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第86話 「委ねる心」

 どのくらい眠ったのか……

 オレリーが目を覚ますと今、自分が居るのは自宅のベッドの上であった。


「え?」


 思わず、

 どうしてっ!? 

 と、大きな声で言いそうになってしまい、オレリーは慌てて自分の口を押さえた。

 

 窓から外を見ると……

 陽が西へ傾いており、時刻はもう夕方であるのが分かる。

 隣の部屋からは聞き覚えのある、とても楽しそうな声が聞こえて来る。

 母アネットが誰かと話しているらしい。

 

「ええっ!?」


 オレリーは更に驚いて、母がふせって寝ているはずのベッドを見る。

 だが当然、誰も寝てはいない。

 

 そう言えば……私は……

 

 オレリーは、記憶の糸を手繰たぐった。


 王都の郊外で悪い冒険者に騙され、遠い国へ奴隷として売られそうになった。

 危ないところをルウ先生が助けてくれて……

 それから……


 オレリーは甦った記憶の『最後』を確かめる。

 とても恥ずかしい事を頼んでしまった。 

 ルウは優しく抱き、愛撫してくれた……


 思わずオレリーは頭を激しく振った。

 自分の大胆さに恥ずかしくて、顔を覆ってしまう。


 な、何故!? 

 私はあんなに?

 大胆に?

 ……なれたのだろう?

 

 「大好きです!」

 って告白した覚えもある。 

 わぁ!

 恥ずかしい!!!


 それより先生の手……

 大きくて温かくて凄く気持ちよかったな……

 

 だから……

 もう1回だけ!

 揉んで欲しい……

 って馬鹿! 

 私の馬鹿ぁ!


 そういえば……

 とオレリーは思う。

 このような寝覚めの良さもここ数年ない。

 

 何故か、あの悪夢の如き体験も、夢の中の出来事のような曖昧あいまいさなのだ。

 

 襲われた時の事は何とか憶えている。

 だが、ぼんやりとした蜃気楼しんきろうのような感覚の記憶しかない。


 1番覚えている事が先生に助けて貰った事……

 それは良いけど……

 胸を揉まれた事がこんなに嬉しいなんて……私……


 つらつらと、オレリーが考えていると、再び母が大きな声で笑う。

 耳を澄まして良く聞いてみると……

 相手が冗談でも言ったのか、笑い転げているようだ。

 

 あんな声で笑う母なんて……意外だ。

 一体、どこの誰と何を話しているのだろう?


 気になったオレリーは、起き上がって自分が肌着姿なのに気がつく。

 急いでブリオーを着込み、食卓のある隣の部屋へ恐る恐る顔を出したのである。


「あら、オレリー! ようやく起きたのね?」


「おう! オレリー、何か疲れていたようだったな? 大丈夫か?」


 母アネットの楽しそうな笑顔。

 そして彼女が話していた人物は……


 いつも学園の教室で見る優しく穏やかな笑顔。

 助けてくれたルウであった。

 

 ルウは学校で見るように笑っていたが、良く見ると片目をつむっている。

 今のオレリーにはその意味がすぐ分かった。


 あの事件は内緒。

 そして話を合わせろ。

 という事ね。


 何故かオレリーは楽しくなっていた。

 母へ真っ赤な嘘をつくというのに!

 

 母アネットは愛娘に対し、不思議そうな表情だ。


「オレリー、お前」


「な、なあに?」


「今日、街中でルウ先生にお会いして、ふたりでお茶を飲んでいるうち、急に眠くなってしまったそうね?」


 母の話を聞いたオレリーは、不満そうにぷくっと小さく頬を膨らませた。


 もう! 

 何それ?

 ルウ先生って言い訳下手よ。

 それじゃあ私がまるで変な子みたいじゃない?


