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第825話 「魔法女子学園オープンキャンパス③」

 ヴァレンタイン魔法女子学園のオープンキャンパスは屋外闘技場から、次の舞台を本校舎教室へ移していた。

 

 午前10時から、教師と在校生が対応する入学希望者への個人面談が行われるのだ。

 入学希望者が付き添いの父兄と共に約15分間の持ち時間を使って、学園に関する様々な質問を投げ掛けるのである。


 この個人面談は魔法女子学園創立時より希望者が多い事で知られていた。

 事前にいろいろ調べても、やはり実際に教師と在校生徒から学園に関して聞きたいと思うのは当然であろう。

 本日も最初は1,000人を超える入学希望者が押し掛けており、何も支障がなければ全員が面談を希望した筈である。

 支障というのは単純に職員のキャパの問題にあった。

 ルウ達の魔法発動の強烈パフォーマンスにより、訪れた人数の約2/3が帰ってしまったとはいえ、まだ約400人以上の入学希望者が残っており、当然の事ながら一日で全員の面談を捌くのは不可能なのだ。


 そこで魔法女子学園が取った方法はオープンキャンパス実施以前の『打診』と『調整』である。

 入学希望者に対して事前の『調査』が行われ、内々で面談希望の可否を問うようにしたのだ。


 ヴァレンタイン王国は完全な貴族社会であるから、魔法の実力に加えて身分の差が反映されるのは仕方が無いとは言える。

 しかしこの事前調査と打診が無ければ、身分偏重による弊害により魔法女子学園の生徒の質は著しく落ちて行ったに違いない。


 その意味で言えばアニエス・ブレヴァルは当然選ばれる身分ではある。

 祖父がアンドレ・ブレヴァル枢機卿であり、父や一族も名門と呼ばれる貴族なのだから。

 

