第824話 「魔法女子学園オープンキャンパス②」
ケルトゥリがルウを紹介する。
「最後に2年C組の副担任ルウ・ブランデル教諭が発動します。発動する魔法は火属性攻撃魔法の火弾です。それでは、ルウ教諭! 早速お願い致します」
「はいっ!」
法衣姿の男性が闘技場のフィールドに立っている。
一見して長身痩躯で華奢。
逞しいと表現するには程遠い。
しかし闘技場に居る教師達と観衆は異様な気配を感じていた。
ぴりぴりと肌を突き刺すような痛みが生じている。
ルウの内に秘められた巨大な魔力と、大気に満ちる精霊の魔力が共鳴して張り詰めんばかりになっているのだ。
長身痩躯の男性=ルウ・ブランデルはゆっくりと両手を挙げる。
すると!
間を置かず直径3mはあろうかという巨大な火球が、男の遥か頭上に音もなく現れたのだ。
おおおおおおっ!
今迄に見た事も聞いた事もない、桁違いの火弾魔法である。
目の当たりにした観衆が思わずどよめく。
「ね、ねえっ! い、今って、ままま、魔法式はどうしたのかしらっ!? え、詠唱はなかったわよね?」
「ま、間違いなく! と、唱えた筈ですわ? 声が小さかったとか、そうですわ、きっと!」
「でも構えてから発動まで時間が速すぎませんこと?」
「そ、それに! あ、あんな火球見た事あります!? お、大きすぎますわっ!」
動揺する観衆の中にはステファニーの妹アニエスと、父兄として付き添いで来た枢機卿アンドレも居たが、ふたりともさすがに言葉を失っていた。
アニエスは自分と違いすぎる魔法レベルに。
一方、アンドレは噂では耳にしていたルウの、想像以上の魔法に触れて。
頃合とみたのか、ルウはすっと腕を軽く振った。
火球が初めて音をたて、闘技場にセッティングした的へ向かって突き進んだ。
そして!
轟音と共に的は粉々に飛び散ったのである。
静まり返る会場……
ルウは的が粉砕されたのを見届けると、ゆっくりと一礼した。
笑みを浮かべたケルトゥリの涼やかな声が響く。
「ルウ教諭は攻撃及び召喚、両魔法の上級教官も務めております。当学園の魔法レベルは最高といえるでしょう。このように無詠唱でも容易く発動出来るのですから」
む、無詠唱!?
観客達はざわめき出した。
ケルトゥリは観客達の反応を確かめながら話を続けている。
「ちなみに今迄に発動した魔法は当学園における2年生上期終了時の課題となっております。レベルは多少異なりますが、入学希望者である皆様の才能ならば問題なくクリア出来るのではないでしょうか?」
ケルトゥリの言葉を聞いた観衆=入学希望者と父兄は思う。
今迄見せられた魔法をたった1年半で習得する!?
それって!?
「む、無理よ!」
「いくら魔法の才能があっても!」
「課題はどんどん難しくなるのよね」
アニエスとアンドレの周囲は、絶望的な声で満ちる。
自分に絶対的な自信を持って来た魔法使いの卵達のプライドが粉微塵に砕け散った瞬間であった。
ヴァレンタイン魔法女子学園は王立ではあるが、入学金と毎年の授業料が発生する。
入学金は金貨300枚、授業料は年間金貨100枚となっていた。
その他にも教材代が別途かかり、3年間に保護者が負担する金額は半端ではない。
※金貨1枚は約1万円です。
いくらヴァレンタイン王国で身分の頂点に立つ貴族でも理由もなく無駄遣いはしない。
逆に裕福だからこそ金の使い方には慎重になるのだ。
付き添いの父兄達は、慌てて腰を浮かせながらアンドレに頭を下げる。
……全てが辞去の挨拶であった。
「枢機卿閣下、私……急に用事を思い出しましたわ」
「私もですよ、枢機卿様。また来週にでも教会でお目にかかりましょう」
「閣下! し、失礼させて頂きますわ」
周囲にはアニエスの友人達も居たが、全く同じ反応であった。
「ア、アニエス、ま、またね」
「バ、バイバ~イ」
「さよなら~」
屋外闘技場の観客席から多くの人々が退出してしまう。
残ったのはせいぜい最初に居た1/3程度である。
その中にアニエスとアンドレは……居た。
人がまばらになった周囲を見渡して、アニエスが憤る。
「まぁ! 皆さん何て情けないんでしょう」
「ははははは」
アンドレは曖昧に笑っている。
アニエスは何故祖父が笑うのか理解出来ない。
「お祖父様! 笑い事ではありませんわ。私には信じられません! 魔法使いになるという崇高な志をこんな事で簡単に捨ててしまうのでしょうか?」
アニエスの怒りはエスカレートする一方だ。
語気も荒くなっていた。
アンドレはヒートアップした孫を宥めにかかる。
「アニエス……そう怒るな」
「で、ですが! あれではまるきり軟弱者ですわ」
「軟弱者……か」
何か思い出があるのだろうか。
アンドレの目が遠くなった。
アニエスの表情が訝しげになる。
「お祖父様?」
孫の問い掛けにアンドレはゆっくりと首を左右に振った。
そして改めて多くの人々が退席した理由を話したのである。
「いや、何でもない。アニエス、良いか……魔法使いとは、いや魔法使いだけではない……この世はな、厳しい格差社会なのだよ」
「かくさしゃかい?」
「ああ、そうだ。まず生まれた際、身分による格差が生じる。更にその中で才能ある者が生き残り、才能無き者は淘汰される。淘汰されるという言葉自体は軽いが、もし実際に経験すれば立ち直れないくらいに魂に深い傷を負うのさ」
「深い傷?」
「ああ、そうだ。人生を棒に振るくらいにな。今この学園の教師達が発動した魔法を見て、彼女達はそう判断した。魔法使いではない別の道を探しに行くと決めたのだよ」
「…………」
アニエスはまだ祖父の言う事が充分に理解出来ないようだ。
その為なのか、どのような言葉で話して良いか迷ってしまったらしい。
アンドレは優しく問い掛ける。
「お前はどうする、アニエス」
「わ、私!?」
考え込んでいたアニエスは、祖父の言葉で現実に引き戻された。
目を丸くして驚いている。
「最後はお前が決める事だ。……魔法使いへの道を歩むか、歩まないかをな。私ではなくお前の人生なのだから」
相変わらず祖父は優しい。
アニエスはいつも両親より祖父に甘えてしまう。
しかし今、目の前で自分を見詰める祖父の目は優しいながらも真剣そのものであった。
「……お祖父様」
言葉に詰まってしまったアニエス。
アンドレはにっこりと笑う。
「この場ですぐに答えを出せとは言わん。これから魔法女子学園を知る事が出来る多くの催しがある。じっくりと考えるが良い」
「あ、ありがとうございます」
ごくりと喉を鳴らしたアニエスは、祖父の視線を受け止めながら様々な想いを巡らし始めたのであった。
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