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第821話 「夏の借りを返して!?」

 8月12日午後12時……


 今年も夏期の講習と魔法発動訓練が終了した。


 ヴァレンタイン魔法女子学園の生徒達にとって、夏は心身をゆっくり休ませる季節であると同時に、秋へ向かって実力をきっちりとアップする季節でもある。

 3年生は魔法大学などへの進学、省庁やギルド、商会への就職など将来への思いを馳せ、2年生は自分に適した専門科目を見い出し魔法使いとして本格化する事を夢見る。

 1年生は基礎の生活魔法を自分のものとして完全に習得する事に力を注ぐのだ。


 しかし来年の3月には現在の3年生は卒業し、4月には早くも新1年生として魔法使いの卵達が入学して来る。


 そして明日8月13日は魔法女子学園のオープンキャンパスが行われる。

 新入学生希望者が父兄同伴で大勢訪れるのだ。

 講習が終わって職員室で寛ぐルウの下にケルトゥリが現れたのはまだ12時から5分と経っていない時間であった。


 職員室の入り口に立ったケルトゥリは手招きしてルウを呼ぶ。


「ルウ先生、ちょっと良い?」


「ルウ先生!」


 しかしその後から丁度フランが声をあげた。

 一緒にお昼を食べようと誘いに来たらしい。


「フランシスカ校長代理……申し訳ありませんが、これからルウ先生をお借りしますよ。明日のオープンキャンパスの前打ち合せがあるのです」


真剣な眼差しのケルトゥリに対して、フランは曖昧に微笑んだ。


「ああ……良いですよ。借りを返せって事ですよね?」


「その通り! 7月のね」


 『借り』というのは7月の発動訓練を、ルウとフランが王都不在により生徒へ指導出来なかった事を言っている。

 2人がするべき業務をケルトゥリが肩代わりしたのだ。

 リーリャとの結婚を決める事もあったが、ヴァレンタイン王国から下されたロドニア魔法学校創立の公務遂行もあった。

 その為、フランにとっては腑に堕ちない部分もあるが、ルウがにっと笑って片目を瞑る。


「大丈夫さ、フラン。明日の打ち合せだろう、ちょちょっとやってくるさ」


 ルウの笑顔を見て、フランもぱあっと花が咲いたように笑う。


「うふふ、どうせ午後1時から教師全員での打ち合せがあるから、それまでって事ね」


 お昼休みを挟んで、理事長のアデライド以下、明日の進行と担当の確認を行う事になっている。

 教頭であるケルトゥリが時間通りの業務遂行を無視するなどありえない。

 フランはそれを見越して念を押したのだ。


「ふふふ、さすがね。じゃあ午後1時にルウ先生と一緒に会議室へ行くから」


「了解! じゃあね」


 フランは再び微笑んで手を振ると、踵を返して校長室へ引き上げて行った。

 遠ざかるフランの後ろ姿を見て、ケルトゥリは小さく舌を出す。


「さあてと、私達は教頭室ね。お昼はもう買ってあるからね、行くわよっ」


「ははっ、了解」


 ルウは苦笑して頷いた。


 ケルトゥリはまだまだ魔法の実力においてフランを舐めている部分がある。

 ルウの指導を受けたフランは眠っていた素晴らしい素質を開花させ、超上級魔法使いとして本格化しつつあるというのに。


 今のケルトゥリの『行為』もしっかりと『見ている』に違いないのだ。


 ――5分後


 ルウとケルトゥリは教頭室で正対している。

 昼食は地下の学生食堂からテイクアウトしたサンドウィッチと、ケルトゥリが厳選した特製ブレンドのアールヴハーブティだ。

 ルウが明日の企画の件で問う。

 借りを返すひとつとして、ルウが考えた企画をケルトゥリに譲った筈である。


「ケリー、どうして例のアイディアをケリーの手柄にしなかった?」


 しかしケルトゥリは首を振った。


「良いじゃない、そんな事。まあ……敢えて言うのなら明日あんたをこき使う為よ」


「ははっ、こき使うか?」


「そうよ! 教師と在校生の個人面談Q&Aの手伝いをして欲しいのよ」


