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第856話 「冒険者ギルドの嵐③」

 いきなり聞き慣れた声を聞いたピエレットは吃驚した。

 そしてまじまじと声の主――ミンミを見詰めてしまったのである。


「マ、マスター!」


「あら、ピエレットじゃない。どうしたの?」


 にっこり微笑むミンミを見て、ピエレットは確かめずにはいられなかった。

 聞いたら「当たり前だろう」と機嫌を損ねて叱られるに違いないと思いながら……


「え、えっと! こ、この方をマスターが旦那様とお呼びになるって事はも、もしかして?」


「え、ええ、今迄は話だけして貴女に引き合わせしていなかったわ。この人が私の旦那様、ルウ・ブランデルよ。彼が私の所属するクランステッラのリーダーなのは知っているわね」


 ミンミは少し、はにかみながら言った。

 「私の旦那様」と言う表情と仕草がまるで純情な少女のようである。

 アールヴ族特有な性格の、いつもの冷静で淡々としたミンミとは全く違っていた。


 ピエレットは驚くと同時に、ここで本能的に挨拶をしなければという思いが沸き上がる。

 黒髪の男を魔道具店の単なる店員だと思っていたので、ピエレットは当然名乗っていないし、相手も自分の名を告げてはいない。


「は、初めまして! と、申しますか、名乗らず申し訳ありませんでした! 改めまして、冒険者ギルド王都支部サブマスター、ピエレット・ラファランです」


 ピエレットが慌てて名乗ると、黒髪の男も同じ気持ちだったようだ。

 しかしピエレットのように慌てた素振りは全く見せず、あくまでも穏やかであり、表情は殆ど変わらなかった。


「ああ、こちらこそ、失礼した。ミンミの夫ルウ・ブランデルだ」


「うふふ、ふたりでとっても盛り上がっていたみたいね。そうでしょ、旦那様」


 挨拶をし合うふたりにミンミが突っ込みを入れた。

 遠目から見てもルウとピエレットは、同好の士という感じで話に熱中していたからだ。

 妻から皮肉とも言える言葉を掛けられてもルウは慌てない。

 真面目な表情で大きく頷いたのである。


「ああ、話してみて良く分かったよ。ピエレットさんは深い魔道具愛に満ち溢れている」


「ええっ、私が魔道具愛に?」


「ふうん、深い魔道具愛ねぇ……」


 ルウの言葉を聞いて、ミンミは納得したように頷く。

 果たして妻は夫の言葉に何を考えているのだろう。

 そして、このミンミの夫ルウが一体何者なのか。

 ピエレットには分からなくなって来たのである。


「こ、こちらこそ、お話してみて分かりました。マスターのご主人って……凄いです。私、ちょっと誤解を……」


 ピエレットの言う『凄い』とはルウの持つ多岐に渡る深い知識であり、『誤解』とはあまりにもルウを固定概念に縛っていた事である。


 ルウ・ブランデル……ミンミの夫で冒険者ギルド所属のランクA冒険者。

 クランステッラのあげた輝かしい功績と圧倒的な強さ、そして目の前に居るアールヴの強靭な魔法剣士を妻にする人間とは一体どのような偉丈夫だろうか?


 ルウが魔法使いだとは聞かされながら、ピエレットは神話に出てくる筋肉ガチムチ戦士のような男をイメージしていたのである。


 ピエレットの言葉尻を捉えたミンミが訝し気な表情を見せる。


「ちょっと誤解?」


「い、いえ! な、何でもありません!」


 焦って手をぶんぶんと左右に振るピエレット。

 そこへルウが言う。

 ピエレットのフォローをするように。


「ははっ、俺と彼女は結構マニアックな魔道具の話題で盛り上がっていたのさ」


「へぇ、マニアックね! じゃあ私もこれからピエレットに魔道具の手解きを受けようかしら?」


「えええっ!? 私から?」


 上司の意外な提案にピエレットは目を丸くする。

 魔道具の手解きならこの夫に受ければ良いのに?という驚きがはっきりと出ていた。


 ミンミも、ピエレットの考えがすぐ分かったのであろう。

 苦笑しながら言う。


「うふふ、残念ながら私も旦那様もお互いに忙しいし、私達四六時中一緒に居るわけじゃないの。一緒に居る時間だけで言ったら、ピエレット、貴女とこれから過ごす時間の方が断然長くなるから」


