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第846話 「フランソワーズの思惑③」

「さすがね、ルウ……貴方は悪魔ウヴァルを……我が従者を全く問題にしなかった」


 フランソワーズは余裕たっぷりに微笑んでいる。

 まだまだ想定内といった表情だ。

 だがルウも素っ気無い。

 ウヴァルが真の実力を出し切っていない事を承知しているからである。


「俺も奴もお互い本気じゃないからな」


「やっぱり……従者ごときでは貴方の相手にはならないわね」


 フランソワーズは「ふう」と溜息を吐いた。

 ウヴァルには思惑があった。

 当然、フランソワーズも気付いているであろう。

 しかしそれはウヴァル個人の考えであり、ルウもフランソワーズも了解してはいない。


「…………」


「次は……私が相手よ」


 無言のルウへ宣戦布告を行ったフランソワーズ。

 しかしルウはゆっくりと首を振る。


「やめておけ……」


「うふふ……私みたいな、かよわい女とは戦えないなんていうつもり?」


「そんなつもりは毛頭無いが……転生した今のお前は人間の身体だ」


 ルウが今迄出会った時に人間の姿をした悪魔の殆どが姿形を擬態した、いわゆる人化した悪魔である。

 本来の悪魔が人の姿に変化したのだ。

 悪魔が持つ本来の能力は変わらない。


 しかしフランソワーズは何らかの理由で、悪魔であったグレモリーが人間へ転生した存在である。

 内なる魂は猛々しい悪魔のまま、外見の肉体は脆弱な人間というアンバランスさは否めないのだ。


 当然、フランソワーズもその点は自覚している。


「当たり前じゃない、それがどうかして?」


「悪魔の魂と人の肉体では到底バランスが取れない。魂の命じるがままに魔法を行使すれば身体が耐え切れないぞ」


「分かっているわよ、そんな事は! 貴方に言われなくとも……」


 悔しそうに唇を噛み締めるフランソワーズ。

 だがルウは更に追い討ちをかける。


「俺を何とか屈服させてルシフェルを冥界から助けようとしたのだろうが……残念だ、お前の望みは叶わない。俺にはそのような力はないし、ルシフェルは自ら望んで地の底へ堕ちたのだから」


