第832話 「魔法女子学園オープンキャンパス⑩」
修正:学園内ツアーの担当者マノンとエステルを入れ替えました。
ここはヴァレンタイン魔法女子学園の研究棟……
ひとりの少女が全速力で走っていた。
どこの学校でも廊下を走るのは禁止!
校則で決まっている。
普段のステファニーであれば校則を破るなどありえない。
しかし今のステファニーは、形振り構っていられないのだ。
ルウに呼ばれて研究室の扉を開けてから、目の当たりにしたいきなりの展開。
思わず呆然としていたが、漸く状況が飲み込めたからである。
「このままでは、まずいわ! すご~く、まずい!」
先程から独り言が止まらない。
「計算違いよ! 考えていた私の目論見が崩れる! 崩れてしまう~」
慌てたステファニーが追っているのは……
一方、こちらは屋外闘技場入り口……
現在は午前11時10分……10時30分開始の先行組のミニ授業体験が行われている最中だ。
授業はまもなく終了するので、もう次回11時30分開始の回に参加希望の入学希望者と父兄達が受付を行っていた。
リリアーヌ、ベルナール両教師とサポート担当の生徒であるマノンが対応している。
そこへ現れたのがルウとアニエスであった。
ふたりが現れた事を最初に気付いたのがマノンである。
「あら? ルウ先生……お疲れ様ですわって……その子はどなた?」
「おお、この子はな……」
ルウが紹介しようとした声を遮って、アニエスが大きな声で言い放つ。
「はい! 私、アニエスと申します。アニエス・ブレヴァルです、ヴァレンタイン魔法女子学園の来年度の入学希望者ですよ」
「ア、アニエス・ブレヴァルさんって、成る程、貴女が!」
マノンは納得して頷いた。
先日の委員長会で『ステファニーの妹』の話題があがってから、マノンは記憶の糸を手繰っていたのである。
アニエスを数年前、王家主催の晩餐会で見かけた事があるのだ。
確かお互いに挨拶くらいはした筈である。
だが王家主催の晩餐会ともなると大勢の人間が一度に挨拶を交わす。
会った相手の顔、全員を覚える事など到底不可能なのだ。
今日、枢機卿と共にオープンキャンパスに来ると聞いたマノンは改めてどのような子か、チェックしようと手ぐすね引いていたのである。
そんなマノンの意図を知ってか知らずか……
アニエスは可愛らしく首を傾げた。
「ええっと、以前にお会いした事……ありますよね。確か……」
「マノンです、マノン・カルリエ。テランス・カルリエの娘ですわ」
「ああ、カルリエ伯爵様の!」
アニエスも思い出したようである。
ぐいっと拳を突き出す仕草が可愛い。
しかし今のマノンには、そのような事はどうでも良かった。
「ええっと……改めてお聞きしたい事がありますわ」
マノンの身体が震えている。
はっきりと怒りの表情が現れていた。
だがアニエスは飄々とした態度を変えない。
「改めて私に聞きたい事? 何でしょうか?」
「何でしょうか? じゃあありませんわ。その手は一体何ですの! 何故入学希望者の貴女がルウ先生と手を繋いでいるのですか?」
マノンが指差した先にはルウの手をしっかり握るアニエスの可愛い手があった。
アニエスは「あ?」という表情でルウと自分の手を見る。
初めて気がついたという反応であった。
「あら? そういえば! さあてどうしてでしょうかねぇ」
悪戯っぽく笑うアニエスに、マノンはぎりぎりと歯噛みした。
この子ったら性格悪い!
目上に対する敬いなど全くない。
ステファニーさんが暗黒面に堕ちてゲスっ子になるのも当然ですわ!
ううう、冷静になれ、私!
マノンはかろうじて怒鳴りたいのを抑える。
「ア、アニエスさん!」
「はぁい」
「にゅ、入学希望者であれば、一緒にいらっしゃった付き添いの父兄の方とあちらへ並んで下さいな」
サポート担当の生徒としては当然の注意である。
それに相手は枢機卿の孫娘だ。
規律と調和に則った行動をして自らが模範となり、先輩として道を示してやるべきなのだ。
マノンは自分に言い聞かせたのである。
しかし!
「はぁい、じゃあルウ先生行きましょう」
アニエスはマノンの注意を全く聞いていないようだ。
ルウの手を引っ張って列に並ぼうとする。
「はぁ!? ま、待ちなさいっ」
「もう! 今度は何でしょうか?」
再びアニエスは可愛らしく首を傾げた。
計算されつくした無難な仕草である。
だが怒り心頭のマノンには、アニエスの嫌がらせとしか見えなかった。
「何故ルウ先生を連れて行くのですか? 貴女の付き添いは他に居る筈でしょう?」
「はい! 先程までは付き添いがお祖父様でしたが、今はルウ先生ですの」
何という答え!
マノンはさすがに呆れてしまった。
「はぁ!?」
「何てね! 冗談ですわ」
じょ、冗談!?
マノンは唖然としてしまった。
大きく目を見開き、口をぱくぱくしている。
「はうううう……」
「マノン様ってやっぱり分かり易い方ですわ。お姉様以上に……」
ここでまた爆弾が投下された。
アニエスはマノンがルウの事を好きなのを見抜いていて、からかったのだ。
「な、何ですって!」
「うふふ……」
相変わらず悪戯っぽく笑うアニエス。
ここでマノンは初めて気付いた。
この子は!
私の事を最初から全て知っていた。
知らない振りして惚けて、からかっていたのだわ!
「アニエスさん、貴女ぁ……」
マノンの全身から凄まじい魔力波が噴き出した。
攻撃魔法上位に匹敵する怒りの波動である。
魔法使いの卵であるアニエスは当然察知していた。
「うわあ! 怖ろしい波動を感じます! ルウ先生、助けてぇ」
こつん!
「あう」
調子にのってルウに甘えるアニエスの頭が優しく小突かれた。
アニエスとマノンのやりとりを見ていたルウであったが、さすがに限界だと感じたようである。
尻叩きと違って全く痛くないお仕置きをしたのだ。
「アニエス、先輩をからかい過ぎだぞ。お前が入学したらマノンは学年だと最年長である3年生の先輩となる。姉同様、接する態度を考えるんだ」
「わぁ、御免なさい。アニエス、反省しまぁす」
ルウが敢えて叱らなかったのはアニエスの気持ちを察したからである。
今迄抑圧されたものが解放されてハイになっていたところに姉から良く話を聞いていたマノンと出会ってつい甘えてしまったのだ。
だがアニエスの声は甘ったるく、真面目に謝罪しているとは見えなかった。
案の定、ルウの指導が入る。
「ほら、それじゃあ駄目だ。きちんと謝らないといけないぞ」
「は、はい! ルウ先生」
ルウから注意されたアニエスは素直だった。
改めてマノンに向き直ると、深々と頭を下げる。
「マノン様、言葉と態度が過ぎました。申し訳ありません、謝罪致します」
「…………」
今迄とは全く違うアニエスの言葉遣い。
到底同一人物とは思えない。
マノンはつい、ぼうっとしてしまう。
「どうだ、マノン、許してくれるか?」
「え、は、はい! ちゃんと分かればいいのですわ」
ルウに言われて我に返ったマノンは慌てて頷いた。
そこへ!
アニエスの姉ステファニーが血相を変えて走って来る。
遠くから見て、妹が何かやらかしたと気付いたのだろう。
可哀想に……妹がこの子では本当に大変だわ、ステファニーさん……
マノンは苦笑しながら大きな溜息を吐く。
彼女はおしゃまな妹を持つステファニーに対して大いに同情していたのであった。
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