第852話 「食事は静かに?」
「もう! ジゼルったら、さっきからちょっとはしゃぎすぎだよ。少し落ち着こうよ」
呆れたような表情で、ジゼルを注意したのはナディアである。
「う! ナ、ナディア!」
素のジゼルは良く言えば大らかで飾らない。
悪く言えば、感じた事や気持ちをすぐに出してしまうのだ。
口篭るジゼルに、ナディアの追求は止まらない。
「今の声も凄く大きいし……さっきの、だんな~! とか、まるでどこかの奉公人みたいだよ。ボク、一緒に居てとっても恥ずかしい」
容赦ない親友の口撃にとうとうジゼルが切れてしまう。
「にゃ、にゃにおう! ナディア!!!」
ジゼルがつい大声で叫んだその時である。
「そこの君!」
「へ? 私?」
「そう、そこの金髪の君だ」
ひとりの若者がジゼルに声を掛けて来た。
20歳くらいの男性で法衣姿である。
どうやら魔法大学の学生らしい。
名前を呼ばれない事もあり、当然ジゼルの見知った顔ではない。
それにジゼルには声を掛けられる心当たりなどなかった。
「金髪ってやはり私か? フラン姉じゃあないのか?」
わけが分からずジゼルは首を傾げる。
が、男子学生はじっとジゼルを見ていた。
妹分の指摘に対してフランは微笑む。
「うふふ、残念ながら違うみたいよ」
やはり声を掛けられたのはジゼルらしい。
次に男子学生から出た言葉は決定的であった。
「少し静かにしてくれないか。ここは居酒屋じゃない、一体何を考えているんだ」
「な!?」
驚くジゼルに、眉をひそめた学生はぴしゃりと言う。
「駄目だよ、君! 入学希望者なら来年はこの大学に入学したいのだろう? だったらきちんと規則を守るべきだ、ほら!」
学生が指差した学生食堂の壁には貼り紙がしてあった。
貼り紙には大きな文字で学生食堂の規則が書いてあった。
その中に『大きな声での私語は控えるように』との記載がある。
「ううう……」
確かに男子学生の指摘は正しい。
ジゼルは言い返せず犬のように唸った。
だが……ジゼルは謝らなかった。
当然ジゼルの方が悪いのではあるが、あまりにも男子学生の口調が一方的で素直に謝罪が出来なかったのだ。
ここで、ずいっとルウが出た。
ジゼルと男子学生の間に割って入る。
そしてひと言。
「申し訳ない、全て俺が原因なんだ」
開口一番、ルウが男子学生へ謝罪したのだ。
驚いたのはジゼルである。
「な!? えええっ!?」
「見た所、僕と同じくらいの年齢みたいだが……貴方は?」
男子学生は訝しげな表情でルウを見る。
ルウは穏やかな表情で答える。
「ああ、俺は教師なんだ。この子達の付き添いだよ」
「ふ~ん」
ルウが教師だと聞いた男子学生はまだ首を捻っている。
教師にしては相手が若すぎると思ったらしい。
しかしルウは相手に了解を求める。
ここでこれ以上口論をしても、決して良い事はないからだ。
「重ねて謝る。今後は気をつけるし、入学したら規則を守るよう話すから許してくれないか」
「分かった、今後は気をつけてくれたまえ」
ルウの度重なる謝罪に納得して、男子学生は去って行った。
だがルウが代わりに謝った事に我慢出来ないのはジゼルである。
何故か気持ちがもやもやするのだ。
しかし!
ジゼルの魂に、いきなり念話が響いたのである。
『ジゼル』
愛する夫から呼びかけれてジゼルは甘える。
『あううう、だ、旦那様』
『大丈夫! 先程からお前が大きな声を出したのは全部俺が原因じゃないか。謝るのは当たり前だ』
『ええっ! ううう、あ、ありがとう! そして……御免なさい』
男子学生に対しては素直になれなかったジゼル。
だがルウの対応には抵抗なく御礼が言えたのである。
そして謝罪も……
ルウが自分の代わりに謝ってくれた!
