第848話 「安堵と納得」
『ルウ様、グレモリー様の事を何卒お頼み申します。私の望みはひとつ……ルシフェル様に代わって貴方が我が主を愛し包んで頂ければ……人として主は幸せになれる……それだけです』
ウヴァルは人間に転生したグレモリーの幸せを願っている。
ルシフェルへの報われない恋の結末も当然知っている。
そのような主の悲惨な未来をウヴァルが望まないのは当然だ。
だからルウへ、グレモリーの未来を託そうと頼んでいる。
ウヴァルの言葉を聞く、ルウの穏やかな表情は変わらない。
だが、グレモリーの、ルシフェルへの恋は純粋で一途なものだ。
忠実な従者とはいえ他人が安易に干渉して、諦めさせられるものではない。
ウヴァルの望む通りになるかは、運命のみが知るといえるだろう。
『お前の希望通りになるかは分からないが、約束する。俺は彼女を守ろう』
『ははは、今はルウ様、貴方のそのお気持ちだけで私は満足ですよ。では失礼致します』
別れの挨拶が為され、ウヴァルの『気配』が去って行く。
ルウへの感謝と幸せな未来への期待に満ちたりて。
ルウは小さく頷くと、本校舎に居る筈のフランへ念話で呼び掛けた。
丁度、ジゼル達と一緒に入学希望者学部説明会へ付き添いしている筈だ。
『フラン、今、話せるか?』
『あ、ああ! だ、旦那様!』
いきなり念話で話しかけられて吃驚したフランは、同時にルウの無事を知って安堵した波動を送って来た。
フランソワーズのただならぬ気配を敏感に感じ取っていたらしい。
『大丈夫! 俺は無事さ』
『よかった! ふたりの気配が大学構内から急に消えましたから……どうしたかと? もしや!』
『ああ、俺は今迄フランソワーズの創り出した異界に居た』
『異界!? で、では、やはり彼女は!?』
異界を創ったと聞いて、フランにはピンと来たらしい。
フランの知るフランソワーズはそこまでの魔法の遣い手ではないからだ。
『ああ、人間だが悪魔の力を持っている。だが呪われたとかそのような忌まわしい存在ではない。正体は人間に転生した悪魔だが、無害な女の子さ』
『な、成る程! いろいろと込み入っているようですね。でも旦那様が無害だと仰るのであれば安心しました……フランソワーズの天才ぶりの源はそういう事だったの』
ルウの簡単な説明を聞いてフランはすぐに納得したらしい。
日常生活で普段ルウの従士達と接していて悪魔の力は認識している。
ジゼルやナディアも認めた、フランソワーズの常人離れした魔法。
桁外れなその魔法が発動出来る真の理由が改めて分かったのだ。
ここでルウが問う。
『フラン、そちらの状況は?』
フランの話し振りだと、特に懸念される事はないようだが、ルウは他の妻達の様子も気になったのである。
『ええ、今フランソワーズが教室へ戻って来たわ。うふふ、分かる! 凄く活き活きしているわ! 旦那様のお陰?』
ルウとのやりとりでフランソワーズは鬱屈した気持ちが少しは晴れたらしい。
しかし今全てを説明するには時間が無さ過ぎる。
『ははっ、その話は帰宅してからゆっくりと話そう。アドリーヌやジゼル達は?』
『アドリーヌ先生も心配していたわ。違う意味で』
『違う意味?』
『ええ、また奥様候補の出現かって』
アドリーヌらしい心配である。
現在、ブランデル邸で過ごす彼女は未来への期待と不安に揺れているからだ。
『ははっ、とりあえずそれはない』
『とりあえず?』
ルウの言葉尻を捉えたフランがすかさず突っ込むが、ルウはスルーする。
『まあ、そんなところさ。ジゼル達は?』
『ええ、私同様心配していたけど、ナディアとラウラも含めて今は学部説明会に集中しているわ、現状で問題無しね』
『了解だ! ああ、誰か来る? この魔力波はベルナール先生か? 何か俺に話があるようだ』
