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第853話 「幕間 ふたりの魔狼」

 王都セントヘレナの中央広場をひと際目立つ大男と大女が闊歩していた。


 冒険者達の間で凄い逸材だと噂されているこのふたりは、最近素晴らしい実績をあげて台頭して来た高ランク冒険者である。


 ふたりは王都近辺に出没する大量の魔物を苦もなく屠って、しょっちゅう大金を稼いでいた。


 男の方は冒険者ランクB、2m近い堂々とした体躯を持つ屈強な戦士である。

 鋲付革鎧スタデッドレザーアーマーと呼ばれる、ごつい頑丈そうな革鎧を纏った男は狼のような野生的な風貌をしており、矢を射るような鋭い目付きを前方へ向けていた。

 背中には男の身長に近い巨大な鋼鉄剣を背負い、それだけで道行く人は圧倒されてしまっている。


 片や男性用の特注革鎧を纏った女も決して男に負けてはいない。

 男と同じく冒険者ランクはB。

 180cmを楽に超える身長はバランス良く鍛え抜かれ、贅肉が全くない。

 伸びやかな四肢は、秘めたバネが凄まじい事も容易に想像出来るのだ。

 男同様、狼のような顔立ちをした美しい女であった。


 切れ長の眼を持ち、極端に短く刈った髪はまるで少年。

 煌く瞳の色が鮮やかな金色アンバーなのが、女を余計獰猛な狼のように見せている。

 腰には女が持つには大き過ぎる、幅広の武骨なロングソードが提げられていた。


 男は悪魔アモン……ルイ・サロモン72柱の悪魔の1柱。

 蛇の尾を持つ大狼であり、最も強大にして厳格な者と称される悪魔である。


 女は悪魔マルコシアス……同じくルイ・サロモン72柱の悪魔の1柱。

 蛇の尾を持つ有翼の大狼といわれ、清廉潔白さを好み、不実さを極端に嫌う愚直な悪魔である。


 悪魔の中でもどちらも最強と謳われるふたりが揃って歩く。

 その様は圧巻である。


 人間に擬態したふたりが向かう先は冒険者ギルド王都支部であった。

 今日ふたりが赴く理由は、ルウの妻であるギルドマスターのミンミからの要請である。

 正確に言うのならルウの提案をミンミが受け入れたのだ。

 

 王都では新参者のミンミがギルドマスターとして仕切って行くのは大変である。

 ヴァレンタイン王国は基本的に男性社会。

 それは冒険者ギルドも変わらない。 

 女性なのは勿論、ただでさえアールヴ族は人間族から一歩引かれる。

 現在ミンミの腹心と言えるのは、サブマスターの女魔法剣士ピエレット・ラファランのみである。


 派閥ではないが、シンパというべき応援者がミンミには必要であった。

 そこで冒険者として急速に実績を積んだルウの従士達を引き入れて、ギルドの運営を円滑にしようと考えたのである。


 ギルドへ向かうマルコシアスの足取りは軽い。

 表情も晴々として、満面の笑みを浮かべている。

 理由は、はっきりしていた。

 先程ルウから来た、念話のお陰である。


「ふふふ」


 喜びの含み笑いがマルコシアスの口から漏れると、アモンが言う。


「あのグレモリーを説得するとは……さすが、ルウ様だな」


「……ああ」


 小さく答えたマルコシアスは改めてルウの話を思い出す。

 それはかつての主グレモリーとの顛末であった。


 やはりルウの存在をグレモリーは気にしていた。

 そして接触をはかった。

 当初の思惑としては、ルシフェルの使徒であるルウを上手く『駒』として使おうとしたらしい。

 主な目的はグレモリーの切ない恋の成就である。

  

 その為にまずは従者の悪魔ウヴァルを使ったのだ。


 だがウヴァルは現実主義者だ。

 あるじの恋を極めて冷静に判断していた。

 絶対に成就しないと見て、ルウをルシフェルの代用品にしようとしたのだろう。


 ルウはそんな両者の思惑を撥ね退けず、何と飲み込んでしまった。

 グレモリーの恋を尊重しつつ、距離を近くする為に『親友』という立場を取ったのだ。


 マルコシアスは思い出す。

 以前自分が主張した事を。


 マルコシアスは小賢しい小細工や虚飾に満ちた真っ赤な嘘、仰々しくまわりくどい事が大嫌いだ。

 全てにおいてそうである。

 当然、恋愛に関してもだ。

 だから主グレモリーへ上申した。


 冥界の底へ行くよう、自分へ命じてくれと!


