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第830話 「魔法女子学園オープンキャンパス⑧」

 『あうう、御免なさいっ』


 ステファニーはどうやらルウが叱った事、この異界へ連れて来て様々な幻影を見せた事の真意を理解したらしい。


『ははっ、お前はやっぱり良い子だよ』


『本当に御免なさい……私のお尻を叩いたのは躾だって分かった。それにお姉様には悪い事をしたわ。私だって……同じ愚物だもの』


 ぺちん!


 いきなり軽い音がした。

 ルウがアニエスのおでこへ、きわめて優しくデコピンをしたのである。


『あうちっ い、痛い!』


 大袈裟に悲鳴をあげたアニエスは、ルウを恨めしげに見た。

 しかしルウは軽く睨むと、首を振る。


『そんな事を言うな。ステファニーやお前は決して愚物などではない』


『…………』


 アニエスは口を尖らせて黙りこんでしまった。

 素直に反省したのに怒られたのが面白くないらしい。

 不満らしいアニエスを見て、ルウの顔がすぐ穏やかな表情に戻った。


『これはブレヴァル家の家訓にも関係するから、最初に言っておこう』


『ブレヴァル家の家訓にも?』


 しかしアニエスの不満もルウの笑顔で消えてしまう。

 ホッとしたアニエスは少しずつルウの話に引きこまれて行く。


『ああ、そうだ。人間はひとつの価値観だけにとらわれすぎてはいけない』


『ひとつの価値観……』


『俺とお前達を例にするならば……まず身分で人間の価値を計ろうとするのが間違いだ』


『…………』


『俺は大層な人間ではないが、たかが身分で人を貶めようなんて愚かな事だ。現にお前が目指そうとする魔法使いや治癒士は身分など関係ない。才能と努力で道は開けるのだから』


『そうか! だからお姉様はルウの! い、いえルウ先生を尊敬したのね』


 ルウは平民だが、今迄アニエスが見た、そして体験した魔法は桁違いである。

 アニエスは改めて思う。

 貴族以外にも素晴らしい魔法使いは存在するのだと。

 それどころか、このようにとてつもない魔法使いは御伽噺でしか聞いた事がない。


『尊敬されるなんて少しくすぐったいが、ステファニーは貴族ではない俺の魔法を認め、人間の本質は身分などではないと気付いたのさ』


『ええ! 私も分かる……今なら分かる! だって今迄のルウ先生の魔法、素晴らしいもの……それに』


『それに?』


『うう……恥ずかしいけど……もうお尻が全然痛くないの。これって治癒魔法でしょ?』


 アニエスは恥ずかしそうに自分の尻をさすった。

 あれだけ打ち据えられたのに、痛みの欠片も残ってはいない。


 ルウは優しく笑う。


『ああ、ちゃんと魔法をかけといたぞ』


『うう、こんな凄い治癒魔法なんて経験した事がないの……お祖父様だって無理!』


『ははっ、お前の言った通り、全部インチキかもしれないぞ』


『うぐっ、もうっ! イジワルっ!』


 アニエスはまたルウの胸へ顔を埋めた。

 この人は優しい。

 まるで友達から聞いた理想の兄のようだ。

 それに貴族のような命令口調ではなく、アニエスを対等な存在として話してくれる。

 だから、つい甘えてしまうのだ。


 ルウはアニエスの背中をポンと叩いた。

 何か話をするようだ。


『そのままでいいから聞いてくれ。お前のお祖父様はすべて分かっていた。安心するんだ、可愛いお前の事を決して裏切ってなどいないぞ』


『え!? お祖父様が全て分かっていた……の?』


 驚いたアニエスは思わず顔をあげた。

 祖父は裏切っていない?

 全て知っていた?

 どうして?


