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第877話 「アドリーヌの帰郷⑰」

 ナタン率いるバートランド騎士団と別れたルウとアドリーヌは、とりあえず今夜宿泊するホテルへチェックインした。


 ふたりの訪れたホテルは、アドリーヌの予想していた以上に立派なホテルであった。

 聞けばバートランドの数あるホテルの中でも、最も長い歴史を誇る老舗だという。

 

 フロントで手続きをするルウとアドリーヌを一瞥したスタッフは言う。


「おふたりさま、一応シングルのふた部屋お取りしていますが、どうされますか?」


「えっと、それでお願い……」


「いいえ! か、彼と一緒のダブルひと部屋で! お、お願いしますっ!」


 まだ気を遣うルウがフロントのスタッフへ伝える前に、アドリーヌが強引に申し込んでしまう。

 大人しい風貌に似合わぬ鬼気迫る迫力にスタッフは呆気に取られていたが、アドリーヌは必死であった。


 そんなアドリーヌを、ルウは慈愛のこもった表情で見詰めていた。

 彼女の揺るぎない『覚悟』を目の当たりにして、ルウも気持ちを固めたようである。


 今夜の宿を確保したふたりは改めてバートランドの街へ出た。

 アドリーヌから見てバートランドの街は、良く言えば自由で大らかな雰囲気、悪く言えば混沌とした魔都である。


 しかし街中は平和であった。

 何故ならば愚連隊のような者共は全て姿を消していたのだ。


 どうやらルウ達に絡んだ愚連隊が騎士団に逮捕されたのが伝わったようである。

 彼等は横つながりで密接に連絡を取り合っているのだろう。

 危ないと感じて身を隠したに違いない。


 その為にアドリーヌはお邪魔虫に煩わされる事無く、バートランドの観光を楽しむ事が出来た。

 しかも傍らには愛するルウが居てくれる。

 怖いものなど何も無い。


 リラックスしたアドリーヌは、ルウに誘われて初めて入った居酒屋ビストロで美味くて安い料理をお腹いっぱい食べて大満足。


 腹ごなしに街中を歩くと、路上では様々な寸劇や大道芸が行われて目を楽しませるのと同時に、吟遊詩人達の美声と楽しい楽器の音色のハーモニーが響いている。

 また、市場の商品の量と多種多様さは王都の比ではない。

 終いにはルウに頼み込んで、南方から来たという触れ込みの女性占い師にふたりの将来を見て貰い、『バラ色の未来』だと言われて得意満面になってしまう始末であった。


 そして時間はあっという間に経ち、気が付けばもう夕方である。

 ひと息ついて中央広場に面したお洒落なカフェで紅茶を啜るふたりを西日が照らしていた。


「失礼な言い方だが、人は見かけによらないな」


「うふふ……ナタン様の事ですよね」


 今回の観光に多大な貢献をしたのがナタンであった。

 ルウの知っていたバートランドの各名所もナタンの名を出せば優遇して貰えたし、今居るカフェも実はナタンの紹介である。

 驚いた事にナタンの名を伝えると小さな焼き菓子がサービスでついて来たくらいだ。


 この店のスタッフに聞くと、ナタンは週に数回は通う大得意だという。

 それも美味い焼き菓子に目がないそうだ。

 以前、自身がジゼルの兄ジェローム以上の超甘党だと言ったのは偽りではなかったのである。


 ルウはカフェの魔導時計を見た。

 針は午後4時を少し回っている。


「これから爺ちゃん……エドモン様の屋敷へ行く。成り行きだが……逆に丁度良いかもしれない」


「先程、ナタン様との会話を聞いていましたけど……丁度良いって?」


 ルウの言葉を聞いたアドリーヌが首を傾げた。

 彼の真意を測りかねているようだ。


 思わず身を乗り出そうとするアドリーヌへ、ルウは笑顔で頷く。


「うん! 俺が考えているアドリーヌの和解案には多くの人の協力が必要なんだ。その中のひとりがエドモン様なのさ」


「エドモン公爵様の協力……それって直接父に申し入れするとかですか?」


 常識的に考えれば、エドモンに協力を仰ぐという事は政治的な処理を意味している。

 つまり王族でもあるエドモンが圧力をかけて、地方の上級貴族コレット家に対して『命令』するのだ。


 多分『命令』は通る……だろう。

 しかしこのような一方的な命令だと、下の者は表面上従っても必ず軋轢が起こる。

 当事者のアドリーヌにとって、平和的な解決とは絶対にならない。


 ルウも当然その事は承知している。


「いや、出来ればそうはしたくない。だけど話し合いって相手があっての事だし、実施可能な方法や選択肢は極力多い方が良い。そのように爺ちゃんを巻き込むのは……まあ他に打てる策が無い場合の最終手段だろう」


 アドリーヌはホッとした。

 やはりルウは自分の事を深く考えてくれている。

 だけど……


「で、でもよく考えたら私みたいな小娘の為にエドモン様が動いてくださるのですか?」


「多分、頼めばやってくれるだろう」


「……それって凄い事ですね」


 先程のナタンと言い、ルウの人脈は計り知れない。

 いくらエドモンが妻フランの大伯父とはいえ、何でも頼みを聞いてくれるなんてとんでも無い事なのだ。


「確かに! だけど俺が頼みたいのは実は別の事なんだ」


「別の?」


「ああ、なので前後しちゃったけど、今回のアドリーヌの事情を爺ちゃん……エドモン様へ話しても良いかな?」


「ええ、構いません」


 出発前にフランより、もしかしたらエドモンに引き合わされるかもしれないと言われたので予想はしていたし、覚悟も出来ていた。

 フランによれば、ルウの妻達はエドモンへ殆ど『お目見え』しているからだ。


「良かった! もし内緒にしたら爺ちゃんの事だ、お前の嫁の悩みを何故話さない、どうして相談しない?と怒られそうだ」


 何気にルウから出た衝撃のひと言。

 アドリーヌは喜びに打ち震える。


「俺の……嫁!? あうう……」


「アドリーヌ、お前は俺の嫁だ。さっき、ホテルでお前の勇気と覚悟は見た」


 ルウはもう一回言ってくれた。

 彼が言っているのは、チェックインの際のアドリーヌの行動だ。

 

 あの時……

 思い起こせばアドリーヌは自分でも良くやれたと思う。

 自分自身を褒めてあげたいと思う。


 だけど……恥ずかしい。


「あううう、あれですよね? 凄く……恥ずかしいです」


 恥じらうアドリーヌを真っ直ぐ見るルウ。

 漆黒の瞳には強い決意が漲っていた。


「そんなことない! 本当にありがとう! お前の気持ちは充分に分かっていたけど……俺も気持ちを決めた。今迄何故迷っていたかは、今夜話すよ」


「ルウさんが……迷っていた?」


「安心しろ、改めて感じたさ。お前の事は大好きなんだ」


「ルウさん! 私も! 私の方が大大、大好きです!」


 嬉しくなったアドリーヌは、周囲の客が振り返るほど大きな声をあげていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます。

※書籍化を記念して本日4月21日から5日間、4月25日まで連続で更新させて頂きます。

また書籍発売日の4月22日は特別SSとなりますのでお楽しみに。

4月26日以降は今迄通りの更新ペースに戻る予定です。


※3月6日、10、17、24、31、4月7、11、14日付活動報告にて、書籍化に関して情報をお知らせしています。

また本日4月21日付けの『活動報告』にて、書籍化新情報⑧をお送りします。実施中の出版社様企画も合わせて告知しますのでぜひご覧下さい!

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