第904話 「アドリーヌの帰郷㊸」
アドリーヌがルウと結婚すると聞いて、デュドネはじろりとルウを見た。
凄い目付きで睨んでいる。
はっきり言って、憎しみの眼差しと言っても良い。
父のデュドネにとって勘当したとはいえ、愛娘の結婚である。
無関心のわけがないのだ。
結婚の許しを得たいアドリーヌにとっては、ここが勝負どころである。
改めて気合が入ったアドリーヌはここぞとばかり、大きな声で返事をした。
無論、激怒する父へ向かってである。
「はいっ! 私はこのルウさんと結婚します」
しかしデュドネの返事は残念ながら、NO……であった。
「こ、こいつは! こんな奴は、たかが平民じゃないか! ゆ、許さん! 名門貴族コレット家の娘がへ、平民などと結婚するなど!」
やはりデュドネは、結婚に関して家柄や身分の格差を持ち出して反対した。
貴族としては、至極当然な反応である。
だが、アドリーヌはひるまない。
「お父様! 聞いて下さい」
「う、うるさい!」
頑なに拒むデュドネへ、マクシミリアンが仲裁に入る。
「父上、落ち着いて……一旦アドリーヌの話を聞いてやりましょう」
マクシミリアンの言葉を聞いたデュドネがとうとう爆発する。
自分の右腕と頼んでいた息子が、意見を同じくしないからだ。
「マ、マクシミリアン! 先程から黙って聞いておれば、お前はずっとアドリーヌの味方ばかりしおって!」
凄い剣幕で怒鳴るデュドネ。
しかし、マクシミリアンは冷静である。
「アドリーヌの味方? 違いますよ、何を言うんですか、父上」
「むう、では違うと言うのか!」
「私は父上と同じです」
「何? 私と同じ?」
「はい、私は父上同様にコレット家の存続、繁栄を第一に考えておりますので」
相変わらずなマクシミリアンの言葉。
口ではこの兄には絶対に勝てないと、アドリーヌは思う。
息子から自分と同じだと言われて、当然父は戸惑いを見せる。
「な、何だと!」
「冷静にお考えになって頂けませんか、父上。アドリーヌの案は当家を救う。そして同条件でダロンド家にも提示されるのです。まあ他家の事ですから確約はしませんが、今よりもダロンド家の状況が良くなる可能性は高いのではないでしょうか?」
マクシミリアンの言う事は正論だ。
デュドネは反論出来ずに、口籠ってしまう。
「うむむ」
「と、なればユーグおじさんも絶対に喜びますよ」
「むむ……」
「ね、そうでしょう、父上」
理詰めで、父を説得するマクシミリアン。
しかしデュドネは大きく首を振る。
「マクシミリアン……お前は大きな見落としをしておる」
「見落とし……ですか?」
「そうだ! 見落としだ」
「見落とし? う~ん、分からないですね」
マクシミリアンは不思議そうに首を傾げた。
父から「見落とし」と言われても、全く心当たりがない。
切れ者の息子が打っても響かない。
デュドネはつい苛ついて、大きな声で言う。
「何を言っておる! 忘れたのか? フェルナンだ!」
「フェルナン? ああ、そうなんですか?」
デュドネが気持ちを込めて怒鳴っても、マクシミリアンの反応は紙のように薄い。
マクシミリアンは元々フェルナンが大嫌いだ。
そして穴だらけの提案を持ってくるような、信用ならない輩と付き合う理由などないと考えていた。
しかしデュドネはマクシミリアンのそっけない態度に憂いを見せる。
「馬鹿者! 可愛そうにフェルナンは面子を潰された上に、アドリーヌとの結婚も出来ん。ユーグはフェルナンを深く愛しておる。必ず悲しむだろう」
説得をするデュドネだが、マクシミリアンの態度は変わらない。
「……父上、申し訳ありませんが、その件はコレット家には全く関係がないですね」
「関係ない! だとぉ! マクシミリアン、貴様何を言う!」
「はい! ならば、はっきりと言わせて頂きます。今回フェルナンは事もあろうに偽りの提案をしていました。アドリーヌとの結婚に関しては完全に事実に反する事が分かりました。私は……残念ながら彼を信用出来ません」
「な、何!」
初めて聞いた息子の本音。
デュドネは吃驚してしまう。
なおもマクシミリアンの追撃は止まらない。
「それに父上の気持ちを、アドリーヌは充分に汲んでいます。先程も申しましたが当家と同じ条件をダロンド家へ提示するのですよ。それで充分当家はダロンド家に対して義理は果たす事になる」
マクシミリアンの言う事はやはり正論だ。
しかしデュドネのような古い貴族には単純に理屈では割り切れない場合もある。
「義理だと! 貴様! 何でもかんでも理屈をつけおって! このままではフェルナンが不幸になり、ユーグが悲しむというのが分からんのか! ……私は友が悲嘆にくれるのを見過ごすわけにはいかぬ」
「ならば父上! 解決に向けて具体的な策を出して頂きたい。感情に任せて迷走したらコレット家は滅びます。私はそんな事を決して許容は出来ません」
「うおう! マクシミリアン、これはな、理屈ではない、理屈ではないんだ」
「父上! 申し訳ありませんが、お考えが全く理解出来ません。具体的な策は無い、どうにかしろと言われても無理です」
デュドネとマクシミリアンの議論は全く平行線である。
このままでは解決の糸口は見えそうもない。
と、その時。
「ちょっと良いですか?」
手を挙げたのはルウである。
しかしルウを目の敵にしているデュドネが耳を貸す素振りなどない。
それどころか激高して怒鳴り散らす。
「何だ! 貴様、今私は息子と大事な話をしている。平民風情がしゃしゃり出るなっ、引っ込んでろ!」
雷のようなデュドネの声。
だが、ルウは一歩も譲らなかった。
「いえ、伯爵。ここは俺も引けません」
「何だと!」
「ダロンド家のフェルナンさんの事ですが、俺は彼と面識があります。そして彼を納得させられるように話す用意があります」
「な、何!!! な、生意気な!」
本当に生意気な男だと、デュドネは思う。
いきなり大金を出して来た事、主エドモンと何か繋がりがある事、そして我が娘アドリーヌとの分不相応な結婚……
全て、許しがたい事ばかりである。
「ほう! ルウ君、それはどのような策だね?」
怒りに燃えるデュドネの傍らで、相変わらずマクシミリアンは冷静な視線をルウに向けていたのであった。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
旧作の大幅加筆リメイク版ですが。
『帰る故郷は異世界! レベル99のふるさと勇者と新米女神』
http://ncode.syosetu.com/n4411ea/
故郷に帰れなかった青年が少年に転生し、美少女と異世界の田舎村で暮らす話です……
何卒宜しくお願い致します。




