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第816話 「待ち望んでいた授業②」

 笑顔が変わらないルウではあるが、口調は厳しくびしっと言い放つ。

 今迄とは違って完全に教師の顔になっている。

 片やクロティルドもすっかり受け入れ、生徒としてルウを見詰めていた。


「了解! じゃあ俺のいつものやり方でやらせて貰う。まずは呼吸法だ、時間が限られているから俺が手本を示して導こう、クロティルドは着いて来てくれ」


「ええ、宜しくお願いします、先生」


「じゃあまずは魔法女子学園の教科書『魔法学Ⅰ』の通りにやろうか?」


「は~い」


 クロティルドは魔法女子学園の1年生が行う通りの呼吸法を開始した。

 いちいち記憶を呼び覚まさなくとも、クロティルドが魔法使いの道に入ってから、もうずっと自分で合っていると考え、続けているやり方だ。

 息を吐く呼気を連続で4回行い、止気する。

 その次は息を吸う吸気を連続で4回行い止気する。


 繰り返すと魔力が徐々に高まって来る。


 呼吸法に関して回数や呼吸の間隔など厳密な法則は無いから、各自が自分に最も適していると思うやり方を続ける事が多いのが、クロティルドはこのシンプルな方法が自分に1番 適していると感じていたのだ。


 クロティルドは暫し呼吸法を行った後に、ルウに問う。


「こんなものかしら?」


 ルウは大きく頷いた。

 しかしそれも束の間、新たな呼吸法を試して欲しいと切り出して来たのである。


「ああ、準備運動としてはな。今日はもうひとつ違う方法もやって貰おう。以前フランにも挑戦して貰った」


 ルウはそう言いながら懐かしく思う。

 その頃よりもより深く、フランとはもうお互いに魂で固く結ばれた間柄なのだから。


 クロティルドは天才とも言われたフランが挑戦した事の方が意外だったらしい。 


「へぇ! フランシスカ先生が」


「そうさ。これからやって貰うのは調息という呼吸法だ」


 クロティルドにとっては聞き慣れない呼吸法である。

 しかし今のクロティルドはやる気満々であり、比例して好奇心も旺盛だ。


「調息? 調息って何ですか、ルウ先生」


「ああ、調息は元々は閉気とも言う異国の呼吸法だ。俺に魔法を教えてくれたアールヴ族が自分達で修行する為に取り入れ、更に応用したものだ。本当は夜にやらないと効力は無いとか言われていたらしいけど、アールヴがやる分には全く問題は無かったよ」


 調息と聞いたクロティルドはというと、やはりあの時のフラン同様戸惑っている。

 ルウは穏やかに微笑むと優しくレクチャーして行く。


「大丈夫さ、そんなに難しくないから。じゃあ早速やろう、まず自分の両手を軽く握って鼻からゆっくりと息を吸ってくれ」


「こ、こう?」


 クロティルドは両手を軽く握って大きく息を吸い込んだようだ。


「これで大気がクロティルドの胸に留まった。息を止めて心臓が120回鳴るまで胸に留めた精霊のイメージを思い浮かべるんだ。その後、とてもゆっくりと息を吐く」


「ええっ!? 120回なんて無理だわ、苦しいもの」


 クロティルドはルウの言葉を聞いて思わず叫んだ。

 フランと全く同じリアクションである。

 ルウの顔が自然にほころぶ。


「最初は無理でも少しずつやってみよう。120回はあくまで目安だ。必ずそうでなくても良い。苦しくなったら呼気してくれ」


 クロティルドは黙って頷くと調息を始めたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 呼吸法を終えたクロティルドをルウが見守っている。


「はあっ、はあっ、結構苦しいわ、これ。……でも」


「でも?」


「あ、ふうう……身体が凄く軽いし、気分も爽快なの」


 クロティルドの息はあがっていたが、表情は晴々している。


「ははっ、調息はクロティルドに結構合っているかもしれないな。ここで大事なのは少しずつでも毎日継続する事だ。継続は力なりって言うだろう」


「ええ、確かに! うふふ」


「呼吸法は他にもいくつもやり方がある。試してみても良いかもしれない。合わないと思ったら止めて元のやり方に戻せば良い」


「そうか! 気軽に考えれば良いのね」


 慣れたやり方を変えるのは勇気がいる。

 しかし合わなければまた元に戻せば良い。

 決してとんでもなく大層なものではない。

 ルウはそう言いたかったのだ。


「その通り! じゃあ次は付呪魔法の魔法式を魔力を込めずに詠唱してくれないか」


「魔力を込めずに? はい、分かったわ、ルウ先生! 折角魔力を高めたのに勿体無いけど指示通りに詠唱します」


 クロティルドは軽く息を吸い込むと、張りのある声で魔法式を詠唱する。


「天に御座します偉大なる4使徒よ! 癒す者、告げる者、裁く者、そして戦い導く者、全ての力を合わせ、聖なる付呪の力を我に与えたまえ! マルクト・ビナー・ゲプラー!」


 詠唱が終わったクロティルドは「ふう」と息を吐いた。


「どう……かしら? 最後に付呪したい属性の使徒様にお願いするのよね」


「ああ、そうだな……」


 ルウの答えは何となく曖昧だ。


 何か含みがある!