 そう思いながら、オレリーの顔はすぐ満面の笑みを浮かべた。

 やはり助かったという安堵と、ルウの笑顔を見て楽しい気分が高まったからだ。


「そうみたいなの、母さん。でも……」


 オレリーは先ほどから、気になっている事を聞こうとした。


「母さん、あの……病気は?」


 愛娘の言葉を聞いたアネットは晴れやかな笑顔を見せる。


「うん! ルウ先生がね、治療してくださったのよ! 回復魔法で」


「えええっ!?」


 オレリーは吃驚した。

 記憶を手繰る。


 確か……

 ルウ先生の専門は攻撃と召喚のはず。

 

 回復魔法が使えるなんて……

 私、聞いてない……


 そんな事を考えているオレリーへ、とアネットが話を続ける。

 とても嬉しそうだ。


「私、お金は? って聞いたらそんなの要りませんって! その分お前が学園で勉強を頑張ってくれれば良いって」


 「優しい人だねぇ」

 とアネットはうっとりとルウを見つめている。

 

 そんな母を見たオレリーは不思議と軽い嫉妬を感じた。

 と、そこへ、


「アネットさん」


 ルウが母に声をかけるのを、オレリーはぼんやりと眺め、聞いていた。


「オレリーと……娘さんとふたりで話をしたいのです。隣の部屋へ行っても宜しいですか?」


「良いですよ。ふふふ、何だったら押し倒して下さいな」


「な、何をっ! か、母さんっ!」


 冗談とも本気とも思えるアネットの言葉を聞いたオレリーは、自分でも頬が(あから)むのが分かった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「先生!」


 隣の部屋でふたりきりになると……

 オレリーはルウの胸へ飛び込んで来た。

 

 森で抱かれた時には気がつかなかったが、ルウの身体からはお日様に乾した洗濯物のような良い匂いがするのだ。

 かつてのフランのように、オレリーはくんくんと鼻を鳴らし、つい匂いを嗅いでしまう。


「やっぱりあれは……夢じゃなかったんですね」


 甘えるオレリーを優しく抱きながら……

 ルウは小さな声でそっとささやいた。


「ああ、でも話は合わせてくれ」


「はい」


「奴等は魔法で俺達の事を忘れるようにしておいた。後は裁かれて罰を受けるだけさ」


「ああ、良かった……」


「だから俺達も、もう忘れよう」


「本当に良かった……でも先生が助けてくれた事を忘れるなんて絶対に出来ません」


 オレリーは相変わらずルウの胸に顔をうずめたままだ。

 ブラウンの綺麗な髪をルウの指が優しくすいている。


「先生……私……」


 何か言いかけたオレリーの肩にルウの手がかかった。

 彼女の身体は一旦離された。

 

 オレリーは丁度ルウと向き合うような形になる。

 「何をするつもり?」

 と、オレリーはいぶかしげにルウを見た。

 

 するとルウは、魔道具らしい腕輪から何か取り出した。


「これをお前に託そうと思う」


 オレリーはハッと息を呑んだ。

 

 ルウが腕輪から取り出したのは……

 あの魔道具『ペンタグラム』だったからである。

 

 ルウが見せる『ペンタグラム』は新品ではない。

 長い年月に亘って使い込まれたらしく、趣きのある渋い銀製の品物だ。


「こ、これは!?」

 

「師匠の形見さ。俺が受け継いでこれを使い、召喚魔法の修行をした」


 ルウは事も無げに言い切った。

 

 オレリーは呆然と彼を見る。

 そんな大事な物を?

 何故私に? 

 という驚きの表情だ。


「今の俺よりもお前が必要としている。それで良いじゃないか」


 ルウの表情は、相変わらず穏やかである。


「いいか、オレリー。何かあったらすぐ俺に相談しろ」


「先生……」


「お前が生活費を稼がないといけないのは分かる。だが、学園の規定に違反する仕事はもう辞めろ。俺がフランにかけあって何とかする」


「ど、どうして。私にそこまで?」


 オレリーが尋ねても、ルウは答えない。 


「いいか、オレリー。お前は綺麗で素敵な女の子だ。自分を卑下せず自信を持て」


 オレリーは、ルウの励ましを聞いて感極まったのか……

 小さくルウの名を叫ぶと、再び彼の胸へ飛び込んで行った。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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