第83話 「臨時雇い」
その夜……
オレリーは、母が完全に寝入ったのを確かめると、隣のベッドから抜け出した。
彼女は母が大事に仕舞ってある、ある物を探していた。
母がかつて芸人であった頃、使用した衣装一式を。
「あ、あった!」
オレリーが探し当てたのは古い型の法衣である。
法衣の上から外衣を羽織り、頭巾を深く被ると、一見してオレリーだとは分からない。
更に芝居用の覆面を被る。
オレリーの素顔が完全に見えなくなった。
仮面の下の眼が細められ、口元から笑みが浮かぶ。
完璧だわ。
これできっと上手く行く!
ペンタグラムを買う事が出来る。
安堵したオレリーは、そっと安堵の息を吐いたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
週末の朝……
法衣姿のオレリーは『ある場所』を目指して歩いていた。
職場である居酒屋には、この週末、休みを取る旨を申し入れしている。
中央広場へ出たオレリーは、周囲を見回しながら南東の方向に歩いて行く。
広場に面して、冒険者ギルド王都支部がある。
週末の朝早くでも、ギルドの入り口には依頼を求める大勢の冒険者で賑わっていた。
そんな光景を悔しそうに横目で見ながら、オレリーはギルドから離れて行く。
オレリーがしばらく歩くと、大勢の冒険者が通路の両端に座り込んでいるのが見えて来た。
最も人通りが多い場所は目付きの鋭い男が左右を見回している。
なのでオレリーはそこを避け、奥まった目立たない場所に向かい、腰を下ろした。
そして例の仮面を着けたのである。
やがて1組のクランらしい集団が来た。
通りに居る冒険者達を、値踏みするようにじっくりと見て回る。
一方、見られる冒険者達も黙ってはいない。
「おい、俺は盾役にはぴったりの頑丈な戦士だ。賃金も1日金貨1枚ぽっきりで構わない、どうだ、雇わないか?」
「私は元司祭。回復や治癒の魔法に長けているの。回復役として1日金貨2枚でどうかしら?」
売り込む側から声がかかるかと思えば、スカウトしに来た側も声を張り上げる。
「僕はクラン稲妻のリーダーだ。腕の立つ魔法使いを探している、属性は問わないが攻撃魔法を使える者が欲しい」
「俺達はクラン大熊だ。ここに優秀なシーフは居ないか? どんな罠や鍵も解除出来る奴がいい」
売り手買い手の大きな声が飛び交う中……
オレリーは身を小さくして無言で座っていた。
ここは冒険者ギルドに属さない、無所属冒険者達の溜まり場である。
フリー冒険者達はここにやって来て1日の大半を過ごす。
そこへ冒険者ギルドから依頼を受けた者やクランの戦力を強化しようとする者もやって来て必要な人材や目ぼしい人材を探す。
そう、ここは需要と供給を必要とする冒険者双方が、売り込み&雇い入れをする場所なのである。
また雇用されるフリー冒険者達はギルドに所属していない分、契約金の相場が安くなっているのも人気の原因だ。
彼等彼女達フリー冒険者がギルドに属さない理由は様々。
いわゆる理由ありの者も居る。
ここに居る者の中には過去犯罪を犯している者が少なくない。
契約する側もそれを承知で雇う。
雇う側にしても同様であり、犯罪にぎりぎり近い裏仕事は当たり前、強盗や殺人など凶悪犯罪の片棒を担がされる場合も少なくはない。
オレリーはそこまで『溜まり場』の事情を熟知しているわけではなかった。
学園に悟られないよう仮面を着けて素顔を隠し、この場所で何とか冒険者の臨時雇いの仕事を見つける。
そして『ペンタグラム』の購入代金を稼ぎたいだけなのだ。
と、その時。
聞き慣れない男の声が響く。
「おい、姉ちゃん! 見ない顔だな……って、仮面なんか着けてるじゃねぇか?」
一瞬驚いた男ではあったが、すぐ元の表情に戻る。
「ふん。成る程。理由ありって奴かい?」
「…………」
「なあ姉ちゃん、黙ってないで返事をしろよ。俺はここで交渉事をやってるアメデオって者だ」
