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第82話 「オレリーの悩み」

 ジョゼフィーヌ・ギャロワ達が、ルウと手をつないでいた。

 ルウを入れた5人で、見事に魔力を制御(コントロール)している。

 

 オレリー・ボウは、その様子をぼんやりと眺めていた。

 周囲の級友達は喚声を上げていた。

 だが、オレリーは単に「凄いな先生は……」と思う程度であった。


 オレリーは元々、人見知り。

 親しい友人が居ないのにも慣れてしまった。

 慣れたから普段の生活に差し障りもない。

 

 悩むオレリーはそんな些細な事より、使い魔召喚に使用する『ペンタグラム』購入の事で頭が一杯だった。 


 ペンタグラム……

 確か、この学園の購買部で見た事はある。

 けれど、金製のものが金貨30枚、銀製でも金貨10枚だったような気がする……

 ※金貨1枚=1万円相当です。

 

 今は母さんが病気がちで働けない。

 だから、毎月の生活費も学園に内緒で私が稼いでいる始末。

 そんな大金あるわけがない。

 少ない貯金も底をついてしまった。

 だけど『召喚魔法』習得は諦めたくはない。

 

 何故オレリーがそこまで悩むのか……

 それは召喚魔法の習得有る無しで卒業後の就職先が全く違って来るから。


 この世界の召喚魔法について説明しておこう。


 大きく分けて初級と上級に分かれるのは既に触れた通り。

 オレリー達がこれから学ぶのは当然、初級である。

 

 まず『使い魔』の定義である。

 これは魔法使いが使役する霊的な存在の総称を指していう。

 

 術者の命により仔細な用事を代行するのが主な役目だ。

 また、基本的には術者より能力レベルが上の存在は召喚が出来ない。

 もし出来たとしても、召喚対象は従わない事が殆どなのである。


 術者個人の資質により呼び出される存在に幅はある。

 だが、最も多いのは犬や猫などの低位な動物霊であろう。

 

 使い魔は主に人間の飼っていた愛玩動物の霊が降臨し、術者に従う事が多い。

 これらの動物霊は人間に慣れている事、もしくは死ぬ際に看取られ、幸せな死を迎えた事から性質が穏やかなのも大きい。

 この低位動物霊がだいたい8,9割方を占めるが残りの2割が問題なのだ。


 そして正体は不明だが、人間に使役される霊的存在に『アンノウン』と呼ばれる者達が居る。

 初級術者はアンノウンを呼び出し、身代わりの人形に取り憑かせて簡単な作業を頼むのが関の山。

 だが上級召喚術師ともなれば、古代魔法で造られたゴーレムに彼等を憑依させ、農作業や土木工事などにおいて、貴重な労働力として活用する事が出来るのだ。

 

 このアンノウンでは何人もの魔法学者が正体の解明に挑んだ。

 一説には滅びた巨人族の魂の残滓とも言われているが、定かではない。

 

 はっきりいえるのは、食事も睡眠も取らず人間の数十倍の力を発揮し、長時間働くゴーレムは戦力としては、ずば抜けた存在である事。

 そんなゴーレムを操る魔法使いは、各方面から引っ張りだこなのだ。


 召喚魔法の素質に長けた者は、上級の魔法召喚術を修め、更に高位の存在を呼び出すことが出来る。

 超が付く高難度ではあるが、大天使達を始めとし、様々な天使や4大精霊、魔人、魔獣、そして魔物を召喚する可能性のある召喚魔法。

 あらゆる魔法の中では奥義のひとつともいえる。

 ただ上級といっても殆どの魔法使いは、その実力から最高でも魔獣レベルを呼び出すに留まってはいる。


 この魔法が怖ろしいのは悪用も出来る事。

 大いなる負の存在、すなわち悪魔を呼び出し、規格外な悪の力を手に入れる事も可能なのだ。

 

 しかしその場合、大きなリスクも負うことになる。

 下手をすれば、悪魔に騙され、て魂を食われて殺されたり、禁断の所業である死霊術士へと堕ちてしまった者も多い。

 その為、悪魔を呼び出す行為は固く禁じられているが……


 さてさて、オレリーである。

 日々の生活にも困る彼女が逆立ちしても、お金が工面出来る当てはない。


「お~い、オレリー」


「はう!?」


 物思いにふけっていたところを、いきなり声をかけられ、飛び上がるオレリー。

 心臓がばくばくする。

 

 そのオレリーが恨めしげに見つめるその先には……

 やはりルウの笑顔があった。


「もう! ルウ先生ったら、吃驚するじゃないですか!」


「悪い、悪い。でも2時限目の授業、……終わっているぞ」


「えええっ!」


 次は……

 特別教室で魔道具研究の授業である。

 オレリーが慌てて周りを見ると、殆どの生徒達は特別教室へ移動していたのだ。


 私には、こんな時、声をかけてくれる友人もいない……


 オレリーの胸を一抹の寂しさがぎった。

 

 ううん、いつもの、いつもの事じゃない。

 頑張れ、私!


