第855話 「冒険者ギルドの嵐②」
新任の冒険者ギルド王都支部のサブマスター、ピエレット・ラファランの趣味は魔道具収集である。
彼女の自宅には古今東西たくさんの魔道具が並べられていた。
自身の財産を増やす手段として考えた末に、実用的かつ骨董的な希少価値を見込んでの事である。
冒険者としてデビューしたての頃は、低ランカーゆえに当然ながらそのような余裕はなく、その日暮らしの生活であった。
実力をつけ、様々な実績を積み生活に余裕が出てくると、堅実な性格のピエレットは引退後の生活を考えるようになった。
冒険者は、一生続けられる職業ではない。
中には超がつくベテランの猛者も居たが、大抵は生活をかけてというより冒険そのものが好きだからという理由で続けている者が多かったのである。
だがピエレットは冒険そのものにロマンを感じすぎない性質であり、年齢を考慮した引き際もしっかりと考えていた。
加齢による体力や技術の衰えは、下手をすれば再起不能な負傷や死に直結する。
仲間達の悲惨な末路を目の当たりにしたピエレットが、将来の為に蓄財の手段を模索するようになったのも当然であった。
最初は真面目に貯金をしていた。
だが、次第にいかにして金を増やすかを考えるようになった。
依頼主の商家が儲ける様子を目の当たりにしたり、商家と取引をして金を増やす冒険者仲間に刺激を受けたからである。
しかしピエレットは自分が、冒険者としての戦い等の駆け引きならともかく、金銭が絡む駆け引きにはあまり向いていない気がした。
熟考した末に、結局商家との取引には手を出さなかったのである。
代わりにピエレットがこれだと、目を付けたのが魔道具であった。
冒険の際に迷宮や遺跡で獲得する魔道具には未知のお宝が多い。
価値が二束三文のものも多いが、たまに古代人工遺物や魔物が作ったといわれる希少品が出る。
そのように発見したアイテムを収集したり、売ったりしていた。
これだと仕入れがタダであり売却すれば売値が利益になるし、所持していれば保有財産になる。
ピエレットは派手に遊ばずこうしてある程度の財産を作り、生活基盤を安定させたのである。
しかし冒険者ギルドの幹部に抜粋されると事務仕事が増え、迷宮や遺跡などの現場へ行く頻度はめっきり減った。
そうなるとギルドの給料以外の収入で財産を増やす為にどこからか、魔道具を買って仕入れるしかない。
幸いピエレットは長年の冒険者暮らしで鑑定眼は備わっており、忙しい中を縫って勉強し魔法鑑定士のB級も取得する事が出来た。
多種多様な魔道具を収集するにつれて、その奥深さ、素晴らしさに触れてピエレット自身が変わって来る。
当初は投資目的だった魔道具を純粋に趣味のコレクションとして楽しむようになって来たのだ。
ピエレットは王都内の魔導具店を普段、こまめにチェックしている。
ある時、地味だが評判の魔道具店を見つけた。
その店は店舗が小さいながら質の高い魔道具を売る店として、王都の魔道具収集家の間で口コミにより噂が広がっていたのである。
最初に店へ行ったのは1か月程前であった。
しかし店頭を見てピエレットは入店を諦めた。
店に入る人数を制限をしているということで店の外には行列が出来て、入場待ちの客がたくさんいたからである。
そしてつい最近、新たなギルドマスター赴任もあり、ずっと多忙であったがようやく休暇が取れたので朝早くその店へ出向いたのである。
王都中央広場から少し奥へ入ったその店の名は『記憶』……
ルウの従士、悪魔バルバトスがバルバと名乗って店主を務める店であった。
開店が午前11時と聞いてピエレットが到着したのが午前10時30分。
この時間なら一番で入れると思ったピエレットの読みは見事に外れてしまう。
彼女の予想に反して、すでに店の外には行列が出来ていたからである。
いつものピエレットであればすぐに諦めてしまうところだが、今日は少し待ってみようという気持ちになった。
以前店に来たときは30人以上が並んでおり、即座に気持ちが萎えてしまった。
今朝はまだ並んでいるのが10人程度である。
受付をしている戦士風の男に聞いた所、一度に3名~5名ずつ入店させるという。
ならば3廻り目くらいに入店出来るだろうと、ピエレットは少し待ってみることに決めたのだ。
店には後から取り付けたらしい、布製の屋根が行列待ちの客達を夏の強い日差しから守っていた。
暫し待つと時間はまもなく午前11時……魔道具の店の開店である。
受付の男が案内し、まずは3人の客が店内に吸い込まれて行った。
行列が動き、立って並んでいたピエレットは備え付けのベンチに座る。