「そ、そんな事は……」


 ピエレットは否定しようとして思わず口ごもる。

 ミンミの言う事には一理あるからだ。


 確かに冒険者ギルドのマスターはとても多忙である。

 傍から見ていてミンミは生活の殆どを職場であるギルドで過ごし、寝泊りも隣接するギルドマスターの官舎でするのが殆どだ。

 自宅に帰れる方が稀なのである。

 ミンミはまだ新婚間もないというのに……


 ルウもピエレットに頭を下げる。


「申し訳ない、ピエレットさん。ウチの嫁は王都へ来たばかりだし、マスターの仕事にも慣れていない。貴女にいろいろ助けて貰えると助かる」


「た、助けるだなんて」


 ピエレットは恐縮してしまう。

 ルウは言葉遣いがフレンドリーだし、他の高ランク冒険者のように実力を笠に着て偉ぶらず腰も低い人だとピエレットは感じていた。

 彼女の持っていたルウの荒々しい戦士のイメージが、がらがらと音を立てて崩れて行った。


「いや、実際貴女が居るお陰で、何とかマスターの職務をこなせていると聞いているよ」


「そんな! 私は大した事はしていません、必死に仕事をしているだけです」


「ありがとう! まあ、俺もミンミからはいろいろと相談を受けている。少し考えている事があるけれど貴女が問題なしと判断したら、王都支部の円滑な運営の為に協力させてもらうよ」


「王都支部の円滑な運営……」


「ああ、いずれミンミから話がある筈さ。その時は宜しくな」


 3人はいろいろと話した。

 ピエレットはだんだん羨ましくなって来る。

 当然、ルウとミンミの仲の良さにである。


 そうこうしているうちに行列は進む。

 あっという間に時間は経ち、次のローテーションでピエレットが入店出来る順番になったのだ。


「じゃあそろそろ私はギルドへ戻るから」


「マ、マスター! わ、私も……」


 職場へ戻る上司を見て、ピエレットは何故か申し訳なくなってしまう。

 彼女は本当に真面目なのだ。


 ミンミは笑顔で首を横に振った。


「駄目よ! ピエレットは今日久々の休暇でしょう。今迄ずっと並んでいたし、折角メモリアで買い物が楽しめるのだから、もったいないわ」


「で、でも、マスター!」


「じゃあ、旦那様。私の可愛い部下を宜しく」


「ははっ、任せろ」


 ミンミは手を振りながら、去って行った。

 ピエレットは複雑な思いで、遠ざかるミンミの背を見送っていた。


「じゃあピエレットさん、店内へ入ろう」


「え、ええ……」


 ルウにいざなわれて、仕方なくメモリアの店内へ入ったピエレットであったが、いきなり圧倒される。


 初めて入ったメモリアの店内はシンプルな造りで華美な装飾は全く無かった。

 だが、センスの良い展示台に並べられた綺羅星の如き魔道具は今迄ピエレットが見た大手の店より遥かに素晴らしい品揃えだったのである。


 ルウとピエレットを出迎えたのは、魔法鑑定士見習いと思しき少女達である。

 店主の趣味であろうか、スタッフの少女達は皆、美しかった。


「いらっしゃいませ、長らくお待たせ致しました。魔道具の店、記憶メモリアへようこそ!」


「は、はい……ど、どうも」


 ここでルウが大きな声で店主を呼ぶ。

 渋い声で返事があり、大柄で落ち着いた感のある戦士風の男が現れた。

 鍛え抜かれたらしい体躯と思慮深そうな表情を見たピエレットは思わず考えていたルウのイメージだと感じてしまった。


 当然男は人間に擬態した悪魔バルバトスであって、ルウではないのだが。


「いらっしゃいませ、初めまして、私が店主のバルバです。ああ、ルウ様のお知合いですか?」


 店主の物言いを聞いたピエレットはこれまた不思議に感じた。

 ルウに対して絶大な敬意を払っているのだ。

 ピエレットには、すぐにふたりは主従関係にある事が分かったのである。


「ああ、ミンミの仕事関係の方だ」


 ルウが答えると、バルバトスは深く一礼する。


「かしこまりました、ルウ様。で、あれば私がご案内致しましょう」


「頼む! ではピエレットさん、申し訳ないが俺はこれで失礼する。今後ともミンミの事を宜しく頼む」


「いえ、こちらこそ! 宜しくお願い致します」


 ルウはバルバトスへ指示をすると、丁寧な挨拶をして去って行った。

 

 それからの数十分、ピエレットはバルバトスの案内によりメモリアの店内で至福の時を過ごしたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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