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第836話 「枢機卿問答②」

 ルウと枢機卿アンドレ・ブレヴァルは外部に漏れないよう万全を期して、魂と魂の会話である念話でやりとりを始める。

 但しルウが一方的に喋ると宣言していた。


『人の子、すなわち人間とは……創世神が自らの姿に似せて造られた者といわれている』


『そうだ! その通りだ』


 アンドレは思わず納得して頷くが、ルウが穏やかな表情のまま首を振る。

 念話で話すのなら他人に聞かれる心配はまず無い。

 しかしルールを徹底するのはアンドレに対して念を押す意味があった。

 いくらふたりきりで話しているとはいえ、アンドレはルウの言葉に対してまともに肯定してはいけないのだ。


『申し訳ないが、所詮俺の独り言。貴方にとっては常識であったり異論があったりしても聞き流してくれ。それに返事も不要だ』


『ああっ! わ、わ、分かった!』


 ルウの言葉を聞いてハッとするアンドレ。

 事前に釘を刺された事などすぐに忘れていたのだ。


 アンドレが慌てて頷いたのを見て、微笑んだルウは話を続けた。


『……一体、創世神とは何者なのか? それは誰にも分からない。敢えて言うのなら全ての始まりでもあり、同時に終わりでもある。いわば時間を支配する存在であるからだ。


 創世神は広大な宇宙そのものだという者も居る。

 人々の頭上に無限の広がりを見せる大宇宙は未知の世界だ。

 いわば宇宙とは無限の象徴であり、絶対的存在な創世神のイメージに重なるから。


 その創世神だが、4つの世界を創造したと言われている。

 最初に創ったのは自らが存在する最上位の世界である原形界オーラム・アツィルトだ。

 ここで創世神はある考えの下、自らの姿に似せて人間を造った。

 完全完璧な理想の超人間といわれるアダムだ。


 次に創世神が創った世界は創造界オーラム・ブリアーだ。

 ここへ創世神はアダムを送った。

 アダムを送った理由は、はっきりとはしないが、創造界へ送られたアダムには人格が生じ、己自身という自我が生まれた。

 しかし自我が生まれたアダムは完全な人間ではなくなった。


 同時に不完全なアダムを守護する為に偉大なる存在と呼ばれる天の御使いも創り、配した。


 続いて創った三つ目の世界が形成界オーラム・イエツィラー、いわゆる楽園エデンと呼ばれる場所だ。

 争いのない平和に満ちた地、寒暖の差がなく、あらゆる果実が実るという伝説の地さ。

 創世神はこの楽園に配した人間に対して男女の個性を与え、住まわした。

 人間を守る為に実務を司る天の御使い達も同時に配されたのだ』


『…………』


 アンドレは目を閉じて聞いている。

 今のところは特に問題はない。

 ルウの話は創世神教会を含めてあらゆる場所で、もう何度も話し聞いた内容だから。


『創世神教会の教義ではこの楽園に怖ろしい悪魔が現れ、人間に対して盗んだ神の智恵を授け、人間は原罪を背負ったとある。

 原罪を背負った人間とは罪深き存在であり、その罪を懺悔しなくてはならない。

 また原因を作った悪魔とは憎むべき存在なのだと。


 ……しかし違う考えもある、それがすなわち異端だ』


 ごくり!

 

 アンドレの喉が鳴った。

 ルウの話が核心に近付いたと感じたからである。


『楽園に住まう人間は平和で穏やかに暮らしていた。純粋無垢であり、無知であるが故に人を疑う事を知らない。しかしある時にひとりの大いなる御使いが疑問を持った。


 人間がこのまま無知で本当に良いのか……と。

 全知全能の創世神に似せて創られた人間には無限に近い可能性がある。

 今のままでは可能性が潰れてしまう。


 そもそも創世神が人間を造った真意とはいかに……

 創世神の右側に座っていたという偉大なる御使いは美しい12枚の羽を揺らしながら思考したのだ。


 熟考の上で答えは出された。

 御使いは創世神へ上申したのだ。


 人間には大いなる可能性がある。

 彼等に智恵を授けるべきだと。


 人間への思いを熱く語った御使いは必ず自分の意見が受け入れられると信じていた。

 何故か?

 それは一番身近に居る自分が最も創世神を理解していると考えていたからだ。


 しかし!