 アニエスの表情から聞きたい事が分かったのであろう。

 ルウはすぐに答えを教えてくれる。


『ああ、ステファニーがどうして防御魔法以外の魔法を積極的に学ぼうと考えたのか、理由を聞いたからだろう』


『お祖父様……お姉様と……話したんだ』


 アニエスは吃驚した。

 祖父と姉が話したのは勿論だが、それ以上に防御魔法以外を学ぶという家訓破りが許されたからだ。


『ああ、お互いに本音で話したと思う。それで先程の不干渉はお前達の仲を修復しようと考えた上での対応だ』


『ああ……』


 アニエスはあまりの驚きに声がちゃんと出て来ない。

 ルウはアニエスをきゅっと抱き締めてやる。


『良かったな。お前とステファニーはとても愛されているぞ、そして理解もされている』


 ルウの言葉が魂にしみて行く。

 不安が一気になくなり、安堵感が全身に満ちた。


『うん! うんっ! 嬉しいっ』 


『話を元に戻そうか。人間はひとつの価値観だけに囚われすぎてはいけないという事だが』


 アニエスはじっとルウを見詰めた。

 見上げるルウの顔は穏やかだが、真剣さが伝わって来る。

 緊張したのか、アニエスの喉がごくりと鳴った。


『まず周囲が見えなくなる。ひとつの意見にだけ執着して他の意見が耳に入らなくなるのさ』


『…………』


『お前の言う通り、確かに防御魔法は素晴らしい。傷ついた者の心身を癒し、明日への活力を与えてくれる。防御の名の通りにかよわき存在である人の子を、害を及ぼそうとする邪悪なる者共からしっかり守ってくれるからな』


 アニエスは黙って頷いた。

 ブレヴァル家の伝統と家訓に則って防御魔法に心酔するアニエスには納得する話だからだ。

 続いてルウから質問が飛ぶ。


『だがその素晴らしさは何と比較して分かる? 怪我の程度か、それとも怖ろしい魔物の脅威か?』


『りょ、両方です!』


 アニエスはしっかり答えたつもりだった。

 だがルウは残念そうに首を振る。


『正解だが、それだけでは完璧な答えではない』


『…………』


『防御魔法が全ての魔法の中でどのような位置付けなのかを考える事も大事だからだ』


『防御魔法が全ての魔法の中で……』


 アニエスはすぐに意味が分からなかった。

 他の魔法を敵視に近いほど軽視していたので、全く興味がなかったからだ。


 だがルウは頭ごなしな言い方はしなかった。


『そう! お前が魔法の中で防御魔法を一番だという気持ちを頭からは否定しない。それは個人の考えだし、お前の価値観だからだ』


『私の……価値観』


『だが俺の価値観は違う。俺は魔法を全て素晴らしいと思っている。現にお前とこうして分かり合えたのは魔法の力が大きいが、防御魔法だけの力というわけではないからだ』


 アニエスは納得する。

 確かに分り易いのはもうお尻が痛くない事に尽きる。

 だけどいろいろ勉強出来たのは、ルウが見せてくれた幻影の魔法のお陰だから。


『世界は広い! たくさんの人が居て、多種多様な価値観によって成立しているんだ。魔法使いのお前は様々な魔法を勉強する事で多くの価値観が見えて来るし、比較して確認する事も出来る』


