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第841話 「魔法大学へようこそ①」

 8月15日朝……

 今日はヴァレンタイン王立魔法大学のオープンキャンパスが実施される。

 

 ブランデル家における来年度の大学入学希望者は魔法女子学園3年生のジゼル、ナディア、王国のはからいで特別編入が決定済みの元ロドニア王国王宮魔法使いのラウラであった。

 ルウとフラン、そしてアドリーヌが付き添いの父兄役としてジゼル達3人に同行している。

 しかし大学というものに興味津々であるルウの妻達は、新任の客員教授であるケヴィン・ドゥメールに頼み込んで了解を貰い、今回は特例扱いの一般見学者として来訪したのだ。


 一行の先頭を並んで歩く魔法大学OGのフランとアドリーヌは、昔の思い出を辿るように周囲を見回していた。


「懐かしいわね……卒業するまであっという間だったけれど」


「ええ、懐かしいです……学生時代は何かと楽しかったなぁ」


 4年半前にフランとアドリーヌは同学年で魔法大学へ入学した。

 だがフランは恐るべき才能を発揮し、通常は4年間の学期を僅か2年で単位を取って卒業してしまった。

 当時、フランの噂を聞いたアドリーヌは凄い天才がいるものだと、溜息を吐いたものだ。


 そんな雲の上の同期生と今は上司部下の関係になったばかりではなく、このようにとても親しく話している。

 アドリーヌがルウと初めて魔法女子学園で会った時。

 既にルウに対してベタ惚れしていたフランの嫉妬が原因で、わけも分からずにいきなり叱責されたのも、今となっては良い思い出であった。


 魔法大学の敷地は広大で、建物の規模も遥かに大きい。

 本校舎を始めとして、創世神礼拝所、図書館や研究室、祭儀室などを備えたいくつもの別棟、講堂を兼ねた屋内外の闘技場、学生食堂などの付属施設など仕様はヴァレンタイン魔法女子学園とは変わらないが、スケールが全然違うのである。


 目の前でごうごうと噴き上がる巨大な噴水と広大な緑のキャンパスにジゼルとナディアは圧倒されていた。


「おお、広い! 広いなぁ! そして校舎とキャンパスの規模も桁外れだ」


 ジゼルが塔のような10階建ての本校舎を指差すと、ナディアも感嘆して同意する。


「本当に広いね! 魔法女子学園の軽く倍以上はある」


 想像していたスケールを遥かに超える大学の規模。

 驚愕するジゼルとナディアのふたりを、ケヴィンは不思議そうに見る。


「そうかい? 大学は皆、こんなものさ。僕の居たバートランド大学はもっと広いよ」


 そしてラウラは……


「う~ん、凄いですね! 私の通っていた小さな学校とは大違いですよ」


 普段は冷静なラウラが目を丸くしているので、ルウがフォローする。


「でもラウラがロドニアで通っていた学校と、学ぶという意味で本質的には変わらないぞ」


「えええっ? でも私が通っていたロフスキの学校って個人経営の私塾みたいなものでしたので……圧倒されてしまいます」


 ぽんっ!

 いきなりラウラの頭にルウの手が置かれた。


「あうううん」


 ルウの手は大きくて温かくて気持ち良い!

