第9話 「心的外傷」
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※フランを襲った敵の数を修正しました。流石に数百は多すぎると……
数百⇒百近くにします。と言う事はあの敵の1人?当たりの強さが増すと考えていただいて良いと思います。
「ご馳走様でした」
デザートのフルーツを平らげ、食後のお茶を飲み終わると……
ルウはまたも、両手を合わせて暫し、黙祷した。
神へ感謝の祈りではなく黙祷!?
食べ始める前にも同じ行為をしていたルウに対して、フランもアデライドも不思議に感じていたらしい。
早速、好奇心発令!
アデライドが目配せする。
「分かったわ」
とフランが頷き、先程の行為について、不思議そうにルウへ尋ねる。
「あれって、アー……いえ、前に住んでいた街の風習か、何か?」
アールヴ? と聞きかけて、慌てて言い直すフラン。
しかしルウは、ゆっくりと首を横に振り、否定した。
「う~ん、ちょっと違うな。食事をする前にしているんだ」
「……ふ~ん、ルウ、それって意味のある行いなの?」
「意味はあるよ。食べ物になった者への弔意と感謝。そして関わった人達への感謝を表している」
「食べ物とそれに関わった人? ……弔意と感謝?」
「ああ、動物でも植物でも当然、命があるだろう?」
「ええ、確かにそうね」
「当然の事だが、俺達は食べないと生きていけない。食べ物に宿る命を犠牲にして俺達が生きていられる事を当たり前と思わず、弔意を示し、日々感謝する事がひとつ」
「そうか……それが食べ物に対する弔意と感謝なのね」
「うん、そしてもうひとつ。麦や野菜を作ってくれたり、豚を育ててくれた農民達、我々の街へ運んでくれた配達人、そして料理自体を作ってくれた料理長さんや使用人さん達など様々な人がいないと、この食事は成り立たない」
「成る程! その中で誰かがひとり欠けても、私達は食事が出来なくなる……か。そうよね、納得! 私もやろう! ご馳走様」
そう言うと、フランも両手を合わせ、ルウと同じように黙祷した。
愛娘の様子を見て、微笑むアデライド。
暫し黙とうしたフランは、目を開け、アデライドが手を合わせていないのを見ると……
「ほら、お母様も! 一緒にご馳走様って言いましょ。全てに対して感謝の気持ちを持たないと、いけないわ」
ちょっと頬を膨らませ、アデライドへも黙祷するよう、促したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夕食後、ドゥメール伯爵邸内の魔法研究室……
「じゃあ、ジーモンの報告は不完全だったのね。フラン、最初から話してくれる?」
アデライドは「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らした。
ジーモンの忠義と心遣いは理解していながらも……
性格上、同じ案件で時間を無駄遣いする事を彼女は嫌ったのだ。
限られた時間の中で無駄な時を作らず、効率よく魔法の研究に没頭したい!
若い頃から、アデライドのモットーである。
そんな母の性格を把握しているフランは、無駄話をせずに、今回の事件について単刀直入に説明して行く。
「ふ~ん、魔法を使う異形の怪物ねぇ……」
「ええ、それがいきなり凄い数で現れたの……夜だし、はっきりとは分からないけど……100以上は居たと思う」
「…………」
「私は攻撃魔法、護衛の騎士さん達も必死に戦ったけれど……相手は手ごわかったし、多勢に無勢だったわ」
「…………」
「覚悟を決めた騎士さん達が……盾になってくれて……私を逃がしてくれた。危ういところを……ルウに救われたのよ」
フランは物憂げに呟き「ふう」とひとつ息を吐いた。
話を聞いたアデライドは怪訝な顔付をしている。
「話は分かったけど、変じゃない?」
「変?」
「そう! 変よ。フラン、お前も索敵の魔法は行使出来る筈、敵がそんな数でいきなり奇襲なんて」
アデライドは不思議だった。
自ら我が娘に教えた索敵魔法が、全く効かないとは……
「ええ…… それが変なのよ。ルウと居た時にも追跡されて来られたけど、ルウは感知して私は感知できなかった」
フランも同じく、不思議でならないという感じだ。
アデライドは、不可解な表情のまま、ルウへと向き直る。
「ルウ、貴方には何故、敵襲が分かったの?」
「う~ん、フランの使っていた索敵の魔法ってこれか?」
ルウは何か呟くと……
いきなり魔法を発動させる。
「えっ!」「ええっ!」
詠唱も無く、発動までの間も殆ど無く、ルウの魔法が発動した。
間違い無い。
これは……索敵魔法だ。
ルウから出ている魔力波は、術者の魔力を索敵魔法の魔法式により、変換し発動させたものであろう。
「う、うん、ルウ。確かに今! あ、貴方の発動させたものが索敵の魔法よ……」
フランは呆然と呟いた。
片や、アデライドは目を見開き、じっとルウを凝視した上で、「ふーん」と唸っていた。
そのうち我慢出来ないという感じで、フランが尋ねる。
「ルウ! 魔法式は? 言霊も呪文も聞こえなかったわ」
「フラン、お前が出していた魔力波と近いものを放出する所から、逆算でイメージしたんだ。これくらいの魔法なら、無詠唱でも大丈夫だ」
ルウは事もなげに答えるが、フランは驚愕する。
「こ、これくらい!? って……やっぱりルウ……貴方って凄い……」
そんなフランに対し、ルウはいつもの彼と違い、鋭い眼差しを送る。
「フラン、実は奴等の遺体を回収してある。アデライドさんにも見て欲しいから……ここで出していいか?」
「え!? や、や、奴等の遺体っ!?」
フランは小さく叫ぶとガタガタと震え出した。
あの忌まわしい記憶が甦ってしまったらしい。
