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第818話 「幕間 ジゼルとシモーヌ」

 怒りに燃えたシモーヌが腕組みをしながら仁王立ちしていたのを見て、仰天したのは何もアンナだけではない。

 先程の話は全て聞かれていた?

 となると、寮住まいのエステルとルイーズにはもう完全に『逃げ場』が無いのである。


「うわあっ! シモーヌ先輩御免なさいっ!」


「御免なさいっ!」


「御免なさいっ!」


 アンナ達3人は代わる代わる謝った。

 何せ魔法女子学園の中でも有名な『鬼女子』を完全に怒らせてしまったのだ。


 とんでもない事を噂してしまった!

 後悔の念がアンナ達には浮かんでいた。


 しかし怖ろしい怒りの波動は相変わらず伝わって来る。

 シモーヌの口角がすっと上がった。


「ふふふ、皆、そんなに私の事が知りたいならこれからじっくりと話そうか」


「ひいっつ」

「ひゃああ」

「誰か、助けてぇ」


 怯えるアンナ達。


 その時であった。

 ポンと軽くシモーヌの右肩が叩かれたのだ。

 そしてシモーヌがとても聞き覚えのある声が『制止』を囁いたのである。


「まあまあまあ」


「おお! お前は!」


 吃驚したシモーヌはすっかり機嫌が直ってしまった。

 何故ならば声の主はシモーヌの一番の親友だったのだから。


「そう私さ、シモーヌ」


 以前のジゼルだったらシモーヌと一緒に激高していただろう。

 他人の私事をネタにして盛り上がるなど、決して許せなかったのだ。


 しかしシモーヌの目の前に立っているジゼルはにこにこしている。

 屈託の無いジゼルの笑顔を見て、シモーヌもクールダウンして行った。


「おお、ジゼル! そうだ! ぜひ、お前と話したいと思っていたのだ」


「そうか、私もだ。じゃあ昼食をテイクアウトしてお前の部屋で一緒に食べよう」


「そうだな、そうしよう。さて何を食べようかな」


 シモーヌの機嫌は完全に直ったようだ。

 視線が食堂のテイクアウトコーナーの方へ注がれる。

 アンナ達はホッとした。

 危機は……去ったのだ。


 ジゼルはアンナ達へ向き直った。

 アンナ達は『救世主』であるジゼルへ深々と頭を下げる

 ジゼルはアンナ達へ応えるように悪戯っぽく笑い、片目を瞑ると、手を軽く振ったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ヴァレンタイン魔法女子学園学生寮シモーヌの個室……

 ジゼルとシモーヌは向き合って座っている。

 2人の目の前には学生食堂から持ち帰って来た昼食が並んでいた。


「誰が鬼女子だ、まったく! ジゼルじゃああるまいし」


 シモーヌが軽口を叩く。

 今度はジゼルが軽く睨むと拳を振り上げる。


「何だと!」


 しかしシモーヌは意に介した様子もなく、ジゼルに同意を求める。


「鋼鉄の女ジゼル、冷酷女王ジゼル、いくつもの顔を持つお前に鬼女子くらい加わっても、なんと言う事はなかろう」


 酷い名称の数々をシモーヌは笑いながら言う。

 ジゼルは大袈裟に肩をすくめる。


「何が鋼鉄に冷酷女王だ。鬼女子のお前が今、この場で適当に作った渾名あだなだろうが」


「うふふ、ばれたか」


「うふふじゃない。笑い方まで変わったじゃないか」


「うふふ、まあな」


 親友の変貌の原因は分かっている。

 いくつかあるが、最大の原因はアンナ達が噂していた通りの事に違いない。


 ジゼルはここ暫く忙しかったので、シモーヌとはゆっくりと話していない。


「ははは、まあ行儀は悪いが、食べながら話さないか。食後は……これだ」


「あ、ハーブティか! それ大好物なんだ、お前のウチで飲んだものだろう? 同じ香りだ」


「さすがだな。旦那様か、犬並みの嗅覚だ」


「ルウ先生が犬並みの嗅覚? それは大袈裟だろう?」


「大袈裟じゃないんだ、これが!」


「ええっ、聞かせてくれ、それ」


 ジゼルとシモーヌの会話がまた盛り上がる。

 2人はにっこりと笑い合うと、昼食を摂り始めたのであった。


 ――30分後


 ジゼルとシモーヌはハーブティーを飲み、寛いでいた。

 まずシモーヌが口を開く。


「改めて礼を言う。先日お前の両親というか、お父様とお母様にお会いした。そして婚約が内定した。ええと、おふたりからは……ジェローム様を頼むと言われてしまった! ど、どうしよう?」


 当時の記憶が甦ったシモーヌは幼い女の子のように慌てた。

 いつものシモーヌからすると信じられない姿である。


 ジゼルはとりあえず妹として接する事にした。


「どうしようもこうしようもない。妻として兄上を宜しく頼むぞ、姉上」


「あ、姉上ぇ!?」


 ジゼルに姉上と呼ばれたシモーヌは狼狽する。

 しかしジゼルは笑顔で首を縦に振った。


「そうさ、私の兄上の妻だから姉上。至極当然の事だ」


「あううううう」


「どうした?」


「頼む! 姉上はやめてくれないか? 私は確かにジェローム様の妻だ、が、しかしジゼル、お前とは一生涯の友だと思っている。これからも名を呼び捨てで呼んで欲しい」 


 呼ばれる事を覚悟していた筈なのに……

 ジゼルに『姉』と呼ばれたシモーヌには違和感しかなかったのだ。


「……ははは、分かった。これからもシモーヌと呼ぼう。但し、公的な場では割り切ってくれよ」


「ああ、わ、分かったよ」


「これからも宜しく、シモーヌ」


「こ、こちらこそ、ジゼル」


 シモーヌとジゼルは改めてがっちりと握手をしたのである。

 こうなると2人の会話は妻として先輩であるジゼルが主導権を取った。


 妻としての心得を話すジゼルであったが、シモーヌは違うと感じていた。

 ジゼルの実家であるカルパンティエ公爵家はブランデルの家とは全く違うからだ。

 使用人が居ながらも、自分の事は自分でやるという清々しさに満ちているブランデル家と比べれば旧態依然とした感は否めない。

 いや寧ろそれがごく一般的な貴族の家風と暮らし方といえるだろう。


 シモーヌは今迄は、そのような暮らし方が貴族として当たり前だと思って来た。

 しかし以前ルウの家でジゼル達と暮らしてみて考え方が全く変わった。

 ブランデル家は特別過ぎるかもしれないが、使用人までもが家族のようにこころを開き、信頼し合いながら、暮らしている。

 そして個人が自由でありながら、義務と責任はしっかり全うしようとする。

 シモーヌはそんなブランデル家の雰囲気が大好きになっていたのだ。


 もしジェロームの妻としてカルパンティエ家に入ったら家風を変えたい!

 そう思っている。

 難しい事は重々承知の上ではあるが。


 ジゼルはすぐにシモーヌの意図を見抜いた。


「シモーヌ、お前の考えている事は分かる。長い付き合いだからな。カルパンティエの家がそれを受け入れてくれるかは分からないが……少なくとも私は協力しよう」


「あ、ありがとう」


 感極まって涙ぐむシモーヌをジゼルは少しいじりたくなった。


「何のお安い御用さ、姉上」


「ああっ、姉上は禁止の筈だろう」


 シモーヌは拳骨を振る真似をするが、顔は笑っている。

 家族であり、親友か……


 シモーヌは改めてジゼルの顔を見た。

 そして「ありがとう」と、小さく呟いたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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