 明日は各学年A組担任の教師が学級委員長とペアを組み、訪れた入学希望者と父兄に対して質疑応答をする事になっている。

 希望者が多いので、事前に予約を取る形としたので、どのような者が来るか担当者には分かっていた。

 ケルトゥリはルウに対して面談の補助をして欲しいと依頼したのだ。


 ルウはあっさりと了解する。


「ああ、OKだ」


「簡単に言うわね。良いの? 貴方はたくさん実務があるでしょう?」


 ケルトゥリは苦笑した。

 でもぐだぐだ言わず、引き受けられるなら気持ち良くOKするルウの潔さが、ケルトゥリは好きなのだ。


 ルウはいつもの通り穏やかな表情である。


「ああ、他の案件に差し障りが無い限り対応するよ。7月の借りの返済があるからだろう?」


「正解! 我儘な入学候補生と気難しい親が来ても私とジゼル、そしてあんたが居れば揉めずに済むから」


 どうやらルウに依頼する真意はある誰かへの対応の為らしい。


「我儘? 気難しい? ケリーがそこまで言う対象者って居るのか?」


 ルウは一体誰なのか問う。

 事前に知っていれば、フランかアデライドに人となりを聞けるかもしれないと考えたからである。


「ええ、居るわ。ヴァレンタイン王国創世神教会のトップ、枢機卿アンドレ・ブレヴァルと彼の孫娘アニエス・ブレヴァル……2年B組委員長ステファニー・ブレヴァルの妹ね」


 ブレヴァル枢機卿と聞いてルウにはピンと来た。

 ステファニーの件があるからだ。


「おお、ステファニーの妹か? ははっ、じゃあバリバリの防御魔法信者だな」


「問題はそこよ。面談の際にどう上手く切り返すか……ステファニーの時は、ひたすらハイハイと言って某先生が切り抜けたらしいから」


 ブレヴァル家の者は独特な価値観を持っている。

 さすがのケルトゥリも苦戦は必至だろう。

 ルウは興味深そうな表情をした。


「へぇ……じゃあケリーのお手並み拝見ってところだな」


 他人事のようなルウの言葉を聞いて、ケルトゥリは眉間に皺を寄せる。


「何言ってるの! あんたが私の代わりに枢機卿の相手をするのに決まっているでしょ!」


「ええっ!? そうなのか?」


「そうよ! あんたとフランには、い~っぱい貸し……あるもの」


「おお! 確かに借りがあったな。ま、いっか、OKだよ」


 枢機卿の件はあからさまな厄介払いである。

 きっぱり断わられる事も覚悟していたケルトゥリにとって、ルウが受けてくれるかは半信半疑であった。

 しかしルウは、ケルトゥリが拍子抜けするほどあっさり了解したのである。


 ケルトゥリは苦笑しながらも嬉しさを隠さない。


「……相変わらず軽いというか、安請け合いすると言うか……こっちは助かるけどね」


「ははっ、任せろ」


 それから……

 ルウとケルトゥリは明日の打合せを軽くしてから食事を始めた。

 話題は仕事以外にも及ぶ。


「ねぇ……話は変わるけどミンミって元気?」


「ああ、凄く元気さ。仕事が忙しくて殆ど屋敷には帰れないけど」


 ミンミがこの王都に来たのは、冒険者ギルド王都支部のギルドマスターに赴任する為ではない。

 ルウの妻になる為、王都に来たついでに過ぎないのだ。

 それにケルトゥリが聞きたかった答えは……違う。


「元気で忙しいのは分かっているわ。……ええと、どうなの? アールヴの妻って?」


「ああ、最高さ!」


 ルウの言葉を聞いたケルトゥリは何故か複雑であった。

 聞きたかった答えなのは間違い無いが、何故か無性に寂しいのだ。


 どうしてだろう?

 やっぱり私は……


「そうよ! やっぱりアールヴは最高なんだからっ!」


 ケルトゥリは美しい菫色の瞳を僅かに潤ませると、ルウに無理矢理笑いかけたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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