いきなり、動揺し始めてしまう。
「ル、ルウ! ど、どこ! どこなのっ! 私を、私を摑まえて、離さないでっ!」
フランはルウに抱きつくと、更に意味のない言葉を叫び、地団太を踏んだ。
「フラン!」
アデライドが大きな声を出し、急ぎ鎮静の魔法を発動しようとするが、ルウが手を挙げてそれを抑えた。
「ルウ、どうするつもり?」
「アデライドさん、まあ、任せろ」
そう言い放つと……
ルウはフランを抱いたまま、言霊を唱え始める。
「大地の息吹である風よ、森の木々を揺らし、その囁きは生けるものの子守唄となる! 大地に命を育む水よ、その大いなる恵みは海となり、その寄せて返す小波は母なる胎内の調べとなる! 我は求める、その平穏を! 我は与える、愛する者にその安らぎを!」
ルウは両手を合わせるとその中に白光が満ちていく。
「鎮静!」
白光がフランを覆い、更に部屋に満ちて行く。
「あ、あああああ」
暴れていたフランが、静かに眠るように……
ルウへと、もたれかかる。
一方、アデライドの目に飛び込んで来る、それは何という光景だろう。
彼女は白光の造り出す幻影の中に、今は亡き愛しき者達を見ていた。
幻影は自分の父であり、母であり、最後に微笑みかけたのが……
アデライドの最大の理解者であった愛する夫、ドゥメール伯爵だったのだ。
「あ、あなた!」
幻と分かっていながら呼び掛け、虚しく手を伸ばすアデライド……
やがて……
白光が収まった時、伸ばした手の先に立っていたのは……
気を失ったフランを抱きかかえていたルウであった。
「アデライドさん、済まなかった。俺が軽率でした……フランは、まだまだ立ち直っていなかった」
フランを抱いたまま、「ぺこり」と頭を下げるルウへ、アデライドはゆっくりと首を振った。
「いいえ、いいのよ、ルウ。フランはこの先、もっともっと強くならなきゃいけないの」
「…………」
「でもね、この子は、まだまだひとりでは歩き出せない」
「…………」
「ルウ、貴方は神が遣わした御使いかもしれないわね」
終いには神の御使いと言われ、ルウは黙って笑っていた。
そして、フランを彼女の部屋へ運ぼうと申し出たのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
気を失ったフランを彼女の部屋のベッドにそっと寝かせた後……
ルウとアデライドは改めて向き合う。
アデライドが改めて希望したので……
ルウは収納の腕輪から、フランを襲った異形の者の遺体を取り出した。
強力な魔法がかかった、収納の腕輪内の亜空間は、時間の流れが止まっている。
遺体の腐敗は、あの襲撃から止まったままであった。
アデライドは騎士達の攻撃を受けたらしい、破損した怪物の遺体を見て眉をひそめる。
「身長は1mを少し超えた程度、容姿は人間と言うより小鬼に似ているわね。これで魔法を使うの?」
「はい、俺には火属性の魔法、炎弾を使って来ました。身体を見ると耐久性はあまり無さそうですが、体力と敏捷性はそこそこありそうです。俺は身体のベースを擬似生命体に使って、小鬼と魔法使いの死霊を組み合わせた合成生物と見ています」
「索敵の魔法に引っかからなかったのは何故かしら?」
魔法が効かない……
アデライドとしてはそこが一番、気になる所であった。
そんな疑問にも、ルウは答えてくれた。
「アデライドさん、索敵というのは害意のある魔力波を感知して、敵を識別する魔法ですよね」
「そうよ」
「だとしたら多分、合成生物という事で、本来持つ魔力波の質も変えられている可能性があります」
「ルウ、具体的に説明して!」
「例えば魔力波を、害意の無い草食獣の物とかに、無理矢理に変えられていた場合は、危険な存在として、こちらは感知出来ませんよね?」
ルウが、すらすらと見解を述べると……
アデライドは感心した様に「ほう」と息を吐き、手を叩いて喜んだ。
「成る程! 貴方はなかなか鋭い観察をしているわ。まあこんな物を造る輩は碌な者ではないわね。そもそも魔法使いが使役するゴーレムだって、本来は神しか扱えない命を軽視する悪魔の所業って教会からは言われていたし」
「ですね……だけど、何故フランが狙われたのでしょう?」
アデライドに心当たりがないか、ルウが尋ねると……
彼女は腕組みをして考え込み、困ったような表情をする。
更に聞くと「心当たりが多すぎて分からない」と笑う。
アデライドは冗談ぽく笑っているが……
彼女の有り余る才能と早過ぎる出世。
夫は早くに亡くしたものの、魔法の研究に没頭しながら愛娘との幸せな生活を送れる環境。
そういったものが全て、世間の妬み嫉みを買うと分かっているに違いない。
「今回の件は……私が原因で、フランが狙われたのかもと思っているの。悪い事をしたし、後で謝らないといけないわね。それに貴方にも……まだちゃんとお礼を言っていなかったわ」
アデライドは済まなそうに手を合わせ、頭を下げる。
「改めて御礼を言います。ルウ・ブランデル様、大事な大事な我が娘フランの命をお救い頂きありがとうございます。アデライド・ドゥメールは心から感謝しております」
深く頭を下げたアデライドではあるが……
顔を上げると、何故か悪戯っぽく笑っていた。
「ルウ、貴方への御礼は、別にちゃんと出すけれど……」
アデライドは口籠るが、まだ何か言いたい事があるようだ。
ルウの顔を覗き込むと、自分の伝えたい事をはっきりと言い放ったのである。
「ルウ! お願い! 貴方の今までの境遇。それと習得している魔法の話を! ……じっくりと聞きたいわ」
懇願するアデライドの瞳は、フラン襲撃事件の話以上に爛々と輝いていたのであった。
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