第860話 「アドリーヌの帰郷①」
アドリーヌはしみじみ思う。
もし自分ひとりだけであったら、現在直面している問題に対してどれだけ無力であった事か。
何も考えつかず、気力も萎え、解決など到底無理であっただろう。
実家の事を少し考えただけで頭が痛くなる。
昔から頑固一徹な父、冷静で計算高い次期当主の兄、ダロンド家へ嫁いだ高飛車な姉……
仕方がないとはいえ、皆コレット家の存続と繁栄を第一に考えていた。
個人の夢など家畜に食わせろという人ばかりだ。
今ではアドリーヌを勘当した上に裏切者とか、ろくでなしだと激しく罵っている。
そんな家族の中では、他家から嫁に来て滅私奉公に徹していた母だけがアドリーヌの唯一の味方であった。
しかし絶対的な権力を振るう父、次代のコレット家を担うと期待される兄の前では何も言う事が出来なかったのである。
姉が家の為にダロンド家へ嫁いでから、ますますアドリーヌへの風当たりは強くなった。
個人の意思など二の次でコレット家の存続、繁栄を合言葉に歩むべき人生を示されたのである。
まだ幼かったアドリーヌに、魔法使いの素質があると分かった時にコレット家は沸いた。
辺境伯コレット家の管理地は王都より遥か南に位置する僻地である。
野生動物のみならず大量の魔物……ゴブリン、オークが跋扈し、オーガの襲撃も珍しくない。
凶暴な魔物から見れば人間など単なる餌であり、人々は毎日が命がけの戦いの中に身を置いており、生と死の狭間で生きていた。
ヴァレンタイン王国において確かに地方だけではなく、王都周辺にも大量の魔物や怪物は居る。
しかし王都には強力な騎士隊や従士達が居り、金で討伐を請け負う冒険者も多数存在するのだ。
人々の安全面という意味で中央と地方は天と地ほどの差があったのである。
魔法使いとして才能を示したアドリーヌにまず期待されたのは戦闘においてである。
当時コレット家中には魔法を使える者が居なかった。
魔物に領地を襲撃された際は領主以下が武器を持って、戦うしかないのだ。
戦いにおいては物理的な攻撃のみより、魔法があった方が数倍戦局は有利になる。
地・水・風・火……攻撃防御の魔法を駆使した魔法使いの援護の有り無しでは状況が全く変わるのである。
アドリーヌの素質を喜んだ父は最寄りのジェトレ村から女性のベテラン魔法使いを呼び寄せた。
家庭教師としてアドリーヌを一人前の魔法使いへ育成する為である。
『プロ』の魔法使いが見たアドリーヌの才能は確かなものであった。
しかし残念な事実も判明した。
アドリーヌの攻撃防御の魔法は並み以下の才能であったのだ。
効果が平凡な初級魔法しか使えず、魔力量も普通では戦闘向きとは言えない。
だがコレット家に雇用された魔法使いはアドリーヌが持つ真の素質を見抜いた。
アドリーヌは占術と鑑定魔法に優れた才能を有していたのである。
一旦は落胆したコレット家の面々はアドリーヌに新たな可能性を見出した。
一流の魔法鑑定士に育成し、王都かバートランドで稼がせ、実家に仕送りでもして貰おうと考えたのである。
そんな時に領内へ朗報が飛び込んで来た。
数人の領民が発見した古代遺跡からいくつもの魔道具が発見されたのである。
これは渡りに船である。
アドリーヌをコレット家専属の魔法鑑定士として確保し、出土した魔道具の価値を見極めさせ高額なものを王都に売り捌けば大きな収入となる。
通常なら外注して、負担しなければならない莫大な鑑定料がタダになるからだ。
家庭教師の魔法使いはアドリーヌを本格的に学ばせる事を提案した。
ヴァレンタイン王国において魔法鑑定士は国家資格である。
アドリーヌを魔法鑑定士にする為には大きな街で認定試験を受けさせ、彼女が合格しなければならない。
しかしアドリーヌを王都の学校に入れ、学ばせる為には結構な学費が必要だ。
王都で暮らす為の生活費も要る。
