表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
867/1391

第867話 「アドリーヌの帰郷⑧」

 旅立つアドリーヌの目前で、手を振ってくれているフラン達の姿が唐突に消えた。

 そして足元の感覚が失われ、身体が地に吸い込まれるような感覚に襲われる。


 遥か彼方へ飛ばされるように意識が遠くなる。

 自分が今どこに居るのか分からなくなる。

 ルウが発動させた転移魔法は、アドリーヌにとっては未知の体験であった。

 

 だがそれは一瞬の事。

 いきなり意識は正常に戻り、足元の感覚が甦ったのだ。


 気が付けば、アドリーヌはいつの間にか固く目を閉じている。

 本能的に恐怖を感じたせいだろうか?

 しかし両腕はしっかりとルウの背中に回されていた。


 片やルウの腕もアドリーヌをしっかりと抱いてくれている。

 とても安心したと同時に、アドリーヌは凄く嬉しかった。


 ルウと抱き合っている。

 間違いなく抱き合っている。


 何度夢見た事なのか、分からない。

 その願いが遂に叶ったのである。

 だから不安は全くなかった。


 ひゅ!


 アドリーヌの頬へ、優しい風が当たる。

 まるで何者かが優しくそ~っと触れるように。

 

 鼻腔には、王都とは全く違う爽やかな空気が木々の香りを連れて流れ込んで来る。

 どこか遠くで鳥がさえずる声が聞こえる。


 これは!?


『アドリーヌ、もう目を開けても良いぞ』


 え、ええっ! 

 ルウさんの声が頭に……胸に……心に響いている……

 これがフランの言っていた念話……なの?


 あれ?

 周りの雰囲気が違うって分かる。

 今迄、王都の屋敷の中に居た筈なのに……ここは屋外だ。

 

 アドリーヌは感じる。

 五感が鋭くなっている。

 周りには自分達以外に人の気配がない。

 とりあえず危険はなさそうだ。

 

『大丈夫……お前が感じる通りだ。周囲に俺達を害する奴は居ない』 


 ルウの言葉を聞いて、アドリーヌは恐る恐る目を開ける。

 ゆっくりと、慎重に。


 すると何という事であろう。

 周囲の景色が一変していたのである。


 ルウとアドリーヌが抱き合って立っていたのはブランデル邸の大広間ではない。

 アドリーヌが嗅いだようにたくさんの木々が緑の葉を揺らす林の中であった。

 