 思わず甘い声を出してしまったラウラ。

 ハッと我に返ると思わず左右を見渡した。


 しかし仲の良いカップルがふざけあっていると見たのか、注視する者などは居なかった。

 リーリャを含む何人かの妻達が羨ましそうに笑っているだけだ。


「もう! 旦那様ったら! 困りますよ」


 恥ずかしさのあまり、頬を赤く染め抗議するラウラ。

 だが恥ずかしさ半分、嬉しさ半分といったところで、本気で怒っているわけではない。

 ラウラの顔を見て、ルウは穏やかに微笑むだけだ。


「ははっ、その分なら堂々と振舞えそうだな」


「え? そういえば……」


 ラウラは不思議であった。

 先程までの頭を押さえつけるようなプレッシャーが全く無くなっていたのである。

 ルウがラウラがベストな状態で大学のオープンキャンパスへ臨めるように魔法をかけてくれたのだ。

 夫の心遣いに気付いたラウラは再びルウを見る。


 いつも見る愛する夫の笑顔であった。


「ありがとう! 旦那様」


 心の底から嬉しくなったラウラも満面の笑みで応えたのである。


 一方、ルウの他の妻達は浮き浮きした表情をしていた。

 自由闊達な校風を敏感に感じたらしい。

 確かに大学の雰囲気というのは解放感に満ち溢れている。

 学生の経験が全くないアリスなど尚更である。


 いつもと変わらず冷静なのは、モーラルと冒険者ギルドマスターの忙しいスケジュールをやりくりして来訪したミンミくらいであった。


 来年度のオープンキャンパスに臨むオレリーとジョゼフィーヌ、リーリャは大学受験の下調べをしながらも期待感に喜びを隠さない。

 

「ジョゼ、リーリャ! す、凄いですね! 見るのと聞くのとでは大違いです」


 オレリーが感嘆して大きな声をあげると、ジョゼフィーヌも同意する。


「た、確かに凄いですわ! 入学すればここで自分の好きな魔法を思う存分学べるのですね!」


「そ、そうですよ! わくわくします」


 リーリャも大きく頷いていた。


 魔法大学は基本の魔法総論を履修さえすれば、後はいくらでも好きな科目を選択出来る。

 科目の内容は魔法女子学園と変わらないが、統合されたり、特化したり、細分化されたりしていた。

 また変わらないものも当然あった。


 例えば魔法攻撃術と魔法防御術は統合されて魔法戦闘学。

 治癒魔法は必要性から特化されて回復魔法学。

 魔道具研究は細分化されて、上級魔法鑑定学、魔道具概論と付呪研究論のように分かれていた。

 かといえば、上級召喚術のように名称が変わらないものもあったのだ。


 ジョゼフィーヌが問う。


「オレリー、リーリャ、今日はマノンさん達も来るでしょうか」


「ええ! 必ず来るわ」


「わぁお! あの気合の入り方なら絶対に来ますよ」


 オレリー達と、マノン、ポレット、ステファニーの3人とは和解したとはいえ、ライバル関係は変わらない。

 マノン達が何かにつけて対抗してくるのが、今はオレリー達にとっては逆に励みとなっている。

 張り合うのはオレリー達に対する羨望である事も充分認識していた。

 既にルウの妻であるオレリー達を羨みながら、絶対に負けないという気持ちをぶつけて来るのだ。


 マノンはオレリー達に声を高らかに宣言していた。


「オレリーさん、大学ではどちらが首席合格して最優秀特待生になるか、勝負ですわ!」


 魔法大学においても魔法女子学園同様特待生制度を設けている。

 いくつかの枠があるが、中でも最優秀者には学費オール免除と返済不要な奨学金まで支給されるという特典付きだ。

 マノンは経済的な特典はともかく名誉を得て、オレリーに勝ちたいのである。 

 ここにポレットやステファニーも加わり、首席合格者レースはスタートしたのだ。


 勿論、ジョゼフィーヌやリーリャも特待生レースの参戦を宣言している。

 全員が刺激し合って、今ややる気満々なのだ。


 ケヴィンがルウ達へ声を掛ける。

 何か用事があるようだ。


「えっと! 良いかな? 俺、学長と打ち合せがあるのでここで一旦失礼するよ。また後でね!」


 笑顔のケヴィンが手を振って去って行く。


「あ、あの……ありがとう!」


 フランが大きな声で礼を言う。

 ケヴィンが大学に掛け合ってくれたので、妻達全員が大学の敷地へ入る事が出来たのである。


「お安い御用さ、フランちゃん」


「ありがとう! ケヴィン兄様!」


 フランが子供の頃に呼んでくれた愛称を聞いたケヴィンは心の底から嬉しそうに笑う。

 兄貴分としてケヴィンを慕っていたフランは、再び可愛い『妹』になってくれたのである。


 本校舎へ向かうケヴィンの足取りは、とても軽やかであったのだ。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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