ傍に居るのは友などではない。真の友とはな、窮地に陥った時こそ、こちらが無理をしてでも支えてやらねばならんのだ」
愚直なまで、義に厚いデュドネ。
片や、理詰めで物事を考え、冷静に判断しようとするマクシミリアン。
先程から見ていても価値観、考え方の違いは明らかであり、全くといっていいほど対照的だ。
「貴方の気持ちは分かっていますよ、父上。だが、いかに不義理と言われようが、私は絶対に認めません。コレットの当主は父上ですが、私が力づくでも行かせません。たとえ貴方に殺されようと!」
いつも冷静沈着な、マクシミリアンの見せた熱い気迫。
デュドネは完全に飲み込まれてしまった。
「な!」
「ご理解下さい……万が一、父上にまで何かあったら、ユーグおじさんが悲しむと何故分らないのですか?」
「う!」
「明日! 明朝一番で、ダロンドの屋敷へ向かいましょう。私も当然同行します。その時に、今夜伺えなかった非礼の原因は私だとユーグおじさんへ謝罪します」
マクシミリアンが決定を下した。
と、その瞬間。
誰かが申し入れをする。
「俺が」
「む?」「ルウ君」
驚いたデュドネとマクシミリアンの声が重なった。
そして……
「ダロンド家へ俺が使いで行きましょう。俺は元々周囲を深い森に囲まれたアールヴの里育ちです。森での夜間行動には慣れています」
ルウは王都に来るまで、アールヴの里で修行に明け暮れていた。
師シュルヴェステルの、存命中も死後も。
昼夜問わず、場所も問わずで。
先程ルウは、そこまでの話をしていない。
なので、マクシミリアンは、ルウの修行した過酷な環境を知る由もない。
マクシミリアンは当然反対する。
一見華奢なルウが、凶悪な魔物が跋扈する夜間外出をするなど無謀だと考えたからだ。
「駄目だ! 君にも許可を出すわけにはいかん」
「何とかなると思いますが……」
言葉を返したルウへ、マクシミリアンはきっぱりと言い放つ。
「駄目だ! 君はアドリーヌにとって大事な……いや、このコレット家において、なくてはならない人間なんだ」
「お、お兄様……」
アドリーヌは胸が一杯になる。
涙が出て来る。
兄はルウを認めたばかりか、家族として受け入れる以上の気持ちを示してくれたから。
「マクシミリアン……」
そして、デュドネも危険を冒して使いに出るというルウの誠意と、新たな家族を迎える息子の気持ちが伝わったのである。
静かになった室内で、マクシミリアンは従士長へと命じる。
「オラース!」
「は!」
「私が手紙を書くから、今からダロンド家へ魔法鳩の便を出しておけ」
「はい!」
「明朝、一番で伺うとな。それにお前を入れて10人ほど同行して貰う。大至急明日行く者を選んでおいてくれ」
「はっ、はい!」
「父上、これから支度をしましょう。明日朝、万全にすぐ出られるように……そして支度が済み次第、明日に備えて全員早く寝る事だ」
マクシミリアンは、あくまで次期当主である。
だが、実質的にはもうコレット家の当主と言っても間違いではなかった。
有無を言わさない雰囲気のマクシミリアンの指示で、ダロンド家には明日朝に赴く事が決まったのである。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
旧作の大幅加筆リメイク版ですが。
『帰る故郷は異世界! レベル99のふるさと勇者と新米女神』
http://ncode.syosetu.com/n4411ea/
故郷に帰れなかった青年が少年に転生し、美少女と異世界の田舎村で暮らす話です……
何卒宜しくお願い致します。