「あ! ここはっ!?」


 小さく叫んだアドリーヌに、ルウは笑顔を向ける。

 いつものルウの穏やかな笑顔である。


「ここは、王都セントヘレナではない。遥か南の林の中だ」


 ルウは『普通』に話してくれた。

 転移魔法と念話。


 あまりの不可思議さにアドリーヌは混乱してしまう。


「はい~っ?」


 驚いて目を見開き、あんぐりと口を開けるアドリーヌ。

 周囲をきょろきょろ見てしまう。

 やはり景色は変わっていた。


 一方ルウの穏やかな表情は変わらない。


「逆に俺達がこれから向かうバートランドの方が全然近い。まあ馬で一時間弱という所だな」


「そ、そんな!?」


 アドリーヌは言いかけて、続く言葉をごくりと飲み込んだ。

 さっきまで……私は王都に居たのに……


 動揺するアドリーヌへ、ルウは……


『言っただろう? 完璧とは言わないが、時間と距離の壁をある程度克服しているって』


 またルウの声が心に響いた。

 驚くアドリーヌ。


「ああっ!? それにまたルウさんの声が!」


『これが念話さ。フランからも聞いただろう?  魂と魂で直接話す会話なんだ』


「す、凄い! これが念話……なのですね」 


『そう、心と心の直接の会話、魂同士の会話さ』


「ルウさん、本当に凄いです。転移魔法といい、この念話といい……」


 感嘆するアドリーヌへ、ルウは言う。


『アドリーヌ、まず念話をやってみよう』


「え? でも私には……」


 アドリーヌはそう返したかった。

 こんな未知の魔法など……私には……無理です……と。


 しかしルウは笑顔のまま、首を横に振る。


『アドリーヌ、大丈夫、これも勉強だよ』


「勉強?」


『そうさ! 俺が使った魔法って、とっても面白いだろう? 教えて欲しいとお前は言ったな。学びたいんだろう? だったら俺に、お前の気持ちを素直に返してみてくれ』


 ルウからそう言われれば確かに面白い。


 人間とは驚きの感情の後に、匹敵する違う感情が起こるものだ。

 それは喜び、悲しみ、もしくは恐怖であったりする。


 アドリーヌにも何か感情が湧き出て来る。

 自分を突き動かす何かが。

 それはアドリーヌが持つ魔法使いとしての本能。

 好奇心、探求心であった。


 アドリーヌの鳶色の瞳がきらきら光っている。


 ルウもアドリーヌの気持ちが即座に分かった。

 今や、ルウとアドリーヌは魂で結ばれているのだから。


『よし、アドリーヌ。このような時は魔法使いの基本はまず何だ?』


 ルウが教師モードに入っている。

 アドリーヌもすぐ生徒モードに入った。


「はい、呼吸法です」


 即答したアドリーヌには確信があった。


 アドリーヌは先日、ルウと恋人に見える練習をする際にあがってしまったが、呼吸法で落ち着く事が出来た。

 今回も……同じなのだ。


 ルウは、アドリーヌの答えに満足してにっこり笑う。


『正解! 理由は?』


「はいっ! ルウさんは常日頃、魔法使いの基本は呼吸法だと仰っています。全ての魔法は精神の安定と集中を図る事が基本となる。その為には各自適正な呼吸法が必要だと。適正な呼吸法が行われているのと、いないとでは魔法の発動の差が大違いだとも」


『100点満点の模範解答だ。精神の集中と安定は魔法発動以外にも抜群な効果がある。昨夜試して実感しただろう?』


「はい! あんなに緊張した私も落ち着いて上手くやれました。改めてそう思います」


『そうか、納得したなら、またやってみよう』


「はいっ! 調息でやってみます」


 ルウの完全な生徒と化したアドリーヌはもう躊躇しなかった。

 最も信頼出来る先生が、未知の魔法への扉を開けて待っているのだ。


 す~は~

 す~は~


 昨夜、初めて試した呼吸法なのに、アドリーヌは慣れた雰囲気で、あっさりと行う。


 昨夜体験して分かったのだ。

 魔法使いにとって呼吸法とは、生きる為に必要なくらい大事だと改めて認識したのである。


 魔法使いの根幹は魂。

  

 言うなれば呼吸法とは精神の集中と安定をもたらす魂のメンテナンスであり、同時に円滑な魔法発動の為に必要な潤滑油なのである。


『良いぞ、アドリーヌ。調息を完全にモノにしたな……では念話で話すぞ。……最初から俺に話し掛けようと思わず、返事をする感覚で魂に言葉を浮かべるんだ』


「はいっ!」


 魂に言葉を浮かべる……私は学びたい。

 念話を習得したい。

 だって私は魔法使いなんだもの。


 アドリーヌは強くそう思う。


『アドリーヌ!』


『はいっ! ルウさん』


 ルウとアドリーヌの念話が成立した。

 すかさずルウが祝福してくれる。


『おお、出来たじゃないか、一発合格だな』


『はいっ、ありがとうございます!』


 感じる!

 ルウさんとの距離がどんどんどんどん縮まって行く。

 彼の喜ぶ気持ち、私を優しく慈しむ心を感じる。


 これが念話……なんだ。

 ありがとう、フラン!


 アドリーヌは遠い王都で自分の帰りを待つフランに心から感謝の言葉を送ったのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます。


※3月6日、10日、17日付活動報告にて、書籍化に関して情報をお知らせしています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