 クロティルドにはピンと来た。


「どうしたの?」


「ああ、以前にも経験した事があるが……このヴァレンタイン魔法女子学園で教授する魔法式には肝心の言葉が抜けているものが見受けられるんだ」


「ええっ? 肝心の言葉? 魔法式が不完全だと言うのですか?」


 クロティルドは驚いた。

 偉大な先人達が心血注いで創作した魔法式は絶対だという思い込みがあったからだ。


「そうさ。魔法式が不完全だと効果が一定しない」


「じゃあルウ先生はこの魔法式の不足している言葉が……」


「ああ、分かる。この魔法式に不足している言葉は……」


「言葉は?」


「4人の使徒が居る方角と彼等を現すイメージカラーさ」


「方角とイメージカラー?」


 確かに4人の使徒には決まった位置と色がある。

 しかし魔法式に当て込まないといけないと何故分かるのだろう?


 クロティルドが暫し考えていると、ルウから声が掛かる。


「じゃあ今度は俺が魔法式を詠唱しよう」


「お願いします、先生!」


 クロティルドはすぐにOKした。

 まずはルウの魔法式詠唱を見て聞かなければ!

 今は深く考えない方が良いとクロティルドは思ったのである。


「了解!」


 クロティルドの返事を聞いたルウはすぐにOKした。

 すかさず魔法式の詠唱を行う。


「天に御座します偉大なる4使徒よ! 東に在りて黄を纏う癒す者、西に在りて青を纏う告げる者、北に在りて緑を纏う裁く者、そして南に在りて赤を纏う導く者、全ての力を合わせ、聖なる付呪の力を我に与えたまえ! マルクト・ビナー・ゲプラー!」


 クロティルドは感嘆してしまう。

 確かにルウの言う通り、使徒に関係ある言葉が抜けている。

 

 そして言葉の抜けだけではない。

 比べれば分かる。

 クロティルドが唱えた魔法式とは全然『重み』が違うのだ。


「はぁ! 全然比べ物になりませんね……ショックです」


 今迄に不完全な魔法式で十年以上も訓練を続けて来たと思うと、クロティルドはがっかりして溜息を吐いた。


 しかしルウは悪戯っぽく笑う。


「ははっ、ちょっとな」


 少々回り道をしたが、これからだ!

 ルウの笑顔は優しい励ましに満ちている。


「うふふ、ちょっとですよね。 少し練習させて下さいっ!」


 クロティルドも負けずに軽口で返した。

 また気分が明るくなって来る。


 それから……

 クロティルドはルウが教えてくれた魔法式を何回も繰り返した。

 それこそ魔法を覚えたての女子学生のように……


 時間が飛ぶように過ぎて行く。


 クロティルドがもう1回と魔法式を詠唱しようとした時であった。


「クロティルド先生」


「え?」


「もうそろそろ時間だ」


「あら!」


 研究室に置かれた魔導時計はもう午後3時を過ぎていた。

 2人はまるまる3時間も『授業』に没頭していたのである。


「ルウ先生……本当に楽しかったわ、どうもありがとう!」


 クロティルドは頭を下げて嬉しそうに礼を言う。


「こちらこそ! ところでクロティルド先生……」


「え?」


「今日の記念に何か付呪してあげようと思うが……どうする?」


 思い掛けないルウの提案。

 クロティルドの胸は高鳴った。


「えええっ!? ど、どうしよう……じゃ、じゃあこの指輪が良いわ、母の形見なの」


 クロティルドが右手の薬指にはめていた指輪を外してルウへ差し出した。

 ルウが見るとミスリル製の古い指輪だが、特に付呪魔法は付与されていないようだ。


「良いのかな、俺がそんな大事なものに付呪して」


「ええ、ぜひお願いするわ 効果はルウ先生にお任せします」


「よっし、任せろ……じゃあ……クロティルドの魂と身体へ優しい癒しを与えてくれるようにしよう」


 ルウは目の前の机の上にクロティルドの指輪を置くと、軽く息を吸い込んだ。

 神速の呼吸法で魔力があっと言う間に高まって行く。


「天に御座します偉大なる4使徒よ! 東に在りて黄を纏う癒す者、西に在りて青を纏う告げる者、北に在りて緑を纏う裁く者、そして南に在りて赤を纏う導く者、全ての力を合わせ、聖なる付呪の力を我に与えたまえ! マルクト・ビナー・ゲプラー・ラーファエル!」


「すすす、凄いっ!」


 正確無比な韻律によって朗々と詠唱されるルウの魔法式……

 クロティルドは感動して立ち尽くしている。


 ルウの付呪魔法は指輪にだけではなく、クロティルドの魂と身体にも同時に癒しを与えていたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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