第873話 「アドリーヌの帰郷⑭」
難癖をつけて来た男達は、にやにやしてこちらを見ている。
中には値踏みするように、嫌らしく舌なめずりしながらアドリーヌを見ている男も居た。
不穏な気配を感じた道行く一般市民達が、巻き添えになるのは御免だというようにそそくさと逃げて行く。
「成る程……門番の言っていたのは、この事か……」
ルウは先程、北正門で言われた『忠告』を思い出した。
門番は確かこう言っていた。
『うん、大した事じゃない。その子は速攻でナンパされる。最近は強引に女を連れて行こうとする奴が、特に多いから気を付けるんだぜ』
「強引に……女を連れて行く……か」
ルウは門番の言葉をゆっくりと復唱した。
いつもは穏やかな表情に、珍しく不快の影がさしている。
男達はルウが臆したと思ったらしい。
ここぞとばかりに、ドスを利かせた声で口々に叫ぶ。
「ごらぁ! 何をぶつぶつ言っていやがる!」
「そうだぞ! どうしてこんな往来でいちゃつくかと、聞いているんだ」
「皆が使う道で通行の邪魔だよな? 市民の迷惑だろう? お前らぁ! ひゃははははっ」
「ル、ルウさんっ!」
男達の罵声に怯えたアドリーヌが、ルウと繋いでいる手に力を入れた。
アドリーヌに思いっきり手を強く握られたルウであったが、全く表情を変えない。
いつもの穏やかな顔付で、アドリーヌの呼び掛けに、いきなり念話で答えたのである。
『大丈夫さ、アドリーヌ。まあ、こういう輩は王都にも居るが、こいつらはもっとタチの悪い愚連隊らしいぞ』
ルウの落ち着いた魂の波動を感じて、緊張していたアドリーヌの声のトーンも下がって行った。
『ルウ……さん』
『大丈夫! こんな体験も学園じゃ絶対に出来ないだろう? 全部同じだよ……勉強さ、勉強』
『勉強……なのですか?』
『そうさ! いつものアドリーヌのモットーを思い出せ』
『ええっと……穏やかに、堂々と……』
『よっし、大丈夫そうだな』
『は、はいっ』
やはりルウは全く動じていなかった。
男達の方へ向き直ったルウを、アドリーヌは見守る事にしたのである。
最初にルウへ声を掛けた男がずいっと前に出た。
目付きが鋭く、酷薄そうな面構えをしている。
どうやらこの男が首領らしい。
「てめぇ……妙に落ち着きやがって……全然びびってねぇ! 少しは悪いと思わないのか?」
「思わないな……俺達は別に通行を妨げていないから」
「あんだとぉ! お前らはいちゃいちゃしていて目障りなんだよぉ、すぐ別れろ」
「おやおや……もう論理が破たんしているじゃないか。お前は最初、往来で俺達が邪魔だと言って、今度は目障りだから別れろか? ははっ、理由はなくただ因縁をつけているという事だな」
ルウが全てを見抜いた事に、首領は苛立ちを隠さなかった。
「ふざけるな! 女とあり金を置いて消えろ」
「おお、とうとう本当の目的を言ったか? 単なるナンパじゃないなら最初から言ってくれよ、話が早いから」
「うるせ~! だったらすぐ言われた通りにしろや、小僧!」
「は~いっ、分かりました……何て、言うわけないだろ」
ルウは余裕たっぷりに笑うと、片目を瞑った。
漸くからかわれていると知った男達は、凶暴な本性をむき出しにする。
「舐めるなよ、てめぇっ! なら力づくで俺達の言う通りにさせてやるぜ。ようし、こいつらを取り囲んじまえ!」
総勢10名ほどの男達は首領の指示により、ぐるりとルウ達を取り囲んでしまう。
「ル、ルウさん、大声で衛兵を呼びましょう!」
アドリーヌがもう我慢出来ないというように大声をあげた。
『普通ならそうするべきだろうが、こいつらはしっかり対策している』
どうやらルウは首領の魔力波を読み取り、相手の『作戦』を知ったらしい。
お見通しだというルウの口調に、アドリーヌが問う。
『対策?』
『うん! 目の前のこいつらは単なる街の愚連隊じゃない。結構悪知恵に長けていて人数も多い。そこかしこに善意の第三者を装った手下を配置している』
『手下を!?』
『手下共の役目は三つ。まず付近の一般市民を追い払う。次に警らの衛兵が来ないか見張りをする。最後は万が一衛兵が来た時に、何の関係もない市民に扮しての証人役さ。当然俺達が先に仕掛けたとか不利な証言をして、でっちあげの罪を被せる』
『でっちあげの! つ、罪を!? 私達に!』
『ああ、それで衛兵を使って俺達を引き離し、俺を牢獄へ、アドリーヌはどこかへ攫って料理してしまおうという魂胆さ。この調子だと散々同じ事をやっているな』
『ひ、酷い! 怖い!』
『大丈夫!』
ルウはアドリーヌへ念話で勇気づけると、今度は口を開き首領へ告げる。
「お前! どうやら衛兵が来ないと高をくくっているようだが、もっと素晴らしい方々を呼んでやろう」
「何!? 素晴らしい方々って、小僧! どういう意味だ?」
意味ありげなルウの言葉を聞いて、首領が叫んだ時。
「おかしらっ! ききき、騎士団がや、やって来ますぜ!」
遠く離れた場所で、何の変哲もない平凡なブリオー姿の男が叫んだのである
一見して愚連隊とはまったく分からない風体である。
ルウの言う、市民に擬態させた愚連隊の手下なのであろう。
手下の『報告』を聞いた首領は歯ぎしりする。
「お前の言う素晴らしい方々って……騎士団か!」
「大当たり! どうやらここへ来るのはバートランド騎士団団長ナタン・アルベリク様のようだぞ」
「き、騎士……団長だと!? どうしてお前が!」
「ああ、彼とはちょっとした知り合いでな。当事者が俺で、取り調べるのが騎士団長ではさすがにお前の手下共が偽証人になる作戦も通用しないと思うぜ」
確かにルウの言う通りであった。
単なる衛兵ならまだしも騎士団長では相手が悪すぎる。
こうなると首領の決断は早い。
「く! くう! 貴様ぁ! し、仕方がないっ! 一旦引き上げだぁ!」
「ははっ、都合が悪くなったら逃げるのか……甘いな」
ルウがピンと指を鳴らす。
魔法使いのアドリーヌには分かる。
信じられないほどの魔力が、辺りに満ちたのを感じるのだ。
瞬間、首領が悲鳴をあげる。
「な! あ、足が動かねぇ! 全く動かねぇっ!」
間を置かず男達の悲鳴もあがる。
「身体が動かない!」
「逃げられねぇよぉ」
「助けてくれぇ」
「ひいいいいい」
ルウの放った束縛の魔法が、何と愚連隊の全員へかかったのだ。
身体が硬直して動けない愚連隊の男達が煩く泣き喚く中で、ルウは冷たく言い放つ。
「もう覚悟を決めろ。お前達は重い罪を犯しているんだ。騎士団に大人しく捕縛され、犯した罪を洗いざらい喋って……潔く斬首されろ!」
アドリーヌは大きく目を見開いて、ルウを見詰めていた。
今迄、自分の知らなかったルウの姿がそこにはある。
誰にでも優しく頼もしいルウ。
不埒な悪には全く容赦がないルウ。
それはかつてフランが、ルウに対して戸惑いを感じたのと全く同じものであったのだ。
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