「それも分かっているわよ!」


 ルウに全ての思惑を見抜かれていると知って、フランソワーズは口を尖らせ、足を踏み鳴らす。


「だけど私は! 私はあの方を再び輝かせてあげたい! 冥界の奥深くに幽閉されたあの方を解放し、明けの明星として天にひと際明るく輝く存在にしてあげたいのよ!」


 フランソワーズの魂の叫びともいえる言葉に、ルウはかける言葉が無い。

 全ての事情を承知しておきながら、ルシフェルを明けの明星として復活させる。


 フランソワーズ――いや、転生したグレモリーがこのように行動する原動力はルシフェルに対する一途な愛なのだ。


「…………」


 再び黙り込んだルウを見て、フランソワーズは皮肉っぽい笑みを浮かべる。


「それにしてもこんな恰好では失礼ね、貴方には!」


 フランソワーズはピシッと指を鳴らした。

 いきなり魔法が発動し、纏っていた濃紺のブリオーが消えてフランソワーズは一糸纏わぬ姿になった。


 ブリオーに隠されていたのは均整のとれた美しい裸身である。

 真っ白な異界の中でもひと際輝く、白磁のような肌であった。


 ルウの表情は変わらない。

 口から出たのはやはりフランソワーズに対する賞賛である。


「ルシフェルから渡された記憶通りだ……相変わらず美しいな」


「お褒め頂きありがとうってところかしらね……少しでも目の保養になったかしら」


 フランソワーズは再び指を鳴らす。

 一瞬にしてフランソワーズに新たな衣装が装着される。

 悪魔グレモリーの正装といって良い。

 金糸の縫い取りがある豪奢な黒い天鵞絨(ベルベット)、そして広いレースを纏ったのだ。


「せめて恰好だけでも昔の私にしたわ……ルシフェル様の記憶と思いを共有する貴方への礼儀ってところよ」


「ははっ、良く似合っているぞ」


 ルウが褒めるが、フランソワーズは当たり前というかのように胸を張る。


「当然よ! ルシフェル様にはずっとこの衣装の私をお褒め頂いていたわ」


「では俺もお前の気持ちに応えよう」


 今度はルウがピンと指を鳴らす。

 神速の呼吸法も併用したらしい。

 一気にルウの体内の魔力が高まって行く。


 魔力の高まりと同時に、ルウの背に何か大きな影が浮かび上がる。

 それはやがて光り輝き、純白の翼となると左右に大きく広がった。

 何とルウの背には巨大な天使の羽が出現していたのだ。

 1、2、3……12枚の羽が音もなくゆっくりと羽ばたかれた。


「ああ! ルシフェル様と同じ! 完全な翼ペルフェクトゥスアーラだわ!」


 完全な翼ペルフェクトゥスアーラ……

 数多居る使徒の中で、ルシフェルだけが持つ12枚の強大な純白の美しい羽、絶対防御の象徴である。


 うっとりと見とれるフランソワーズへ、ルウはきっぱりと言い放つ。


「今のお前は危い……ルシフェルへの気持ちを悪用されては彼も悲しむ」


「…………」


「俺から話したかったのはルシフェルの意思だ」


「え!? ル、ルシフェル様のい、意思!」


 フランソワーズは傍から見て、小さな子供のように動揺していた。

 ルシフェルの事となると、冷静さを失ってしまうようだ。


「お前がこの世界へ人間として転生したのは何か意味があっての事だ」


「…………」


「ルシフェルに対するお前の願いは叶えられないと俺は告げた。しかしお前は簡単には信じないだろう」


「当然よ! 今のままでいいわけがない! 今のままでは……ううううう」


 フランソワーズは感極まって泣き出してしまう。


「人の子の為に尽くしたあの方が、傲慢などと蔑まれ地の底へ堕とされたままなんて!」


 人間に創世神の叡智を与えた罪を問われ、ルシフェルは堕ちた。

 深き冥界の底へ。


「……ルシフェルが……彼が自ら望んでした事だ」


「ううううう……」


「フランソワーズ……いや、グレモリー。お前の気持ちをルシフェルはよく知っている。だから心配しているのだ」


「し、心配!? わ、私なんかの事を?」


 ルシフェルに対するフランソワーズの気持ちは崇拝に等しい恋愛感情だ。

 知ってか知らずか、ルシフェルの態度は素っ気無かったらしい。

 つまり片思いなのである。


 その気持ちを相手が知っている?

 フランソワーズは激しく動揺した。


「この世界にはお前の望みを叶えると偽りを語り、利用しようと近付く者が必ず出る……そうなればお前は不幸になる……ルシフェルはそう言っている」


「…………」


 ルウの言葉を聞いて、今度はフランソワーズが黙り込んだ。

 口を閉じたフランソワーズへ、ルウは話を続ける。


「だから俺はルシフェルから、使徒の責務のひとつとしてお前を託された、守るようにと」


「…………」


「ウヴァルもお前の恋が実らない事を知っている。だからウヴァルは俺を試したのだ、俺がお前に相応しい男かを……」


 ウヴァルの能力は女性の愛を獲得させる事だ。

 彼は主の幸せを願い、ルウを新たな恋の相手として結び付けようとしたのである。


「余計なお世話よ!」


 フランソワーズは不愉快そうに吐き捨てた。

 ルウの表情は先程からずっと変わらない。

 怒鳴られても挑発されても穏やかに微笑んでいる。

 今、フランソワーズに話す時も同じであった。


「そうだな、お前の言う通りだ。実らない恋だとしても俺はお前のルシフェルに対する気持ちを尊重したい。だから耐えろ。苦しいかもしれないが……人間としての生を全うするんだ」


 報われぬ恋を受け入れて、人として生きる。

 辛い人生になるのは間違い無い。


 しかし悪意を持つ者に利用されたら、愛しいあの人はもっと悲しむ。

 フランソワーズは考え抜いた末に覚悟を決めたようである。


「うふふ……人間への転生とは……不毛ね」


「ああ、そうだな。だから俺はお前を守ってやる! 同志としてな」


 ルウの言葉を聞いたフランソワーズは目を丸くする。


「同志って? 残念ながら恋人じゃないわね……敢えていえば親友って事?」


「そんなものだ」


「あはははは! 貴方ったら、女と男の間に友情を成立させようというのね」


 大きな声で笑ったフランソワーズは右手を差し出す。

 白くて細い華奢な手である。


 ルウも即座に右手を差し出して、フランソワーズの手をしっかりと握ったのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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