第833話 「妹の野望」
学園ツアー先行組のミニ授業が終了した。
ルウ達の回を受付した入学希望者が待つ前で、出入り口からどっと人の波が吐き出される。
人波は二手に分かれて行く。
今迄と同じである。
残る者と去る者だ……
残る者は己を信じる。
いつの日か王国中に名を知られる、偉大な魔法使いになる事を。
だが去る者は……
己の天分を信じてオープンキャンパスに来たものの、厳しい現実を目の当たりにして魔法使いへの道を諦めたのだ。
これからミニ授業を受講する入学希望者の大半は、帰途につく『元』入学希望者達を不安げに見送る。
先行組最後の者が出てしまうと、リリアーヌの声が響き渡った。
「では受付を済ませた方から入場をお願い致します。準備が出来次第、ミニ授業を開始させて頂きます」
続いて案内をするのはベテラン男性教師のベルナールだ。
「入学希望者の方はフィールドで受講となります。父兄の方は観客席でご覧下さい」
ふたりの声に押されるように、入学希望者と父兄達は動き始めた。
まるで運命を決める第一歩を踏み出すように、ゆっくりと、おずおずと……
しかし!
その中でぴしっと背筋を伸ばしてすっすと歩く少女がひとり。
いわずと知れたアニエス・ブレヴァルである。
前方を真っ直ぐに見据え、堂々と胸を張って会場に入るアニエス。
学園入学への固い意思がはっきりと表れ、やる気と自信が漲っている。
ルウの研究室を出てから、アニエスは素早く計算をしていた。
2年生の上期終了時で攻防どちらかの魔法、そして召喚魔法の実技をこなせば、一人前の魔法使いになれる目処が立つと。
アニエスには1年生時に学園で習得する生活魔法など眼中にない。
既に万全といえるレベルで習得済みだからだ。
これで1年生において学ぶ時間を2年生で学ぶ内容の習得に充てられる。
よっし!
順調に行けば、お姉様なんて楽勝で追い越しちゃう!
アニエスがふと気配を感じて横を見れば、当の姉が居た。
「うふふ」
ぞくり……
歩きながら、こちらへ投げキッスをするアニエスにステファニーはぞっとする。
どう考えても悪い予感しかしない。
「はあぁぁ……」
ステファニーは思わず天を仰いだのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
約40分後……
時間は午後12時を少し回り、アニエス達が受講したミニ授業が終わった。
会場から出て来たアニエスは益々、鼻息が荒くなっている。
理由は単純明快だ。
ルウの授業が面白くてたまらなかったのだ。
授業を受けたアニエスは入学希望者の中でも断然、目立っていた。
大体、座席は後ろの方から埋まって行く傾向がある。
しかしアニエスは一番前の真ん中に「どかんっ」と座り、ルウが立つ教壇を射るような視線で見詰めていたのだ。
ルウの授業が始まった時……
斬新で素晴らしい内容を期待したアニエスは当初、酷く落胆した。
ルウは魔法攻撃術と上級召喚術の優れた指導教官だと姉から聞いていたから、どれほど凄い魔法の話が聞けるのかと期待したのである。
だがルウが口を開いて切り出したのは、基礎中の基礎、呼吸法とそれに伴う精神の集中の話であった。
瞬きする間にアニエスの魔法観を180度引っくり返したといって良いルウのいう事だ。
アニエスは我慢して暫くの間、聞いてみた。
すると魔法女子学園の教科書に載っていないのは勿論、今迄にアニエスが聞いたこともない話が続々出てくるではないか。
お、面白いっ!
面白くてたまらない~っ!
