第850話 「リスタート」
ヴァレンタイン魔法大学の学生食堂に、徐々に人が増えて来た。
ルウ達と同じように早い時間に昼食を摂ろうと考えて来たのであろう。
お昼になれば食堂は満員どころか、待つ客で行列が出来てしまうくらいなのだから。
ベルナールにとって懐かしいランチを食べ、紅茶を飲んで落ち着いたふたり。
ひと息ついたベルナールはそろそろ頃合と見たのか、ゆっくりと話し出した。
「話と言うのは他でもない。君がこの前赴いて纏めて来たロドニアの魔法学校創立の件なのだ」
「ええっと、もしかして……ですか?」
ルウの言う「もしかして?」とは教師募集の件である。
ベルナールはゆっくりと頷く。
「ああ、そのもしかしてだ。私はロドニアの魔法学校へ新任教師として赴きたい」
ベルナールはきっぱりと、そして力強く言い切った。
彼が以前、ルウと話した時……
今年の12月で退任するベルナールは、好きな錬金術の研究をして悠々自適に暮らしたいと語っていた筈だ。
魔法鑑定士A級の資格を所持しているので生活には困らないと。
しかしルウがロドニア王国の魔法学校創立に伴う教師募集の話を持ち帰ると、心境が変わったらしい。
「成る程! それでアデライド理事長にはお話しされたのですか?」
ルウが考案し纏めて来た話とはいえ、ヴァレンタイン魔法女子学園における最高責任者は理事長のアデライドだ。
現時点ではまだ正式な魔法女子学園の教師であるベルナールの最終的な移籍承認はアデライドがするのである。
元の職場からトップの理事長が推薦という形となれば一番ベストだろう。
決定に向けての大きな後押しとなる。
しかしベルナールは首を振った。
「いや、まだだ。まず最初は君と話したかった。実際にロドニアで先方の担当者、そしてアレフィエフ陛下ともじかに話して来たそうじゃないか?」
「はい、確かに直接話しましたよ」
ルウが返事をしたのを聞いて、ベルナールはふとからかいたくなった。
思い出したのだ、目の前の若い青年に美しい妻が何人も居る事を。
ベルナール自身は何故か女性に縁がなく、ず~っと独身なのだ。
「ははは、暗黙の了解で私達先輩教師は何も言わないが、君の結婚相手の子達は凄いとしか言いようがない」
「…………」
微妙な質問をしたせいか、ルウが無言になってしまったのでベルナールは苦笑した。
今後との兼ね合いもあるからこれ以上、追求しない方が良さそうである。
「おっと、失礼。まあそれより今は私の話だな。筋としてまず君に話してから、校長と教頭、そして理事長へ申し入れるつもりさ」
「それは、それは……俺から前振りをしておきましょうか?」
ルウが上席であるフランとケルトゥリ、そしてアデライドへ話を通しておいてくれれば、ベルナールの意思は事前に伝わり、余分な説明が省ける。
ベルナールは後輩の申し出を聞いて素直に喜んだ。
「そうして貰えると本当に助かる!」
「お安い御用です」
「ああ、私もこの年齢だ。散々悩んだ末にロドニア行きを決めた」
「まあ、そうでしょうね、何と言ってもヴァレンタインから遥かに離れた北の異国ですから」
大陸のやや南方に位置し、比較的温暖なヴァレンタインに比べてロドニアは遥か北方だ。
年間の最低気温は20度以上も違う。
真冬は簡単に全てが凍り付くくらい厳しい気候なのである。
「そう! ロドニアの事も調べに調べた。ヴァレンタインに比べれば気候は勿論、生活様式も全く違う。暮らしにくい事は確実さ、だからずっと迷っていたんだ」
「まあ……そうでしょう」
「うん、実は……今日の仕事が終わってから決めたのだよ。魔法大学へ来ている入学希望者達を見て、自分もこのまま朽ち果ててはいけないと感じたのさ」
オープンキャンパスに押し寄せた入学希望者達の熱気。
北の国へ旅立とうか、それともこのまま静かに引退しようかと迷っていたベルナールには素晴らしい刺激になったらしい。
今のルウの前に居るベルナールは、40年以上前の夢に胸膨らませたベルナールなのである。
ルウにも分かる。
人間は気持ちの持ちようでいくらでも変われる。
年齢など関係なく素晴らしい夢を持つ事が出来るのだ。
「分かります!」
「そうだろう! 将来への夢と希望を摑む為に気合が入ったジゼル君達を見て私も、と思った……私の決心を彼女達がぐいっと押してアシストしてくれたようなものさ」
ベルナールは青年のように目をきらきらさせている。
「私の同期生の友人達は殆どが結婚し、その子供も結婚して孫を抱いている。いわゆるリタイア状態の者が多い」
ルウは黙って頷いた。
ベルナールはもう65歳を超えている。
退職した者も多く、人生の終わりが見えて来たという感覚に囚われる事も仕方がないかもしれない。
ヴァレンタイン王国においては殆どの者が第一線から退く年齢なのだから。
ベルナールは笑顔で話を続ける。
「志半ばでこの世から去った者も大勢居る。片や私は生きていてまだまだ現役だ、これからリスタートするのだから」
その瞬間、ベルナールの意識がふっと遠くなった。
夢を見ているような感覚に囚われる。
懐かしい級友の顔がベルナールの脳裏に浮かんでは消えて行く。
中には二度と会えない者も居た。
その表情はやけにリアルで、皆が嬉しそうに微笑んでいる。
まるでベルナールの決心を喜ぶように……
ハッと気が付くと、自分は学生食堂に居て、微笑むルウの顔が目に飛び込んで来る。
「ベルナール先生がお持ちの魔法鑑定士A級の資格は貴重です。俺は先生の経験を含めて推薦しておきますが、他の人間はいろいろな角度からベルナール先生の実力や適性を試すと思います……頑張って下さいね」
新設されるロドニアの魔法学校の新任教師になる為には試験や面接を経て、魔法の実力と教師の適性を求められる。
当然、それらのハードルを乗り越えなくてはならない。
「おお、頑張るぞ! 私は永遠のチャレンジャーさ。人生は……これからなんだ」
はっきりした声で宣言するベルナール。
熟練の魔法使いから放たれる希望の魔力波は、若いジゼル達と同じような力強さに満ちていたのであった。
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