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第90話 「麗人の喜び」

 午後2時45分……


 魔法女子学園で行われる午後の授業が終わった。

 放課後、ルウはジゼルからの依頼で部活の見学をする事になっていた。


 見学する部の名は……『魔法武道部』である。

 顧問はあのシンディ・ライアン。

 女性騎士志望の生徒が、身体を鍛えたり、魔法を使った攻撃防御の応用を身につける為に入部する。

 

 ジゼルは抜きんでた実力を買われて、1年生で副部長になると、異例の抜擢で当時の上級生を差し置き2年生で部長に就任した。

 美しい金髪をなびかせ剣を振るい、強力な水属性魔法を使いこなす麗人が部長……

 

 ジゼルが入部して以来、憧れて入部する生徒も多かった。

 ただ魔法武道部の訓練は基本スパルタである。

 その傾向はジゼルが副部長になってからなお強くなった為、毎年入部した生徒で残るのは僅かに1/4くらいになり、大半は退部してしまうのだ。


 ジゼルはそれが残念でならない。

 性格的にやや完璧主義の傾向があるジゼルは未来の夫であるルウに相談したのである。


 本日、魔法武道部が練習を行なっているのは屋外闘技場だ。

 ルウが顔を出すとジゼルが嬉しそうに駆け寄って行く。

 満面の笑みを浮かべながら……


 その場に居た者は事情を知るシンディを除き……

 気高く崇高な雰囲気を持つあのジゼルが!? 

 と唖然としてしまった。


「ルウ先生、よくいらっしゃいました」


 ジゼルは周囲の視線に気付くと、コホンとひとつ咳払いをした。

 何事もなかったかのように澄ました顔でルウを見つめた。

 部員達は皆、唖然としたままである。


「ほら、皆! 練習を続けて!」


 ジゼルが大きな声で促すと、部員達はやっと練習を再開した。

 皆、不思議そうな表情のままである。

 

 革鎧を着込み、椅子に座って部員の指導をしていたシンディだけは、

「くっくっ」と面白そうに笑っていた。

 ジゼルは辺りを見回してから、いきなりルウの手を掴むと、シンディの下へ連れて行く。


「ふふふ、『麗人』も愛する旦那様の前では形無かたなしね」


 シンディにそう言われたジゼルは、「心底困った!」という顔付きである。

  

「先生! 笑い事じゃないですよ。これでは部員に示しがつきません」


 自分の恋心が原因だと分かっていながらも……

 ジゼルは顧問のシンディに助けて欲しかったのだ。

 すがるような眼差しのジゼルが、シンディには可愛くてたまらない。


「分かるわ! 私も恋愛していた時は夫の事を考えると居ても立ってもいられずって感じで浮き浮きしていたものねぇ」


 遠い目をしたシンディは。自分の若い頃を思い出したようだ。

 意外なシンディの言葉に、ジゼルは驚いた。

 先日、『先輩』として話した時には、そこまでの気持ちを吐露してはいなかったから。


「ええっ!? 『鉄姫』と呼ばれた先生が……ですか?」


「もう! その渾名はやめてよね」


「でも、何かホッとしました!」


 苦笑するシンディに対し、「してやったり!」といったジゼル。

 じっくりと話した事で、ふたりはだいぶ距離も縮まったようだ。

 

 一方、会話を聞いていたルウは不思議そうに尋ねる。


「顧問と部長だったら普段も良く話すんじゃないのか?」


 ルウの問いに対し、シンディは手を横に振った。


「魔法武道部は伝統的に指導に関しては全面的に部長に任せるのよ。部員の自主性を育て責任感を持たせるようにね」


「うむ! ルウ先生、そういう事情なんだ。だからあんなにシンディ先生と膝を突き合わせて話したのは初めてなのさ」


 ジゼルも頷き、嬉しそうに言う。

 そしてぺこりと一礼をした。

 長年の悩みが払拭ふっしょくされた感謝のしるしらしい。


「先生の体験や意見が私のもやもや(・・・・)を晴らしてくれた。感謝しているよ、シンディ先生には。当然旦那様にも感謝、いや大好きだ!」


 ジゼルは本当に嬉しいらしい。

 愛の言葉を叫ぶと、頬を(あから)め、俯いてしまった。


「ほらほら、ジゼルさん。今日、ルウ君に来て貰った用件を話さないといけないわ」


 シンディが促すと、俯いていたジゼルが「ぱっ」と顔を上げる。

 そして「そうだった」と手を叩いた。


「ああ、そうだ、忘れていた。今日旦那様に来て貰ったのはお願いがあるからなのだ」


「お願い? 俺に?」


「ああ、旦那様には魔法武道部の副顧問になって欲しい」


 ジゼルはルウの顔を真っすぐに見つめる。


「今、魔法武道部が抱えている問題を、悩みを私は解決したい。自分自身の悩みを旦那様に解決して貰ったように。手助けをして欲しいのだ」


「ふうむ、問題か……悩みというのは何だ? 良かったら具体的に話してくれないか?」

 