コレット家は辺境伯とはいえ管理地内の農地は狭い。
その上さしたる産業もなく暮らしは豊かではない。
アドリーヌが王都へ『留学』出来るかどうかは微妙であった。
だがアドリーヌへ風は吹いた。
またもや朗報があったのである。
隣人であるダロンド辺境伯の領地からも古代遺跡が見つかり、探索したところ大量の魔道具が見つかったのだ。
アドリーヌの父とフェルナンの父であるダロンド辺境伯は親友である。
すぐに打合せが為され、話は纏まった。
両家で協力してアドリーヌを魔法鑑定士として育成しようという話になったのである。
こうしてアドリーヌは王都に送られ、魔法女子学園へ入学したのだ。
アドリーヌは魔法女子学園で3年間学んだあと、順調に魔法大学へ入学した。
しかし様々な学問を学ぶうちにアドリーヌの気持ちは大きく揺らいでいた。
実家の指示で学んで来た鑑定魔法は嫌いではない。
未知の魔道具を見極めるのはわくわくするし、発動も得意である。
だがアドリーヌは鑑定魔法以上に好きな道を見つけてしまった。
それが占術であり、将来は占い師になりたいと決めたのである。
父には自分の決意を告げて相談した。
ダロンド辺境伯にもお願いをした。
しかしふたりからの返事は揃ってNOであった。
ふたりから学費を出して面倒を見て貰ったのは事実である。
だから魔法鑑定士の資格は取った。
何としても受けた恩を返したい。
真面目なアドリーヌはそう思ったから、故郷で一定期間鑑定作業をする妥協案も出したが、ダメだった。
帰郷して、両家専属の魔法鑑定士になれの一点張りであった。
どうしても説得が無理だと知ったアドリーヌは強硬手段に出た。
両家から一切の援助を断り、奨学金とアルバイトで生活を立て学費も払って卒業したのである。
結果、実家からは勘当されダロンド家からも絶交を言い渡された。
片や目指した占い師への道も厳しかった。
一人前になるのに時間がかかる上に、見習い期間の収入では到底食べていけない。
アドリーヌは仕方なく魔法女子園の教師となったのであった。
だけどと、アドリーヌは笑みを浮かべる。
運命なんて分からない。
仕方なく魔法女子学園の教師になったお陰で、アドリーヌはルウとその家族に巡り合えたのだから。
アドリーヌがルウに招かれ、初めてブランデルの屋敷へ来た時はさすがに緊張した。
元々アドリーヌは社交的なタイプではない。
内気で引込み思案な女性である。
教師だって最初は全く不向きだと思っていたくらいだ。
しかしルウ達は温かく迎え入れてくれた。
ルウは事前の了解を得て、アドリーヌの事情を皆へ伝えていた事もあって全員が同情的であり、優しかったのである。
こうなると溶け込むのは早かった。
ミンミやラウラのような年上の姉貴分。
フランのような同世代から、アドリーヌには未経験の妹のような存在の少女達。
そして優しい祖父のような家令アルフレッド。
屋敷に訪れる従士達も頼もしい兄貴分のような存在であった。
アドリーヌは毎日の暮らしが楽しい。
最初からこの家族の一員だったのではないかと錯覚するほどだ。
そして何より大きいのが……
「アドリーヌ、明日はいよいよお前の故郷へ出発するぞ。打合せをしたいがどうだろう?」
漆黒の瞳が優しくアドリーヌを見つめていた。
「はいっ! 宜しくお願い致します」
元気よく返事が出来る。
愛する人が傍に居てくれるというのは素晴らしい事なのだ。
それだけで人間とは強くなれる。
屋敷へ来て短期間にアドリーヌは多くの事を学ぶことが出来た。
私はこの人の妻になりたい。
折角得た、かけがえのない『家族』を絶対に失いたくない。
アドリーヌは愛する人の瞳を見つめて強く決意していたのであった。
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