 才能に関しても学園が内々で行った事前調査では、魔法使いとして中々の素質があるとの結果が報告されていたのだ。

 加えて実姉が学園の生徒でも秀才として知られているステファニーである。

 魔法使いの血統としても申し分がない。

 以上を鑑みて、理事長のアデライドは面談の選抜に文句なしと判断した。

 こうしてアニエスは本日の個人面談に臨む権利を得たのであった。


 個人面談自体は学年各A組の担任と生徒が担当するのが通例だ。

 ここ3年A組の教室ではケルトゥリとジゼルは当然ではあるが、ルウが居るのはイレギュラーである。

 事前に報されていたとはいえ、ジゼルはそわそわして落ち着かない。

 屋敷と違って、普段魔法女子学園ではこのようにルウと近距離で過ごす事などないからだ。

 嬉しさのあまり、しまいには、貧乏揺すりまでする始末であった。


 ケルトゥリがジゼルを見て、悪戯っぽく笑う。


「ジゼルさん、さっきから落ち着かない様子ですが、どうかしたのですか?」


「い、いえ……」


 口篭るジゼルは僅かに頬を染めて俯いた。

 しかしケルトゥリの追求はなおも続く。


「いつものジゼルさんらしくありませんね。一体、どうしたのかしらねぇ?」


「い、いえ……私は別に……」


 ケルトゥリは、ルウとジゼルが結婚している事をとっくに気付いていた。

 ジゼルがやたらにルウの事を褒め称えるからであった。

 但しジゼルに対して結婚の事実を問い質した事はなく、表面上は知らない事になっている。


 ケルトゥリは単にジゼルをいじっただけであった。


 普段は冷静で毅然としたジゼルが、ルウの前では極端なデレ状態になってしまう事が面白くてからかったのだ。


「うふふ、まあ良いわ。ではジゼルさん、最初の方を呼んで下さいな。……ルウ先生、例の件は、お願いね」


「了解だ」


 『例の件』と言われたルウは大きく頷く。

 当然何をすべきか分かっているのだ。


 呼び出しを命じられたジゼルは名簿を見て苦笑する。


「えっと……最初の入学希望者面談はアニエス・ブレヴァルさん、付き添いはアンドレ・ブレヴァル様ですね。ああ、いきなり大物ですか?」


「はい、ジゼルさんの仰る通り、いきなり大物ですね」


 代々、枢機卿を務めるブレヴァル家の防御魔法傾倒は有名だ。

 さすがにジゼルもアニエスの個人面談が決まった時点で、説明や対応が大変だとは自覚していたのである。


 だが、ジゼルも勘が鋭い女の子だ。

 思わせ振りなケルトゥリの台詞や目配せを見て、面倒な部分を何かルウに頼んだと気付いたのである。


 ジゼルがそっと見ると、ルウも悪戯っぽく笑っている。

 ホッとしたジゼルは安心してアニエス達を呼びに行ったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 名前を呼ばれたアニエスは入り口で直立不動のポーズをとった。


「ブレヴァル家次女、アニエス・ブレヴァルと申します。本日は宜しくお願い致します」


「アニエスの付き添い、アンドレだ。おお、貴女はジゼル殿ではないか? 久しいな」


 アニエスの傍らに立ったアンドレがジゼルに気付いた。

 そしてついいつもの挨拶が始まったのである。


 ジゼルもつい対応してしまう。


「ブレヴァル枢機卿様、ご無沙汰しております」


「貴女にも暫くお会いしていなかったな。そう言えばお父上のレオナール殿はお元気かな?」


「はい! 元気です!」


「先般、長子ジェローム殿も婚約すると言う話をお聞きしたが……」


「はい! 事実です。実は……」


 挨拶から始まって内輪話はどんどん発展して行く。

 貴族特有の情報交換の癖が出たのだが、我慢出来ない人物がひとり居た。


「お祖父様!!!」


「おお、アニエス!」


「今の時間は私の為のものです。それもたった15分しか無いのですよ! 世間話などしている暇はありません」


 ヴァレンタイン王国広しといえども、泣く子も黙る枢機卿を怒鳴りつける人物などアニエス以外には居ないであろう。

 甘やかされた祖父に対する愛情表現の一種でもあるのだが、姉のステファニーでさえ祖父を怒鳴った事などない。

 いかにアニエスがアンドレから可愛がられているかというバロメーターだ。


 挨拶を遮られたアンドレは普通なら怒るところである。

 だがアニエスの言った事が正論なのもあって、つい頭を掻きながら詫びてしまう。


「ははは、済まぬ」


「もう! 今日、私がお会いしてぜひ話をお聞きしたいと思ったのはジゼル様なのですよ」


 謝った祖父に食って掛かるアニエスの口から今日の目的が発せられた。

 ジゼルが……目的らしい。


 いきなり矛先を向けられたジゼルは少しだけ吃驚した。

 ケルトゥリか、もしくはルウへ質問が飛ぶと考えていたからである。


「おお、私か?」


「そうですよ! 学園云々はどうでも良いのです」


 学園云々はどうでも良い?

 ではアニエスがジゼルに聞きたい事は何であろうか?

 何か悪い予感がする……


 気になったジゼルは咄嗟にケルトゥリとルウを見た。

 ケルトゥリは明後日の方角を向き、素知らぬ振りをしている。

 アニエスの質問内容が分かっているのであろう。

 どうやら係わりたくないらしい。


 一方、ルウはというと……

 いつもの通り穏やかな表情だ。


 その時であった。

 ジゼルを救うべくルウの念話が響いたのだ。


『ジゼル、アニエスはお前が考えている通り防御魔法について聞きたいようだ。お前が防御魔法に関してどう考えているかを、な』


『だ、旦那様!』 


『枢機卿は一切気にするな。アニエスから聞かれた事に対してお前が思った通りに素直に答えれば良いのさ。俺がちゃんとフォローしてやるから』


『は、はいっ! ありがとう、旦那様!』


 ジゼルは嬉しくなってルウを見た。

 安堵の気持ちが胸いっぱいに満ちる。


 そんなジゼルに対してアニエスが再び問う。


「ジゼル様! ぜひお聞きしたいのです! 宜しいでしょうか?」


「良いですよ! アニエスさん、何でも聞いて下さい」


 ジゼルは何の躊躇いも無く、自分の胸をトンと叩いていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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