『あ、う……』


 ルウの言う通りだ。

 アニエスは心の中の固く閉じられた窓を、いきなり大きく開かれた気がした。


『それで防御魔法の更なる素晴らしさが見えてくるかもしれないぞ。勿体無いじゃないか、学べる機会チャンスがあるというのに拒否するなんて』


『う、うん! い、いえっ、はい! ルウ先生』


 アニエスの言葉遣いが変わった。

 師に対する敬いが生じたのだろう。


『面白い話をしようか。お前が知らない東方の国の昔話だ』


『東方の国?』


『ああ、そうさ。昔、市場でひとりの男がふたつの武器を売っていた』


『ふたつの……武器を?』


『ああ、ひとつは最強の盾だ。どんな武器も防ぐと自慢していた』


『盾……身を守る防具ね』


 アニエスは騎士や従士が使うものを思い浮かべた。

 頑丈でしっかり命を守ってくれる筈だ。


『そう、もうひとつは最強の矛だ』


『ほこ?』


『おう! 矛というのはスピアに似た武器だ。男の口上によればどのような盾も貫く、とてつもない武器という触れ込みだった』


 矛に関して、アニエスには盾ほど具体的にイメージが出来なかったが、それよりも気になった事がある。


『ちょっと待って! 盾は? 同じ場に最強の盾があるじゃないですか』


 アニエスの質問にルウは笑顔で答える。


『ははっ、やはり気付いたか? 男の口上を聞いていた客達も同じツッコミをしたのさ』


『そ、それで!?』


『男はどちらが最強か、答える事が出来なかった』


『そう……なんですか』


『矛と盾を繋いで矛盾という言葉がある。ようは辻褄が合わないって事だ。魔法に置き換えても同じさ。最強の防御魔法なんて眉唾ものだし、防御魔法が全てだというブレヴァル家の家訓も一緒。確かめたかったら攻撃、防御両方の最上位魔法を習得するしかない』


『……確かに最強の防御魔法といっても確かめる術はないわ。私もただブレヴァル家の家訓と昔から伝わるという古文書を見せて貰っただけですもの……』


 アニエスは記憶を手繰ったが、確かに祖父と両親の言葉を鵜呑みにして来た自分が居た。


『ああ、ブレヴァル家の場合は枢機卿を務めて来た家柄のせいもあるだろう。創世神と使徒は人の子を守るという教えだから』


 ルウの話を聞いてアニエスは全てが理解出来たようだ。


『確かに防御魔法に限らず、魔法って素晴らしいって分かりました。成る程! 簡単な事でも鵜呑みにせず、自分で学び、確かめる! その心掛けが大事なのですね』


『ああ、そうさ。偉いぞ、アニエス』


『あううう、ご褒美としてもっと撫でて下さ~い』


 ずっとルウに甘えたいアニエスであったが、現実は厳しいようである。


『ははっ、そうも言っていられない。そろそろ現世うつしよに戻ってお祖父様と一緒にお前の入学準備という本来の話をしないと。今日は魔法女子学園のオープンキャンパスなのだから』


 ルウはそう言うと、何かを思い出したようにはたと手を叩く。


『おお、そうだ。もうひとつだけ言っておく。お前は頭が良すぎて思った事をすぐ口に出してしまう』


『あう? 頭が良すぎて?』


 アニエスはきょとんとする。

 ルウの言う意味がすぐに理解出来ないようだ。

 実はストレートに言って、アニエスを傷つけないようにと考えた、ルウの気配りである。


『そうだ。敢えて伝えなければならない時もあるが言葉の表現に気をつけるんだ。口舌の刃は簡単に人の心を傷つける。時には肉体の痛みを遥かに超える事もあるのさ、だから注意しないと駄目だ』


『う!』


 アニエスは思い当たる事がたくさんある。

 確かに最近の自分は言いたい放題であったと。


『さっきも言っていたが、姉の事を汚らわしい愚物と呼ぶなんて以ての外だ』


『あうううう……御免なさい~っ』


ルウは優しく叱ってくれたので、アニエスは最小限のダメージで済んだ。


『分かれば良いぞ、姉に会ったら謝って仲直りするんだ』


 姉との事も今のアニエスは素直に受け入れられる。

 だからルウがステファニーとの仲直りを勧めても全く抵抗が無い。


『はいっ! 分かりました、仲直りします。だ、だからもう少し!』


 アニエスは素直に返事はしたが、本当はまだまだルウに甘えていたいのだ。

 苦笑したルウはピンと指を鳴らす。


 その瞬間、ふたりの姿は異界から消え失せたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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