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第838話 「押しかけた客①」

 魔法女子学園のオープンキャンパスが終了し、ブレヴァル枢機卿と孫娘ふたりを見送ったルウの下へケルトゥリが近付いて来た。

 ずっと悩んでいた難問が解決してホッとしたような、それでいて少し疲れたような表情をしている。


「ありがとう! ひとまず御礼を言っておくわ」


「いや、俺、大した事はしていないぞ」


「何、言ってるの。ブレヴァル家の3人揃って貴方の熱狂的な信者になってしまったじゃない」


 今回のオープンキャンパスの命題であったケルトゥリのリクエスト、『ブレヴァル家』対策はバッチリ成功したという意味であろう。

 ルウは苦笑したが、何かを思い出したらしく「ぽん」と手を叩く。


「確かケリーは3年A組の担任だったよな」


「そうよ!」


「じゃあジゼルやナディアが卒業したら来年は?」


「まあこのまま教師をやめないで、順当なら1年A組の担任になるでしょうね。…って、あああ……」


 ルウの言いたい事が漸く分かったのだろう。

 ケルトゥリは思わず頭を抱えた。


「私……あの子の……担任か……はぁ……」


 絞り出すような声で呟いた後、ケルトゥリは大きな溜息を吐く。

 あの子というのは当然アニエスである。

 どうやら来年の光景がはっきりと浮かんでいるようだ。


 ルウが沈痛な表情のケルトゥリを労る。


「ちらっと聞いたけど、昨夜は大変だったみたいだな」


「ええ……あの姉妹ふたりの大きな声が、ひと晩中聞こえていて慌てて見回りに行くと、妹はすぐに寝たふり……というか本当に寝ているの。あの子って、すぐにどこででも寝られるみたい、突っ込みようがなかったわ」


 ステファニーが眠れなかったと、愚痴っていたのはやはり本当だったらしい。


「さすがに女子寮の中だと俺もフォロー出来ないからな」


 ルウが「力及ばず」という表情をするとケルトゥリは左右に手をひらひら振った。


「いいわよ、そこまでは……あんたはあの爺さんのお守りで大変だったでしょうから、さすがにそこまでは求めない」


「ははっ、そうか」


「……どうせ、明日会うでしょ」


 明日8月15日はヴァレンタイン魔法大学のオープンキャンパスだ。

 魔法女子学園の3年生も多数が訪れる。

 本来は父兄同伴のイベントだが、魔法女子学園は寮生の父兄代理として、付き添いで教師が赴く事が多い。

 明日もケルトゥリは3年A組の担任として生徒同伴の仕事を命じられていた。


「今日の御礼は改めてするわね」


「ん? 何だ、御礼って? 恩に着てくれるのか?」


「当たり前でしょ! さすがこの高難度ならあんたに貸し借りなしなんていえないわ。最高の働きをしてくれたからね……本当に助かったわ」 


 いつもは皮肉っぽい表情のケルトゥリが純な少女のように笑う。

 ルウは素直に可愛いと思う。


「おお、ケリーに誉められるなんて光栄だな」


「ふふ、おだてたって何も出ないわよ、今ここでは、ね……じゃあ、疲れたから帰るわ」


「馬車で送ろうか?」


「要らないわよ……乗ったらどうせ、フランと一緒でしょ。あの子も相当疲れたみたいだから夫婦水入らずでいたわってあげなよ、大事な奥様なんだから」


 何と、ケルトゥリからフランを労る言葉が出るとは……

 ルウと出会って鉄仮面のような無機質な女から優しく強く美しい女に変貌したフラン。


 ケルトゥリはずっとフランを気嫌いしていたのだ。

 親のコネだけでちゃっかり教職に就いた女として……


 しかしケルトゥリは完全にフランを見直した。

 そんなフランへの尊敬と愛情の魔力波オーラがケルトゥリからは出ている。


 ルウはとても嬉しくなった。

 そしてケルトゥリから「寂しい」という波動が出ているのも気になった。


「ケリー……」


「じゃね~」


 ケルトゥリは手をひらひら振って去って行く。

 今のケルトゥリは自分の気持ちなりに生きて行こうと決めたに違いない。

 

