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第894話 「アドリーヌの帰郷㉝」

連休中はずっとご愛読頂いて感謝します。

今日から通常ペースの? 週2回くらいでの不定期更新となります。


 アドリーヌには初耳であった。

 モーラルはとっくにフェルナンの悪だくみに気付いていて、悪魔と取引するという最悪なケースになっていたにもかかわらずである。


 となればルウへも、この事を既に報告済な筈だ。

 もし、その時にすかさず手を打っていれば……

 フェルナンがこれほど悪事に深入りするのも回避出来たかもしれない。

 致命的な不手際に思えて、アドリーヌは大いに不満であった。


 人のする『腕組み』は無意識に反論、抵抗の意思を表すという。

 アドリーヌの仕草はまさにそれであった。


 一方、非難された? モーラルの表情は変わらない。

 平然としており、全く感情を表してはいない。


 だがアドリーヌの気持ちをモーラルは十分に汲んでいる。

 次に出た言葉がそれを顕著に表していた。


「決して事態を放っておいてなどいません。アドリーヌ姉、旦那様にはお考えがおありなのですよ」


「放っておいていない……のですか? ルウさんの? いえ、旦那様のお考えがあるの?」


 アドリーヌはつい、いつもの癖でルウを呼び、慌てて言い直した。

 ここでモーラルは初めて感情を表した。

 口角がほんの僅かに上がったのである。

 モーラルの余裕はルウに対する絶大な信頼から来るものだ。


「旦那様には分かっていたのです、フェルナンと契約した悪魔シトリーだけではない、コレット、ダロンド両家に迫る重大な危機が発生した事を……それをよく考えて下さい」


「危機!?」


 アドリーヌは一瞬絶句した後、ルウの言った言葉を思い出す。


『もしもアドリーヌが居なければ、家族としてお前の実家を『危機』から救う意味もなくなる』


 ルウはアドリーヌが家族だから、コレット家を救うと言った。

 実家を襲う危機とは?

 そして救う理由とは……


 良く良く考えれば、ルウにとって見ず知らずのフェルナンを救わねばならぬ理由はないのだ。

 愛する妻であるアドリーヌに危害を加えるという関りが出来たから、それを防ぐ。

 つける優先順位は妻アドリーヌ、コレット家、ダロンド家、そしてフェルナンとなる。

 最善を尽くした結果、妻の幼馴染も一緒に救えれば良い——ただそれだけだ。

 調査にやった妻モーラルの無事をまずは心配しているように、ルウは家族が第一なのである。


 アドリーヌは複雑な思いを抱きながらルウを見た。

 ルウは相変わらず穏やかな表情である。

 モーラル同様淡々と語って行く。


「アドリーヌ、聞いてくれ。モーラルの言う重大な危機とは更に大きな巨悪だ」


「大きな巨悪……」


「ああ、そうだ。フェルナンと契約をした悪魔シトリー……奴を倒すのは勿論だが、更に悪いたくらみを持つ者が居る」


「え?」


 ルウの言う更に悪いたくらみを持つ者とは?

 アドリーヌはルウに身を乗り出して聞こうとする。

 真剣なアドリーヌの表情を見ても、ルウの表情は変わらない。


「コレット、ダロンド両家の管理地内にある、未知の魔道具が出土した古代遺跡の奥から発する禍々しい気配……シトリーと共に絶対倒さないといけない相手だ」


「古代遺跡の奥から?」


「ああ、古代魔法帝国の亡霊を従え、地上に死者の街を作ろうと画策する別の邪悪な悪魔が居る。モーラル達が奴は何者か、裏を取ってくれた」


「じゃ、じゃあ! 余計にバートランドなんかでのんびりしているわけにはいきません」


 アドリーヌの言う事は常識的に考えれば尤もである。

 そのような異形の街が出現したら、コレット家、ダロンド家の危機どころではない。

 ヴァレンタイン王国、いやこの世界が危機に陥るだろう。


 次々と発覚する恐ろしい事実の前でもモーラルは平然としていた。

 ルウに一礼すると、アドリーヌに対して言う。


「大丈夫です、アドリーヌ姉……物事を行うにはすべて準備が必要です、そして実行するタイミングというものがあります。準備をせず、実行するタイミングを誤って、単に焦って敵の中へ踏み込んでも相手の思う壺です」


「え? 準備? タイミング?」


「そして旦那様は現状もしっかり把握されています」


「現状を?」


「はい! 遺跡に潜む悪魔が表立って地上を蹂躙しようとするのであれば、旦那様もすぐ動いていますから」


「…………」


 ルウは起こりつつある全てを知っている。

 そして対処する準備を進めている。

 実行するタイミングを計っている。


 それは誰の為か?

 全てアドリーヌの為である。

 自分の為に、様々な案件において最善の結果が得られるように考えているのであろう。


 アドリーヌは先程むきになった自分が恥ずかしくなって来た。

 夫であるルウを理解しようとせず、信じようともしなかったからだ。

 同じ妻のモーラルが堂々としているのと対照的なのである。


 一方、モーラルの話は続いていた。


「それに、相手も馬鹿ではありませんし、当然こちらに気づいています。但し、シトリーはまだ旦那様の本質を知らないせいか、はっきり言って舐めていますね」


「舐めている?」


「はい、悪魔シトリーは人間そのものを馬鹿にしているのです。たかが土くれの成れの果てが悪魔の自分に敵う筈はないと……かつて偉大なる人間の魔法王に従わざるを得なかったのは魔法王の力の源だと言われる真鍮製の魔法指輪マジックリングのせいだと考えています」


「魔法王の指輪……」


「ええ、そのような魔道具なしでたかが人間などが偉大な悪魔を従えるのは無理だと思い込んでいるのです。片や遺跡に居る悪魔は以前、旦那様と戦って敗れています。シトリーとは旦那様に対する認識が若干違いますが、悪魔の思考は私達とは異なります。敢えて言うのなら旦那様を試そうとしているのです」


「試す?」


「はい! 世界を混沌へ陥れるとともに、旦那様とは力試しをしたい、と言ったところでしょうか」


「え?」


 アドリーヌは唖然としてしまった。

 怖ろしい死者の街を作り、世界を混沌に陥れようとしている悪魔がルウとの力試しを望んでいる?


 とんでもない現実を認識し、アドリーヌは愛する夫の穏やかな顔をまじまじと見てしまったのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

※早くも第2巻の発売が決定しました。

連載も頑張りますので何卒宜しくお願い致します。

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