先日見て好感を持ったのが、客に対しての店側の配慮であった。
何かポットを持つ男が飲み物を出していたからである。
そして客たちはとても美味そうにそれを飲み干していた。
聞いてみたところ待つ客へサービスに出す紅茶らしい。
ピエレットはとても興味を持った。
彼女は紅茶も大好物だったからだ。
しかし飲み物を持って来る筈の戦士風の男が中々来ない。
少し落胆したピエレットであったが、すぐに表情が明るくなった。
戦士風の男ではなく、長身痩躯な法衣姿の若い男がポットを持ち客にカップを持たせて注いで回りだしたからである。
まもなくその若い男はピエレットの下へやって来た。
何気なく男の顔を見たピエレットは驚いた。
黒髪、黒い瞳を持つ異相の男だったからだ。
切れ長の目が涼しげなその男は穏やかな表情で、ピエレットへカップを渡すと、紅茶を並々と注いだ。
かぐわかしい芳香が立ち昇る。
ピエレットは思わず声が出てしまう。
「ああ、良い香り……」
ピエレットの声に応えるように黒髪の男が言う。
「店主以下スタッフが店内で十分な接客をする為に、申し訳ありませんが入場制限を行っております。順番にご案内しますので、暫くお待ちください」
涼やかな声であった。
季節は夏で今日も朝から暑いのに何か、心がすっきりするような。
「は、はいっ」
ピエレットは思わず大きな返事をして、カップの紅茶を飲んだ。
適温で飲み易い。
砂糖や蜂蜜を入れて甘く紅茶を飲むのがピエレットの好みなのだが、この紅茶には不要であった。
何よりも茶葉の香りが良い。
余分なものを入れると折角の味が壊れてしまいそうな気がするのだ。
生まれてからこれほどの紅茶は飲んだことがないし、王都の有名なティールームでも飲めないだろう。
「美味しい!」
思わず感嘆したピエレットを見た黒髪の男は優しく微笑んだ。
「お気に召して頂き幸いです。今朝も暑いですね、宜しければ冷たい紅茶もありますのでご希望でしたら仰ってください」
「は、はい! ででで、ではお代わりを! こ、今度は、つ、冷たいので!」
黒髪の男はすぐに違うポットから紅茶を注いでくれた。
カップも新たに冷やしたものを渡してくれたので、ピエレットはまた違う風味の紅茶を楽しむことが出来たのだ。
紅茶のサービスはベンチに座った者が受けられるらしい。
行列が動いた時、ピエレットは丁度最後に座ったので彼女の後ろの客は飲むことが出来なかった。
しかしもうそのルールは周知されているらしく、文句は出ない。
つい冒険者ギルドのルールも、こうきちんと守られるならばとピエレットは感じてしまう。
ピエレットはこの店は勿論、目の前の男にも一層興味が出て来た。
再び黒髪の男を観察してみる。
多分店のスタッフなのだろう。
年齢は……結構若い、20歳くらいか?
魔導具店のスタッフで法衣姿……魔法鑑定士か、その見習いという雰囲気である。
顔も面食いのピエレット好みのイケメン。
黒髪の男はまだ自分の目の前に立っていた。
ピエレットはアクションを起こす。
ちょっと、話し掛けてみよう。
まずはさりげない話題から……
「すみません、このお店は魔道具のお店ですよね?」
「はい、記憶は魔道具の販売と買取のお店です。ものによっては修理も致しますよ」
「あ、貴方は店員さん?」
「いいえ、単なる手伝いです。店主とは知合いですので」
この人は単なる手伝い……か。
ちょっとがっかり……
そんなピエレットの気持ちを知ってか、知らずか今度は黒髪の男が話し掛けて来たのだ。
「お客様は本日何かお探しで?」
「ええと守護効果のある魔道具を」
「守護効果? 例えば……」
「え、ええ、そう! そうなのよ!」
ピエレットは驚いた。
黒髪の男は凄い知識を持っていたのである。
それも何かマニアックというか、本当に魔道具が好きでたまらないという雰囲気でもある。
こうなると同好の士として話が弾む。
ピエレットは思う。
この人は完璧な魔道具オタクであると。
魔導具一般に始まり、魔法全般、古代文明、果ては神や精霊の事まで滅茶苦茶と言っても良いくらい詳しいのだ。
ああ、凄いわ!
この人!
ピエレットがまじまじと黒髪の男を見つめた瞬間であった。
聞き覚えのある声が響いたのである。
「あら、旦那様?」
「は? だ、旦那……様? そ、その声は?」
黒髪の男と魔道具の話に熱中するピエレットを見ていたのは、彼女の上司であるギルドマスター、ミンミであったのだ。
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