『旦那様ぁ』


 ルウの魂に呼びかけるフランの念話が響く。

 振向くと少し離れた所にフランとアドリーヌが立っていた。

 手を振っている。

 どうやらルウがケルトゥリと話し終わるまで待っていたようだ。


「ああ、フラン、アドリーヌお疲れ様!」


「そちらこそお疲れさま! 見ていたわよ、枢機卿……とてもご機嫌だったじゃない」


「す、凄いです! ルウ先生!」


「まあな……後で話すよ」


「ルネ先生とカサンドラ先生も先に帰ったわ。私達も早く帰って休みましょう。ほらモーラルちゃんが迎えに来ているわ」


 フランが視線を向けた正門前には見覚えのある黒い馬車が停まっていた。

 御者台ではシルバープラチナ髪の小柄な少女が手を振っている。

 モーラルがルウとフランを迎えに来たのだ。


『旦那様、お話しがあります』


 今度はモーラルの念話が響く。

 ルウは軽く手を挙げて応えたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 馬車に乗り込むと、仕事の疲れが溜まっていたフランとアドリーヌはすぐに寝入ってしまった。

 モーラルが馬に合図をして馬車はすぐに走り出す。


 御者台のモーラルから念話が送られて来る。


『旦那様、お疲れ様です。念話を繋いで頂いていたので……私も、旦那様と枢機卿の会話は共有出来ました』


『ああ、ブレヴァル枢機卿は異端の研究者だ。いずれそれにつけ込むような政敵が居ないとも限らない。気を配っておこう』


『了解です。ところで旦那様、ご報告が……今朝、来客がありました』


『来客? ミンミの所にじゃないか?』


 ルウは冒険者ギルド総マスターのクライヴ・バルバーニーの顔を思い浮かべた。

 先日、彼から鳩便で手紙が届き、ルウと新しく王都セントヘレナのギルドマスターに就任したミンミ・ブランデルを訪ねるという報せがあったのだ。


 ミラテゲール商会と組んで、ブシェ商会を陥れようと冒険者ギルドは加担し、悪事の片棒を担ぐ形となった。

 ※第731話~第755話参照

 冒険者ギルドの不始末を詫びる為にクライヴはルウに執り成しを求めて来た。

 相手は宰相フィリップであり、勿論、エドモンの意向が大きい。

 基本王家は民間の商会のトラブルには不介入だが、これは口実であった。


 クライヴから報告と詫びを入れる事で冒険者ギルドに対するフィリップの心証を良くする事、そしてルウを挟む事で王家やブランデル家との絆を深めようとするエドモン一流の深謀遠慮だ。


 当然ながら総マスターとして冒険者ギルド王都支部の視察も行う。

 トラブルのあった王都支部を引き締め、新任のマスターであるミンミのフォローをする目的も兼ねての来訪であった。


『知っているよ、クライヴが来たのだろう?』


『ええ、それは私も存じておりますが、あともうひとり、いらっしゃいました』


『もうひとり?』


『はい! ケヴィン・ドゥメール様……です』


『ケヴィン様? 少し前からアデライド母さんの所に泊まっていると聞いてはいるが、ふ~ん、何だろう?』


 ケヴィンはエドモンの三男でバートランド大学の教授という肩書きを持っている。

 確か副学長だった筈だ。

 考古学者としてルウの知識にほれ込み、無謀な引抜きをしようとしてフランとひと悶着起こした事がある。

 ※第395話参照

 確か王都へ来てアデライドの屋敷へ泊まっていた筈だ。


 バートランド大学への引き抜きは反対するフランの凄まじい剣幕で断念したと思うが……

 そう考えるとルウにも今の所、心当たりはなかった。


『はい! 旦那様がご帰宅されてからお話しするとの一点張りで……魂を見ても良かったのですが邪念を感じませんでしたので』


『まあ、いいや……帰宅して彼と話せば良い』


『旦那様、またお忙しくなってしまいますね……』


『ああ、何か頼み事だろうから……』


 ルウは微笑むと、もたれかかるフランの美しい髪をそっと愛撫したのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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