オレリーがそっと見やれば……
先ほど通りで左右を見回していた、あの目付きの鋭い男であった。
アメデオは売り手と買い手の間に入り、交渉をまとめて手数料を取る、いわゆる『手配師』らしい。
しかしオレリーは本能的に危険を感じたらしい、
無言のまま、首を横に振ったのである。
『交渉』を拒まれたアメデオは、
「ちっ、餓鬼が」と舌打ちし、あっさりとオレリーから離れて行った。
アメデオがしつこく絡まなかったのは……
揉めると、この広場に居られなくなるからであろう。
さてさて……
売り手買い手の喧騒は相変わらず続いている。
アメデオが去ってからも、オレリーが魔法使いだと見て、いろいろな冒険者やクランから声を掛けられた。
だが、オレリーはどうしても勇気が出ず、『雇い話』をまとめる事が出来なかった。
情けない私……
気おくれして、ちゃんと話せないなんて
と、その時。
「あら、貴女。結構腕の良い魔法使いみたいね。私達はクラン『山猫』って言うの。どう? 魔法使いを探しているの、とりあえずお話しない?」
オレリーが声のした方を見ると、『山猫』と名乗ったクランのリーダーが居た。
20代半ばと思しき小柄な人間族の女性である。
そしてリーダーの傍らに居た3人の女性メンバーも全て若い。
オレリーに近い20歳に満たないような少女ばかりである。
ああ、この人達なら……大丈夫そうだ!
安堵したオレリーは勇気を出して返事を戻す。
「は、はい。じ、実は私、まだ初級魔法しか使えません。1日幾らで雇っていただけますか?」
「……ふ~ん、貴女が使えるのは初級魔法だけか。それじゃあ雇うのは厳しいね」
雇うのが厳しい!?
剣士らしいリーダーにきっぱり言われ、オレリーは慌てた。
「で、でも生活魔法はひと通り発動出来ます。ですから飲み水の心配は要りません。それに攻撃魔法は結構な威力の水弾が使えるんです!」
「ふ~ん」と微笑むリーダーに対し、オレリーは必死で自分を売り込んだ。
リーダーは口角を僅かに上げて笑うと……
「まあ良いわ」と呟いたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こうして……
オレリーはクラン『山猫』に臨時雇いの魔法使いとして採用される事となった。
『山猫』は冒険者ギルドから依頼を受けているという。
依頼内容は王都近隣の森におけるゴブリン討伐。
臨時雇いの魔法使いオレリーの仕事は、攻撃魔法による後方支援である。
リーダーの剣士はジャネットと名乗る。
片やオレリーは、偽名のオルスタンスという名を名乗った。
道すがら、ジャネットはいろいろオレリーの身の上を聞いて来る。
オレリーは警戒して自分の身の上などは話さないようにはしていた。
しかしジャネットはまるで実の姉のように気安く接して来た。
遂にはオレリーから、母ひとり子ひとりである事を含め、普段暮らしている様子を巧みに聞き出していたのである。
オレリーの警戒心が完全になくなったと見て、ジャネットは再びざっくばらんに聞いて来る。
「オルスタンスはさぁ、今迄、男の子と付き合った事はあるの?」
「いえ、全然無いですよ。私なんか……やせっぽっちで顔も可愛くないし……」
「でも、キスくらいはした事、あるんでしょう?」
「キ、キスなんかとんでもないっ!」
と手をオレリーは手を横に振って否定した。
頬が少し赤い……
初心なオレリーを見て、ジャネットはにやりと笑った。
「まあ良いわ。さあ! 南の正門を出て少し歩くわよ。ゴブリンは南西の森に出たって話だから」
ジャネットはオレリーを促すとクランの先頭に立って歩き出す。
後ろからメンバーの少女3人がオレリーを急かす。
オレリーは大きな声で煽られ、慌てて歩き出したのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!




