第87話 「直球」
週明け月曜日お昼休み
魔法女子学園校長室前……
ひとりの生徒がドアをノックしていた。
トン……トン……
ノックの音に、彼女の控えめな気持ちが表れている。
「あ、あの失礼します……オレリー・ボウです」
生徒は……
遠慮がちな声で、部屋の主へ様子をうかがうオレリーである。
彼女はルウに言われ、フランの下を尋ねるように言われていたのだ。
「先日依頼した事が上手く行きそうだ」
とルウに言われたからである。
「入って、オレリーさん」
「し、失礼します」
あれから……
オレリーは現在の家庭状況や居酒屋での仕事を洗いざらいルウに話した。
話を聞いたルウの穏やかな表情は変わらなかった。
そしてひと言「任せろ」と言い、再びオレリーを抱き締めてくれたのである。
だが……
ルウが辞去してから、オレリーは不安であった。
いかにルウがフランと仲が良いといっても、学園の規則を変える事など考えられないから。
もしもルウの話が巧くいかなければ……
オレリーは内緒で働いていた事を厳しく糾弾されるだろう。
「居酒屋で働くなど言語道断!」
と糾弾され、厳しく処罰されるに違いない。
……でも、そうなったら仕方がない!
私はルウ先生を信じて全てを話して任せたのだから!
そう思ったオレリーは、改めて表情を引き締めると部屋の中に入った。
「あら! 以前の貴女とは顔付きが違うわね」
しかし……
緊張したオレリーの予想に反し、フランはにこにこしている。
そんなフランの反応を見て、オレリーは拍子抜けしてしまう。
「は、はい!?」
「うふふ、やはりルウの影響は凄いわ」
「えええっ!?」
驚くオレリーを尻目に、フランは肘掛付き長椅子に座るよう勧めた。
「いいえ、何でもない。時間も限られているし、早速本題に入るわね」
「は、はい」
フランは思い出す。
昨日ルウからオレリーに関しての相談があった。
内容はオレリーの母親の就職斡旋、そして特待生制度の支援拡大に関して。
片やオレリーは呆然としている。
こんなに早い対応なんてと。
そんなオレリーに構わずフランは説明を始めた。
「ルウ先生から相談がありました。単刀直入に言うわね、まず貴女のお母様の就職口だけど」
「え? ルウ先生が?」
「ええ、相談があったの」
「…………」
「この就職斡旋はあくまでも私フランシスカ個人の紹介。だから学園自体は関係ないし、貴女達に対する強制でもない」
一旦そう断ってから、フランは具体的な話をしてくれた。
「丁度、住み込みの良い仕事があるのよ」
「住み込み?」
「ええ、雇い主は私が小さい時から親しかった元貴族の大奥様なの」
「元貴族の大奥様……」
「子供の頃は実の子供のように随分可愛がって頂いたわ。私にとって、まるで実の祖母と同様にね」
とフランは嬉しそうに言った。
「とても優しい大奥様よ。現在、住み込みの使用人を募集していらっしゃるの」
フランによれば……
元貴族の大奥様は、夫である子爵が亡くなった際、気ままに暮らしたいと修道院に入らなかった。
住んでいた屋敷を売り、小さな屋敷に転居。
勤めていた使用人達にも充分な退職金を持たせ、本当に気心の知れた数人に残って貰ったという。
しかし……
その時残った使用人も結婚したり、どうしても帰郷しなければならなくなったりし、使用人がたったひとりだけの状態だという。
大奥様の屋敷に住み込み、料理と掃除、そして彼女の話し相手が出来れば良い。 そう説明すると、再びフランは微笑む。
「お名前はドミニク・オードラン様と仰るの」
「ドミニク・オードラン様……」
「貴女のお母様と一緒に、ドミニク様と直接お会いしてから決めれば良いと思うわ」
フランの話は渡りに船であった。
ドミニクが貴族街の某所に住んでいると聞き、オレリーは母と共に会ってみる事にした。
貴族街の屋敷に住み込めば……
少しでもルウの近くに!
というのが本音である。
改めてオレリーが見やれば、フランの表情は穏やかである。
オレリーが居酒屋で働いていた事も承知なのだろう。
だが、一切その事に触れないのは……
「ルウが原因なのだ」と、オレリーは思った。
「この話は以上。それから次は特待生の支援拡大。月額金貨10枚※の特別支援を理事長と話して緊急承認して貰ったわ」
※金貨1枚=1万円。
「えええっ!? 月に金貨10枚も頂けるのですか?」
母と自分で切り詰めて暮らしているひと月あたりの生活費が金貨5枚ほど。
だからオレリーにとって、倍額の金貨10枚は結構な大金なのである。
「そうよ。2年生トップの秀才を危ない目に遭わせられないでしょう? 但し学年の首席である事が支援の条件よ」
どうやらルウは、例の事件の事も巧く伝え、フランから好条件を引き出してくれたらしい。
オレリーはフランは勿論、ルウに対する感謝の気持ちで一杯だった。
「あ、ありがとうございます! 私、頑張ります!」
……フランの笑顔がにじんで見えて来る。
オレリーは目に涙を一杯溜めていた。
「あらあら……まだ泣くのは早いわ。部屋の外で貴女に話があるって待っている人達が居るから」
「ま、待っている人達? は、話?」
「そうよ、入って! ジゼルにナディア」
「はいっ!」「失礼します」
ドアを開けてふたりの生徒が入って来る。
「はうう!? 生徒会長に副会長!?」
生徒の間でも憧れのふたりがいきなり部屋に入って来てふたり、オレリーは慌てた。
驚き戸惑うオレリー見たナディアは悪戯っぽく笑う。
「酷いなぁ、その驚き方。ボク達は魔物じゃないよ」
「す、す、す、すみませんっ!」
一方ジゼルはダークブルーの瞳に憂いの色を浮かべ、ナディアに抗議する。
「ナディア、いたずらに後輩を脅かすのはあまり良くない」
「じょ、冗談だよ。ジゼル」
ナディアが顔をゆっくりと横に振って苦笑する。
聞いていたフランが「くっくっ」と面白そうに笑っている。
「もう」と口をとがらせてナディアはオレリーの方へ向き直った。
「ええっと、オレリー・ボウ君だったよね」
「は、はいっ! 副会長」
「もう硬い、硬い」
ナディアは手を横に振った。
「ボクの事はさ、気軽にナディアと呼んで」
ナディアは優しく微笑む。
切れ長の瞳を持つ美しい少女に、オレリーは完全に圧倒されていた。
「フランシスカ先生だけではなく、ボク達からも話があるんだ」
「話?」
「うん! 大事な話さ」
「大事な……話?」
「オレリー……君って、ルウ先生の事はどう思っているの?」
「え? えええええっ!」
ナディアから、いきなり聞かれた、あまりにもストレートな質問。
自分の気持ちへの問いかけに……
オレリーはとてもどぎまぎしてしまったのである。
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