謝るうちに感情が高ぶったのであろう。
ジゼルの目に涙が溢れて来たのである。
誇り高く直情的な部分もあるが、ジゼルは信頼した人に対しては素直だ。
ルウはそんなジゼルの性格を分かっており、優しく諭す。
『ほら、泣くな。お前が来年大学に入ったら環境が変わる。魔法女子学園とは違い、新たな規則の中で生きる事になる、注意するんだぞ』
『は、はいっ!』
『ははっ、もう気にするな』
ルウに励まされて、ジゼルは笑顔を見せる。
だが何故か口篭る。
『ううう……』
『どうした?』
ルウに聞かれたジゼルは噛みながらも嬉しそうに言い放つ。
『だ、旦那様の事を大好きだと言いたい!』
ジゼルのストレートな愛情表現である。
ここで役に立つのが念話だ。
『ああ、念話ならいくら言ってもOKだ』
『おお、では……わ、私は旦那様が大好きだあっ!!!』
『ははは、お前の元気な声が魂に響いたぞ。キ~ンってな』
ルウは実際の耳への表現でジゼルを笑わせる。
『うふふっ、うん、うん、もっとキーンってさせたいっ』
ルウの言う通り当事者同士以外に念話は聞えない。
だがフラン達にはルウとジゼルの表情から、どのような会話をしているか、一目瞭然だったのである。
晴々したジゼルの表情を見ながら、ルウが口を開く。
「おっと、そろそろオレリー達が来るな」
「はい……こちらへ来るのを感じます」
どうやらフランもオレリー達の動きを感じたようだ。
ふたりの言葉を聞いて驚いたのが、ラウラとアドリーヌである。
「アドリーヌさん、凄いですね……これだけ人が多いと通常の索敵魔法は思うように使えませんから」
「本当に……」
通常の索敵魔法は害意を持つ敵をその魔力波で探知し、把握するものだ。
今日の大学のように多くの不特定多数の人間が居たら、よほどの悪意を持ってこちらへ向かって来ない限り、その存在を知る事は出来ない。
「フラン、じゃあオレリー達には事前に念話で伝えておくよ」
ルウはフランへ片目を瞑った。
そして早速念話で、オレリーへ呼びかけたのである。
『お~い、オレリー』
ルウの呼びかけにオレリーはすぐ念話で応える。
『ああ、旦那様! お疲れ様です』
『ああ、お疲れ! もう分かっているだろうが、俺達は学生食堂に居る。フラン達も一緒だから、すぐおいで』
ルウの誘いに、オレリーの元気な声が返って来る。
『はいっ! ジョゼ、リーリャ、そしてマノンさん達も一緒です』
『分かった! ちなみにここでは大きな声を出したりすると注意される。気をつけるんだ』
『は、はい……実は……』
オレリー達は既にカフェで注意されていた。
つい将来の話で場が盛り上がってしまったのだ。
ルウは叱ったりはしない。
オレリーは分別がある。
反省しているようだし、マノン達と将来について語るうちについ声が大きくなってしまったのだろう。
『ははっ、こちらも注意されてしまった。お互い気をつけよう』
『は、はいっ、ではすぐに行きます』
『ああ、ジョゼ達にも伝えておいてくれ』
『了解です』
オレリー達はまもなく学生食堂へ来るだろう。
ルウはフラン達へ一緒に昼食を摂ると告げたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
暫し経ってオレリー、ジョゼフィーヌ、リーリャ、そしてマノン、ステファニー、ポレットがやって来た。
カフェでずっと話していたらしい。
以前と違い、刺激し合う戦友同士という雰囲気である。
さすがにオレリーはこの場でルウを『旦那様』とは呼ばなかった。
「ルウ先生、お疲れ様です」
「ああ、オレリー。お疲れ!」
オレリーの背後にはジョゼフィーヌとリーリャが続いていた。
「あら、ほぼ全員揃っているようですわね」
「わぁお! ホントですね!」
後から来たオレリー達に、ルウは不在の妻達の状況を伝えてやる。
「モーラルとアリス、そしてミンミは別件があるからもう引き上げた」
ルウの言葉を聞いたオレリー達は残念がる。
「残念ですね。皆で食べたらもっとお昼ご飯が美味しかったのに……」
「本当ですわ」
「いつもと一緒ですのに」
コホン!
ここで咳払いをしたのはマノンである。
少し頬が赤い。
「ル、ルウ先生。お、お疲れ様ですわ」
マノン同様頬を赤くしたステファニーとポレットが一礼する。
「お、お疲れ様です」
「です」
「おお、マノン、ステファニー、ポレット。さあこっちに来いよ、一緒に座って飯を食おう」
「「「はいっ!」」」
ルウの呼びかけに対して、マノン達は大きな声で返事をした。
気になったのがジゼルである。
「おおっと、マノン」
「はい、ジゼル先輩、何か?」
「ここではあまり騒いではいけないのだ」
「はい、分かりました」
素直に返事をするマノン。
先輩の威厳を保てたジゼルは目を閉じて満足そうに頷いている。
「うぷぷ……」
尤もらしいジゼルの注意を聞いて、ナディアは懸命に笑いを堪えていた。
こんな時のジゼルは鋭い。
すぐナディアの態度に気が付いたのである。
「こらぁ、ナディ……」
ムッとしたジゼルはナディアを怒鳴りつけようとした。
しかし!
「ジゼル先輩、いけませんわ。騒いでは」
逆にマノンからびしっと注意され小さくなってしまう。
「あ、ああ……す、済まん」
「あははは」
そんなジゼルの姿を見て、ナディアはつい笑ってしまう。
悔しそうに睨むジゼル。
そんな時に近付いて来る人影がふたつ。
フランソワーズとケヴィンであった。
当然、ルウとフランは事前に気が付いている。
「うふふ、私も仲間に入れて下さいな」
「おお、学長との打合せがひと段落ついたよ」
ふたりとも晴々とした表情をしている。
ルウはにっこり笑って全員へ言う。
「OK! さあ、皆で昼食にしよう」
「「「「「「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」」」」」」
ルウの呼び掛けで、場は一気に盛り上がったのであった。
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