 そんなオレリーの寂しげな表情をルウは瞳の中に捉えている。

 オレリーは思わず、玻璃のようなルウの瞳へ吸い込まれそうになった。


「どうした? オレリー」


「い、いいえ!? せ、先生こそ……私に構うなんて、どうしたんですか?」


「いや、お前があまりにも深く考え事をしているから気になっていた」


 そう言うと、ルウは無邪気に笑った。

 子供のような笑顔に、オレリーもつられて笑う。


「何かあったら必ず相談しろよ。さあ次の授業がまもなく始まるぞ」


 笑顔のルウは、オレリーを特別教室に行くよう促したのである。


 数分後、オレリーが出て行った教室にいまだルウは残っていた。


「モーラル」


 どうやらオレリーが出て行った後……

 従士のモーラルを召喚していたようである。

 いつの間にか……

 シルバープラチナの髪を持つ美しい夢魔が、ルウのかたわらに跪いていた。


「モーラル。今日、あの子が下校したら暫く張り付いてくれ」


「かしこまりました」


 モーラルは、ルウの言葉に頷くと、また霊体化した。

 そして、煙のように消えたのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 午後2時45分、魔法女子学園……

 本日行われる授業が終了した。

 

 やはり『ペンタグラム』の事が気になり過ぎ、オレリーは以降の授業に身が全く入らなかった。


 貴重な授業時間を無駄にしてしまった。


 オレリーは自己嫌悪から肩を落とした。

 帰り支度をするとすぐ下校する。

 

 寄宿舎に帰る者、馬車が迎えに来る者、そういった級友達とは別に、オレリーは徒歩で王都市街の自宅へ戻る。

 

 オレリーが自宅へ向かう道を様々な人が行き交っていた。

 

 最近特に目立つのが冒険者達。

 噂では、フランシスカ校長代理がロドニアからの帰途、正体不明の魔物に襲われた。

 だが、事件がなかなか解明されない。

 なので王都騎士隊が冒険者を募り、事件の調査を依頼したらしい。


 フランシスカ校長代理には悪いけれど……

 騎士隊もひとつの事件ばかり、かかり切りになれないってわけね。

 王都騎士隊依頼の襲撃事件の調査か……

 凄く良いお金になるだろうなぁ……


 冒険者ギルドに委託された依頼を受けるには、登録しなければならない。

 だが、ギルドも騎士学校、魔法男子・女子の各学園などの学生は基本、登録を断る規定となっていた。

 その為、オレリーが冒険者になって、実入りのよさそうな依頼を受ける事はまず不可能であった。


 しかしオレリーは、日々の生活を支えるのとペンタグラムを買う両方の金を工面しなくてはならなかった。

 

 魔法女子学園も生徒の労働を禁じている。

 オレリーがこっそり働いているのが、もしもばれたら……

 厳しい処罰の対象になるのは間違いなかった。


 最悪の処分は退学。

 最低でも特待生の権利は剥奪される。

 その為、オレリーは働く職種に関しては細心の注意を払っていた。

 

 オレリーが考え抜いて選んだのは……

 居酒屋ビストロ厨房の洗い場である。

 

 ここならば、ホールの給仕担当と違い、客に顔を見られる事もない。

 また、その店の給仕担当の女子達は、年齢こそオレリーと同じだが……

 それなりの『華』があった。

 オレリーは自分が『地味』なのを充分承知していたのである。


 やがて、オレリーは帰宅した。

 オレリーの自宅は市民街の外れに位置している。

 スラムに近く、治安は良いとは言えない。

 だが、昔からの住民であるオレリー母娘は、周囲の住民達とは仲が良い。

 今迄、危険な目に遭遇した事はない。


 自宅の扉を開けたオレリー、開口一番。

 母へ帰宅を告げる。


「母さん、只今!」


「ゴホ……お、お帰り。オレリー、今日も学園は楽しかったかい?」


「え、ええ! 友達と楽しく・・・・・・勉強して来たわ」


「そりゃよかった。お前は明るい子だから、身分を問わず可愛がってくれるんだろうねぇ」


 母アネットは弱々しく微笑んだ。


 オレリーは冒険者の父と王都に流れて来た元旅芸人の母との間に生まれた。

 父がまだ生きているうちは幸せに暮らしていた。

 貧しいながらも、今よりは生活の心配をしないですんだ。


 しかし父がある依頼において命を落とすと、オレリー母子の暮らしは激変した。

 アネットは元々身体が弱い体質。

 あまり働けない事もあり、収入が殆ど皆無となった。

 

 それでも生活を支える為と、無理して働いた結果、過労が元で病気にかかってしまった。

 だがオレリー達には医者にかかるどころか、薬を買う金も無い。


 母の苦し気な様子を見て、オレリーは小さな溜息をついた。

 お金の事を話して母を心配させたくない……

 かといって自分が身体を売るなど論外だ。

 こんなに魅力の無い痩せこけた自分など買う男などはいないだろう。

 オレリーは母に気付かれないよう、微かに笑った。


 つらつらそんな事を考えていると……

 どっと疲れが襲って来た。

 だが、今日も職場である居酒屋へ行かねばならない。

 

 オレリーはうんざりした表情で何気に棚を見た。

 と、そこには……

 母が昔、使っていた芸人用のマスクが無造作に置いてあった。

 マスクを見ていたオレリーの脳裏に何かが閃く。


 そ、そうだ!

 そうしよう!


 オレリーは今、自分が思いついた事を実行に移そうと、固く心に決めたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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