 冥界へ乗り込み、幽閉されたルシフェルを解き放とうと主張したのだ。

 相手の女がもしもそこまで尽くしてくれたなら、絶対にルシフェルも気持ちを主グレモリーへ向けてくれる。

 

 マルコシアスはそう考えた。


 困難な旅になるだろう。

 行く手を阻む者も多く出るだろう。

 戦い傷つくだろう。

 だが、主の為なら自分は死んでも本望。


 マルコシアスは自分の考えを貫き、愛する主の役に立とうとしたのだ。

 しかし、グレモリーは却下した。

 それどころか、あっさりと主従関係を解消したのだ。


 熱く突き進むマルコシアスと比べて、主グレモリーは冷静かつ聡明である。

 いくらルシフェルに恋焦がれていても、そう簡単に助ける事など出来ないのを知っていた。


 悪魔といえども冥界の底であるコキュートス、そして最下層ジュデッカの中心部に繋がれたルシフェルの下へ赴くのは至難の業だ。

 もし辿り着けた、説得したとしても自ら堕天したルシフェルは翻意しないに違いない。


 だけどマルコシアスには関係なかった。

 一度決めたら行く。

 行くと言ったら行く!

 マルコシアスはそのような女なのだ。


 主従関係を解消された以降もマルコシアスは冥界行きの方法を模索した。

 そして言葉巧みに取り入ったイポスの罠に掛かってしまったのである。

 アッピンの赤い本を盾にされ、バエルに従うよう命じられたマルコシアスは危機に陥ったのだ。


 私は救って貰った。

 自分以上の圧倒的な強さを知り、そして人間の温かさも教えて貰った。

 

 そして今度は主も救われた……


 ルウを通じてグレモリーの熱い思いは更に通じて行くに違いない。

 いつの日か、ルシフェルがグレモリーの思いを受け入れる時が来るやもしれない。

 絶望しかなかった恋の中に一縷の望みが生まれたのだ。


 それとも……


 どちらにしてもグレモリーは人間として生きる支えを得た。

 猛々しい悪魔の魂を包む脆弱な肉体を酷使する可能性も減るだろう。

 追い詰められて、さすがに無茶はしなくなる。

 そして邪なる存在がルシフェルとの恋を餌にして、人間として生きるグレモリーを利用するべく忍び寄ろうとしても……


「ルウ様ならあっさりと排除してくれる、そして守ってくれる、あの方を」


 マルコシアスの口から自然と言葉が出る。

 それは予感から確信へと変わった言葉だ。


「ふふふ、声に出ているぞ、マルコシアス」


「おっと!」


 傍らを歩くアモンから指摘され、マルコシアスはにやっとした。

 仕方がないのだ。

 ついつい喜びがあふれてしまうのだ。


 しかし負けじと間髪入れず切り返す。

 傍らの強靭な悪魔へ対してだ。


「お前こそ、その名前はこの世界では禁句だ、アーモン。私は戦士マルガリータ、すなわちマルガだ」


「ははは、そうだったな。ここでの俺は戦士アーモン、お前は同じくマルガだった」


 にやりと笑うアモン。

 心得たという表情だ。


 マルコシアスは小さく頷く。


「分かれば良い! 急ごう、ミンミ様が待っている」


「そう……だな」


 ふたりの魔狼は歩みを速めて、冒険者ギルドで待つミンミの下へ向かったのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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