 御使いの予想は見事に外れた。


 創世神はにべもなく御使いの上申を却下したのだ。

 それだけではない。

 邪な考えを持つ異端の徒として傲慢のレッテルを張り、御使いの長である彼の職を解いたのだ。


 職を解かれた御使いは自分の意思をもう一度説明しようとした。

 酷い誤解であると!

 人の子を創造した創世神の意思を確かめようとしただけだと。

 しかし創世神は彼の代わりに任命した御使いの長へ、追討の命令を出したのだ。


 12枚の羽を持つ偉大なる御使いは、他の御使い達から信望が厚く、大きな敬意を持たれていた。

 彼の考え方に賛同した数多の御使い達が擁護したが、結局創世神の意思は変わらなかった。

 

 それどころか、最終的には御使いに賛同した者全てを逆賊として、追放の処分が下されたのだ』


『…………』


『創世神教会の教えはこうだ。愚かにも創世神に成り代ろうとした悪の御使いの象徴である12枚の羽を切り裂く為、新たな御使いの長には創世神から聖なる抜き身の剣(ヘレヴシェルファ)が与えられた。その剣で邪悪な羽を切り裂き、悪の御使いを倒して地の底へ堕としたと』


『…………』


『……しかし真実は違う。12枚の羽を持つ御使いは新たな御使いの長とは戦わず、相手に後を託すと敢えて自らを地の底へ堕とした。すなわち彼は人間の為に自らを犠牲にしたのだ』


『ふうううううう~……』


 アンドレは溜めていた息を吐き出した。

 緊張感が徐々にほぐれて行く。


『その時には既に御使い達の捨て身の行動により、人間へは神の智恵、すなわち叡智の一部が与えられていた。


 創世神は智恵を得た人間を楽園には置いておけないと判断した。

 即座に四つ目の世界、今我々が存在する物質界オーラム・アッシャーを創造し、人間を追放した。

 物質界に付随するおびただしい異界もその時に誕生した。

 12枚の羽を持つ御使いも自らその異界のひとつへ堕ちて行ったのだ。

 その時同時に人間へ智恵を与える事に賛同した御使い者達も、その多くが姿を変えられて物質界や異界へ堕とされた。


 俺達が異端の神と呼ぶ者や精霊、妖精の殆どはかつての彼等なのだ』


『…………』


『今、俺が話したのは創世神教会の教えとは真逆さ。12枚の羽を持つ御使いや彼に賛同した御使い達は人間を罪にいざなう怖ろしい悪魔として伝えられているからな』


『…………』


『しかしそのような教えを鵜呑みにせず、密かに調べ、研究し学ぶ者達が居るという。彼等もまた異端の徒と呼ばれる。だが俺は異端と呼ばれる彼等こそ12枚の羽を持つ御使いの意思を受け継いだ、革新性を備えた素晴らしい者達だと思う』


『興味深い話だ』


『…………』


 アンドレの言葉に、ルウは返事をしなかった。

 次の言葉を待って言葉を返そうと考えているのだろう。


『だが表立ってそのような研究をするなど命を軽視するという以外のなにものでもない』


 異端な考えを持ち、禁忌とされる悪の御使いの意思を確かめようとする者には厳しい処罰を……

 それが創世神から啓示を受けたといわれる創世神教会の教えなのだ。


 ルウはアンドレの言葉に頷く。


『確かに……連座制で本人のみならず家族や一族もすべて罰せられると聞いている』


 ここで意外な言葉がアンドレから出た。


『しかし……真実はひとつだ。隠された真実を探求し、知る事が人間を成長させる。太古よりそのようにして人間は発展し成長して来たのだから、な』


 真実は……ひとつ。

 アンドレの言い様は遠回しな表現だが、ルウの話を肯定したと言えるだろう。


『そうかもしれません』


 ルウも大きく頷き、力強く言い放つ。


『俺はある理由で真実を知った、ただそれだけです。それよりも大事な事は人間に無限の可能性があるなら、自分がどこまで行けるのか? 限界があれば突破出来るのか? 邁進しなくてはならない、そちらの方が大事です』


 さらりというルウの考え方……

 それはアンドレの考え方、すなわち生き方でもあったのである。

 アンドレは思わず顔を綻ばせた。


『成る程!』


『俺はその御使いに感謝していますよ。人間の大いなる可能性を開いてくれた、禁忌の存在といわれる彼にね』


 ルウは晴れやかな表情をすると、深い地の底へ縛られた存在である使徒へ礼を言ったのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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