フランに対して返事をしたルウであったが、自分を探す先輩教師の気配が近付いて来るのを察知したようだ。
『ベルナール先生? 何かしら?』
ベルナールが何故ルウを探すのか、フランにも心当たりはない。
『じゃあ、また連絡する。アドリーヌ達にも俺が無事だと伝えておいてくれ。どうせ父兄が学部説明会への途中入場は出来ないからな、任せるよ』
『了解です、ではまたね』
ルウはフランとの会話を終えると、近付いて来る気配に備えたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ルウ先生!」
ルウを呼ぶ声がする。
年配の男性の声である。
やはり声の主は……
「ベルナール先生、お疲れ様です」
魔法女子学園3年C組担任ベルナール・ビュラン。
今年の12月で退任する男性教師でルウの先輩である。
今回の魔法大学オープンキャンパスのアテンドも最後となる筈だ。
以前ルウはベルナールと食事をしながら話した事がある。
※第410話参照
「ああ、君を探したよ」
ベルナールは大学構内をくまなく回っていたらしい。
しかしルウが見つかるわけがない。
フランソワーズと共に彼女が創り出した異界に居たのだから。
ベルナールは安堵の表情を浮かべていた。
ルウは一礼して詫びる。
「申し訳ない、ベルナール先生。もう仕事は完了ですか?」
「ああ、我々魔法女子学園の教師は生徒への朝のアテンドだけが役割だ。父兄じゃないから付き添いまではしない」
「まあそうですね。魔法女子学園ならともかく大学のオープンキャンパスなら基本的には父兄も不要でしょう。年齢的には付き添いなしで各学部の説明を受けるのが望ましい」
「ははは、ジゼル君達は特殊ケースだな」
教師達にはルウが生徒の誰と結婚したかは徐々に知らされていた。
そうでないと何かとややこしくなり、誤解を受けやすいからだ。
「彼女達はとても幸せそうだ。いくら一夫多妻制が認められているとはいえ、校長も含めてあれだけ和気藹々となるには余程君が等しい愛情を注がなくてはいけない、大したものだ」
「いえ、俺は何もしていませんよ。……それより俺に何か用があるみたいですね」
「おお、そうなんだよ。実は君へ相談があるのさ……明日以降で時間を作ってくれればありがたい」
「そのご様子だと……相談というのは相当急いでいらっしゃるのでは?」
「……ああ、確かに急いではいる。まずは君と話したい案件なんだ」
ベルナールはルウの問いに大きく頷いた。
縋るような眼差しで見詰めて来る。
「で、あれば今からでは?」
「今から? しかし君はジゼル君たちの付き添いがあるのでは?」
「もう学部説明は始まっているし、フランシスカ先生達が付いているから大丈夫でしょう」
「そうだね。私もかつてここにひとりで来た。オープンキャンパスなどという洒落た名前じゃない。夏季説明会という名前だった。40年以上前、期待と不安を胸いっぱいにしてね」
ベルナールの目が遠くなる。
若かりし頃に思いを馳せているのであろう。
「じゃあ場所を変えましょう。ええっとカフェは多分混んでいるから……」
ルウが大学内カフェの索敵をすると多数の気配があった。
中にはオレリー達のものもある。
「そうだ! ルウ先生、どうだろう? まだお昼には早いが学生食堂は開いている筈だ」
「早めの昼飯ですか? 良いですよ」
時間はまだ午前10時30分にさしかかるところだ。
確かにランチには早い。
空いていれば、内々の話をゆっくりと出来るだろう。
ルウが承諾したので、ベルナールの表情は明るくなる。
「話は決まったな。ルウ先生、行こう」
「了解です」
こうして……
ルウとベルナールは魔法大学の学生食堂へ向かったのであった。
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