「分かった。私が1年生で副部長になって以来、新入部員の殆どが途中でやめてしまう。定着率が悪いんだ」


 ジゼルは「ず~っと悩んでいる」と切々と語る。


「旦那様にまずお願いしたいのは、新入部員の退部回避のアドバイスだ」


「成る程」


「残った部員達も連帯感が感じられなくて困っている。こちらも相談したい」


「うん、分かった。大体話が見えて来た」


「そうか! 実は旦那様にお願いしたい事はもう少しある」


「良いぞ、ジゼル。構わないから話してくれ」


「ならば、遠慮なく! 新たな練習方法を取り入れたいが、適切なやり方が見つからない」


「成る程」


 部長の『悩み』は尽きないらしい。

 傍らで黙ってジゼルの話を聞いていたシンディだったが……


「私からもお願い」と、ルウに手を合わせる。


「ルウ君、本当は顧問の私が部長のジゼルさんをフォローしないといけないのよ……だけど情けない事に私のキャパの問題でね」


「キャパ?」


 シンディは主任として、1年生全てを統括する教育担当である。

 現場の担任も兼任し、専門科目の教官も担当している。

 その為、魔法武道部の指導が行き届かないらしい。


 ふたりの懇願を聞いたルウはいつものように微笑んでいる。


「OKだ。時間に関して相談はしたいけど、この俺でよければ」


 期待していた返事を聞き、ジゼルとシンディは安堵する。


「本当か、旦那様」

「助かるわ、ルウ君」


「問題無いぞ、まあ任せろ」


「引き受けてくれありがたいぞ、旦那様。では今日だが、魔法武道部の練習を見るだけで構わない、大体の流れを掴んで欲しいんだ」


 そんなジゼルの言葉に再び頷くルウであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 午後5時……


 魔法武道部の平日練習が終わった。

 平日の練習は授業の後なので、そんなに長時間の練習は出来ない。

 だがその分、週末の土曜日は早朝から昼休みをはさみ、午後3時まで練習するという。

 部員達はシンディとジゼルの下に集合し、ミーティングを行っていた。


 そもそも魔法武道部の部員は、基本的に学生寮に入寮している生徒、寮生である事が前提である。

 生徒が練習をする為の便宜上、そして彼女達が帰宅し易いという警備上の問題が大きい。

 

 また部員構成に関しては現在3年生が4人、2年生も4人、そして1年生が15人となっていた。

 実は3年生、2年生の入部者は、現在の新1年生の人数ほど居たのが、殆どが退部。 約1/4しか残っていなかった。


 暫くするとミーティングが終了した。

 シンディはルウに挨拶をして去った。

 他の生徒達も、ルウに対して礼をすると寮に引き揚げて行った。

 

 3人の生徒達だけが残っている。

 部長のジゼル、そして2年C組所属のミシェルとオルガであった。


「やっぱり本当なんですねぇ……」


 ミシェルがジゼルを見てしみじみと言った。

 続いてオルガも大きく息を吐く。


「私達、ルウ先生と校長、副会長の同時婚約発表の場にも居ましたけど……まさかジゼル部長までが先生と結婚するなんて」


 ミシェル達がそう言うのは……

 ジゼルの変貌振りを目の当たりにしているからである。

 目の前のジゼルはルウの前で、今までのイメージとはかけ離れた、

 『恋する乙女モード全開』に入っていた。


「ミシェル、オルガ、他の部員にはまだ内緒だぞ!」

 

 慌てたジゼルが釘を刺す。

 対してふたりは「分かりましたよ」と笑っている。

 3人のやりとりには以前のぴりぴりとした関係と違い、何とも言えない温かみが感じられた。


「それはさて置き、私達もルウ先生に魔法武道部を指導していただくのは大賛成です」


 ミシェルが相変わらず笑顔を見せると、オルガも同様に頷いた。


「何たってあの強さですからね、楽しみです。他の部員は先生の事を知らないから、まだピンと来ないみたいですけど」


「ああ、俺でよければ出来る事はさせて貰うよ。後は時間の調整だけだな」


 ルウはにっこりと笑うと、

 「オレリーの面倒も見てくれてありがとう」と頭を下げた。

 教師でありながら腰の低いルウを見て、ふたりは恐縮してしまう。


「いえいえ! そんな全然OKですよ」

「でもあの子、急に綺麗になりましたね」


 さすがに……

 オレリーまでがルウと婚約した事実を、ミシェル達へは報せていない。

 だがルウは、近いうちにふたりへ話そうと思っている。


「じゃあこれで、私達失礼します!」

「これ以上一緒に居ると、お邪魔虫って、部長に怒られますから」


 ジゼルが大袈裟な仕草で拳骨を振り上げると、

 ミシェルとオルガは「きゃっ」と小さく叫んで逃げた。

 そして手を大きく打ち振ると、寮の方へ去って行った。


「良い後輩達だな」


「ああ、旦那様、誇りに思う」


 ルウに褒められ、ジゼルは満足げに頷いたが、急に心配顔となった。


「ところで、今夜の食事会なのだが、本当に私とナディアが伺っても良いのか?」


「ああ、構わないさ。逆にオードランさんから是非にと希望が出たらしいぞ」


 ジゼルは「じいっ」とルウを見つめた。

 そして周囲をじっくりと見回すと、誰も居ないのを確認した上でルウへ飛びついた。


「今日は良い日だな。こんな日が毎日続いて行けば人生とは何と楽しいものだと実感するよ」


 晴れやかなジゼルの笑顔。

 そして、ルウも同じように優しく微笑んでいたのである。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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