気がつけば身を乗り出し、目をキラキラさせてルウを質問攻めにしていたのである。
度々授業の進行を滞らせるアニエス。
終いにはルウから注意されてぺろっと舌を出す始末。
やはり……悪い予感は当たってしまったと、ステファニーはまた大きな溜息を吐いたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルウ達教師三人と、マノン、ステファニーの生徒ふたりに引率され、入学希望者と付き添いの父兄達は学園内の施設見学を行い、学生食堂での試食会で昼食を摂った。
アニエスは相変わらずルウに甘えて纏わりつき、離れる事はなかった。
それどころか、昼食の際には祖父アンドレをステファニーに押し付け、トレイを運んだり、お茶を淹れたりしてかいがいしくルウに尽くしたのである。
こうなると面白くないのはマノンとステファニーだ。
特にマノンの怒りは半端ではない。
担当が決まってからこの日が来るまで、ルウと話す事をとても楽しみにしていたのだ。
何せ指折り数えて待っていたくらいなのだから。
「い、痛いっ」
「どうしたね、ステファニー」
痛みを訴えるステファニーを心配してアンドレが声を掛ける。
しかしステファニーは慌てて首を振った。
「い、いえ! ななな、何でもありません」
しかし痛みの理由ははっきりしていた。
テーブルの下で、マノンがステファニーの足を蹴ったのだ。
なおも心配そうなアンドレに対して、マノンが微笑む。
「そうです! ステファニーさんの仰る通り全然大丈夫ですわ、枢機卿様」
「おお、マノン殿」
「はい、もしもステファニーさんが痛みを感じているのなら、それは自分の至らなさですわ」
「むう、それはどういう事かな?」
「うふふ、まあ私の独り言だと思ってくださいませ……ねぇ、ステファニーさん」
「は、はい……」
ステファニーへ同意を求めにっこり笑うマノンは、よく見ると目がまったく笑っていない。
先程からずっと憤怒状態なのだ。
ううう……
やっぱり悪い予感が当たりまくりだわ……
ステファニーは恨めしげにアニエスを見る。
視線の先には「あ~ん」と、ルウの口を開けるように促すアニエスの姿があったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「だ~いまんぞくぅ!」
最後の見学スポットである学生寮を見終わったアニエスは思い切り拳を突き上げた。
アンドレは苦笑しているが、ふたりの孫はしっかりと仲直りし、その上魔法に対する向学心に燃えている。
アニエスも今日の趣旨である魔法女子学園への入学にとても前向きだ。
祖父としては文句なく万々歳の結果である。
一方、ステファニーは違う意味でホッとしている。
漸くイベントが終了したのだ。
アニエスはまもなく帰宅してくれるであろう。
しかし!
「お姉様!」
「な、何!?」
「ご相談があります!」
「そ、相談!?」
ステファニーはドキッとする。
またもや悪い予感しかしない。
「はい! 私、もっともっと学園を知りたいと思います。つきましてはルウ先生のお考えになった学生寮お泊まりの企画にぜひとも参加したいのです」
「ええ~っ」
「ええ~っ、じゃあないですわ。ぜひご尽力して下さいませ」
一瞬吃驚したステファニーであったが、気を取り直して考える。
そうだ!
この企画は事前申し込みの予約制じゃない。
もうとっくに締め切っているから、いくらアニエスでも参加出来るわけないわっ!
ステファニーがそう考えた時……
「うふふ、安心して下さい、お姉様。今日は途中で帰られた方が大勢いらっしゃいますから、絶対にキャンセルが出た筈です。早速確かめて頂けますか?」
傍らに居たマノンがステファニーの脇腹をつつく。
満枠だと偽れ! というのであろう。
しかしステファニーは嘘をつけば余計に状況が悪くなる予感がした。
果たして……キャンセルは出ていた。
何というアニエスの運の強さであろうか。
悪運と言っても良い。
ここでステファニーは最後の抵抗を試みる。
「で、でも……アニエス!」
「なあに、お姉様」
「た、確かこの企画は付き添いが必要な筈! が、学生寮は女子寮だからお祖父様は無理だし、お母様もいきなりお願いしたら、ご、ご迷惑になるわ」
言い切ったステファニーは「ふう」と息を吐いた。
ようし!
これでアニエスも諦めてくれるだろう!
しかし、ここでもアニエスの方が上手であった。
「馬鹿ねぇ、お姉様。お祖父様がお泊り出来ないなんて当たり前じゃないですか」
「は!?」
「さあ、早く用意してくださいな。今夜はお姉様に付き添いとなって頂き、学生寮に一緒に泊まって頂きますから」
「ははは、はい~っ!?」
大きく目と口を見開き、呆然とするステファニー。
悪戯っぽく笑ったアニエスは謙虚な妹キャラをアピールするかの如く、深々と頭を下げたのであった。
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