第845話 「フランソワーズの思惑②」
轟音が鳴り響く。
考えられない程、大量の砂が宙に舞い上がる。
辺りが錆び色に染まり、ルウからは宙に浮かんだウヴァルの姿が見えなくなった。
異界に立つルウの身体を、攻撃的な意思を持つ砂嵐がすっぽりと包んだのだ。
ウヴァルの魔力を含んだ特殊な砂が異界から呼び出され、ルウの身体を容赦なく痛めつけている。
「ははははは! 私の魔力が貴方を縛るのを感じますよ」
ふ!
してやったりと、ウヴァルは口角を僅かに上げる。
「やはりというか、私の事を完全に舐め切っていたのでしょう? あまりにも無防備でしたね!」
錆び色の熱い砂に包まれたルウの身体はみじろぎひとつしない。
全くと言っていいほど抵抗出来ない雰囲気である。
「いかに貴方でもこの魔力砂の威力には驚きましたか?」
ウヴァルの起こした砂嵐は身体の自由が一切奪われる魔法なのだ。
そして最後には敵に死をもたらす。
「砂漠の熱砂は体力を奪い、気力をも萎えさせる……絶望が襲い終いには魂を奪われるのです。残された肉体は朽ちて砂漠に同化する……後には何も残らない」
ウヴァルが得意げに笑った、その瞬間であった。
ぱあああああん!
いきなり異音が発生し、ルウの周囲の砂が弾け飛ぶ。
そして同時に砂嵐も消え、何事もなかったかのようにルウが立っていた。
術をあっさりと破られたウヴァルではあったが、動揺した様子はない。
逆に納得したように頷いたのである。
「ほう! さすがですね……それが絶対防御の証である完全な翼の威力なのですか」
ウヴァルの問い掛けに対してルウは微笑む。
「いや……翼を使うまでもない。悪いが、このように半端な砂嵐など、お前にとっても挨拶程度だろう?」
ルウの指摘に対して、ウヴァルも笑う。
やはり今の砂嵐は、完全発動した術ではなかったらしい。
ウヴァルは『手加減』していたのだ。
「ははは、やはり見抜いていましたか! ほんの小手調べですよ、貴方との戦いをすぐに終わらせるなど勿体無いですからな」
ぴしっ!
異界の上空からルウを見下ろしたまま、ウヴァルは指を鳴らす。
軽快な音が異界に響いた。
ルウは相変わらず平然としている。
穏やかな表情は変わらない。
「成る程……今度は召喚魔法か?」
「ええ、砂嵐の次は我が眷属達と遊んで頂けますか? 誰もに忌み嫌われる砂漠の魔獣とね」
ウヴァルの言葉が終わらない内に、ルウの目前に数十匹の蛇が現れた。
「ははっ、バジリスクか?」
「はい! 少しは遊べそうですかね」
バジリスク……
頭部に王冠のような白い紋章を持つ毒蛇である。
彼等の持つ毒は半端ではない。
普通の蛇が噛み付いた牙から敵へ毒を注入するのに対して、バジリスクの吐く息に猛毒が含まれているからだ。
毒の威力も比べものにならない。
バジリスクの吐く毒により草木は一瞬にして枯れ、岩さえも砕かれてしまうほどである。
槍を使って遠くから殺そうとした騎士でさえ、槍を伝った毒で死んだという信じられない話もあるくらいだ。
しゃああああっ!
バジリスク達は、ルウに向かって一斉に怖ろしい毒を吐く。
しかし大量に吐かれたバジリスクの毒を浴びてもルウは全く動じないし、様子に変化もない。
ルウの身体は何と!
バジリスクの毒全てを無効化してしまっているのだ。
ウヴァルは納得したように頷く。
「ほう! 貴方の身体には毒が一切効かないようですね」
「ああ……修行の間、爺ちゃんにはありとあらゆる毒について教えられた。更にはルシフェルにも教えられた、俺の身体は冥界の瘴気でさえ糧となると……だからバジリスクの毒など通用しない」
「成る程! ではこちらはどうですか?」
ぴしっ!
ウヴァルはまたもや指を鳴らす。
するとバジリスク達は一斉にルウへ視線を走らせた。
バジリスクが持つもうひとつの怖ろしい能力――石化である。
バジリスク達の瞳にルウの姿が映っていた。
通常であれば、ルウはたちまち石になっている筈である。
しかし玻璃のように光るルウの漆黒の瞳にもバジリスク達がはっきりと映り込んでいたのだ。
びししししっ!
乾いた音が鳴り響いた。
「おおおっ!?」
ウヴァルが驚いて声をあげた。
ルウの様子は変わらない。
様子が変わったのはバジリスク達であった。
全てが石と化していたのである。
「おお、反射の魔法ですか? それもこれだけ大量のバジリスク相手に……お見事です」
ウヴァルが感嘆の声を上げるが、ルウはそれに答えず言う。
「ウヴァル、お前の思惑は分かった」
「ほう! さすがですね」
「お前の主に対する思い、そしてお前の本来の役割、能力、そして俺に対する接し方……でな」
ウヴァルの本来の役割とは女性の愛情を召喚者に獲得させる事だ。
それも力や情欲ではない、純粋な愛を得て貰うのがウヴァルの考え方なのである。
そしてバルバトスやアモンのように人間関係を調和させる能力も有しているのだ。
「ははは、見抜かれていましたか……今の私の一番の願いはグレモリー様……我が主に幸せになって貰う事ですからな」
その時であった。
「ウヴァル!」
異界の空間が割れ、フランソワーズ――グレモリーが姿を現したのである。
ウヴァルは即座に地上へ降りると、その場に跪いた。
フランソワーズは鋭い視線でウヴァルを睨む。
「お前にはルウの力を試して、とだけ命じた筈よ。……お前の考えや判断など不要……」
主のフランソワーズもウヴァルの考えを見抜いたようであった。
そして従者の干渉を拒絶したのである。
ウヴァルはフランソワーズの忠実な従者であり、命令には絶対服従だ。
理不尽な命令にも逆らわない。
「はい、申し訳ありません」
「ふう、もう良いわ……下がりなさい。ルウの力はある程度分かったから、ご苦労様」
しかしフランソワーズもウヴァルの真意を見抜いたようであった。
素直に謝罪するウヴァルを慰労し、一転して慈愛の眼差しで見詰めたのである。
「主よ、労りのお言葉、ありがとうございます……ではルウ様、失礼致します」
ウヴァルはルウに一礼してから、煙のように消え失せた。
最後に発したルウへの呼び方には、深い畏敬の念が篭もっていたのであった。
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