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第814話 「クロティルドの懺悔」

 ひとりの女性が手を合わせて跪いている。


「私は罪を犯してしまいました」


 声が僅かに掠れていた。

 どうやら懺悔をしているようだ。

 しかし女性が居る部屋は教会の懺悔室や神殿の祭壇前ではなかった。

 単なる普通の部屋である。

 女性の懺悔は、なおも続いていた。


「私は全ての生徒に対して公平であるべきでした。しかしかつて自分が仕えていた高貴な方の令嬢という事実についひるんでしまい、その為に特定の生徒へ肩入れしてしまったのです」


 女性はそう言うと大きく溜息を吐く。

 

 小柄で華奢な女性である。

 身長は150cmを少し超えるくらいだろうか。

 栗毛のショートカットで鳶色の目が栗鼠のようで愛くるしい顔立ちだ。

 年齢は20代後半くらいか……


 跪いている女性はヴァレンタイン魔法女子学園2年A組担任教師クロティルド・ボードリエであった。


「私は今の自分が嫌になりました。変わりたい……しかしどうすれば変われるか、わからないのよ! ……い、いえ、……です」


 つい普通に愚痴を吐き、慌てて語尾を言い直すクロティルドは「しまった!」という表情をした。

 傍らに居た痩身の男がゆっくりと首を横に振る。

 痩身の男はルウであった。

 苦笑いするクロティルドへ、ルウが穏やかに微笑み掛ける。


「ははっ、クロティルド先生。俺は司祭じゃない、わざわざ言葉遣いを直さなくても良いんじゃないか」


「本当に……良いのかしら」


「ああ、OKだ。先生の思った通りの言葉で言えば良いさ」


 クロティルドの顔に安堵の色が見える。

 ルウに時間を作って貰って本当に良かったと考えているのが、はっきり分かる表情であった。


 昨日の事……


 アドリーヌの講演が終了し、会場の屋外闘技場は割れんばかりの拍手に包まれた。

クロティルドは感慨深かった。

 新人教師として赴任して来た頃のアドリーヌは、彼女が言う通り拙いという言葉がぴったりの勤務振りであったからだ。


 当時、クロティルドは良く感じたものである。


 何故、理事長のアデライドはこんな教師に適性の無い子を採用したのだろうと。

 確かに性格は真面目で素直である。

 しかし気が小さくあがり症で不器用なのだ。

 教育実習の頃より、完全に生徒から舐められており、教師には到底不向きだと思っていたのに。


 だが、予想に反してアドリーヌの成長は目覚しいものがある。

 クロティルドより年齢が近いせいか、担任の自分より副担任のアドリーヌの方へ生徒達は良く話し掛けているのだ。

 最初は「微妙だ」と笑われていたアドリーヌのアドバイスも最近は的確で素晴らしいという評判らしい。

 そして昨日の堂々としたスピーチ。


 最近までずっとある事で悩んでいたクロティルドは完全に止めを刺されてしまった感がある。

 クロティルドが悩んでいた事とは……

 それは魔法女子学園の生徒である枢機卿の孫娘ステファニーに原因があった。

 ある日、ステファニーは自分の意に沿わない生徒が居ると告げて来た。

 そしてクロティルドの受け持つ魔法防御術のクラス入室を断わるように申し入れて来たのだ。

 ※第487話~第489話参照


 聞けば断わる理由は理不尽極まりないし、いかに祖父や父が創世神教会の重鎮だとしても学園の一生徒に過ぎないステファニーに教師のような権限は無い。


 しかし、クロティルドは元神官という出自から後難を恐れ、ステファニーの言を受け入れてしまったのだ。


 やがて入室希望の生徒2年C組のモニク・アゼマが、副担任のルウと一緒にクロティルドの研究室を訪れた。

 ステファニーはモニクへ対して持論を展開した。

 そして自分が所属するクロティルドが担当する魔法防御術のクラスへの入室を拒んだのである。

 ステファニーが得意そうに話すのをクロティルドはバツが悪そうに聞くしかなかった。


 その瞬間であった。

 驚くべき事が起きたのだ。

 何と、ルウがステファニーを抱えると尻を打ったのである。


 ぱん! ぱん! ぱん!


 研究室内に鳴り響く音を聞きながら、クロティルドは呆然としていた。

 目の前の事は現実なのか?

 そう思った。


 しかしルウは怒り泣くステファニーを巧みになだめると、彼女のした越権行為を叱り、反省させてしまったのである。

 ステファニーが素直に反省してルウに従うのを、クロティルドは後悔の念で一杯になりながら眺めていた。


 それ以来……

 ステファニーは全てにおいて変わってしまったのである。


 家訓であると防御魔法しか受け入れなかったのを、様々な魔法を進んで学ぶようになったのだ。

 我儘な性格が一切影を潜め、他人を思いやるようになった。

 新たな親しい友人も出来た。

 それも自分のクラスのマノンとポレットである。

 この両名も高慢で我儘な性格からクロティルドが手を焼いた生徒であった。

 しかし、最近はクロティルドの指示を素直に守り、学ぶ事に積極的だ。

 何気に聞くと、ルウのアドバイスを貰い反省したという。


 私のクラスの生徒指導まで?

 ルウ先生が?


 ただでさえ長いものに巻かれて嫌気が差していたところに、またルウが自分が教師としてやるべき事を代わりにやってしまった。

 様々な思いがクロティルドの中で混在し、彼女の魂にダメージを与えていたのだ。


 昨日もアドリーヌの講演を聴いて、落ち込んで帰ろうとした時にルウから声が掛かったのである。


「クロティルド先生、長らく放置して済まなかった」


「放置?」


「ああ、魔法の手解きをする約束をしていたよな。いきなりだけど明日の午後はどうだい? お昼以降、俺は時間が作れるが」


 ああ……とクロティルドは記憶を呼び覚ました。

 ※第378話参照


 ある日、担当する魔法防御術B組の授業にルウが現れたのだ。

 ルウはクロティルドの授業を見て「勉強」したいと頼んで来たのである。

 クロティルドはルウの素晴らしい才能を認めていたので、何を今更と思ったが思いつきをして、希望を受け入れた。

 思いつきとは、ルウの魔法の手解き……であった。


「私も午後は授業がなくて空き……だけど」


「じゃあ俺の研究室で一緒に飯を食ってから、やらないか。どうだい?」


「ええ……良いわよ。フランシスカ先生やリーリャさんは大丈夫なの? 貴方の研究室で私と2人きりよ」


「大丈夫! 伝えてあるから」


 ルウは屈託のない笑顔でそう返し、翌日の約束をしたのである。


 そして……翌日、クロティルドはルウの研究室を訪ねたのだ。

 ルウは学食からテイクアウトした食事とハーブティを用意して待っていた。


 2人は昼ご飯を食べながら、当たり障りのない話から始まり遂には魔法の話で盛り上がる。

 クロティルドは納得していた。

 ルウに対して何故皆がこころを開き、親しくなるのかを。

 彼と話していると何故か、取り繕わず素の自分でいられるのだ。

 いつの間にかクロティルドは自分の悩みを話していた。

 するとルウは驚くべき反応を見せた。

 何とクロティルドへ深々と頭を下げて謝罪したのである。


「申し訳なかった、クロティルド先生。ステファニーの指導は先生の領分なのに余計な事をしてしまった」


「どうして!? 助かったわ」


「俺のせいでクロティルド先生を悩ませ、苦しめてしまったから」


「そんな! ルウ先生がステファニーさんを叱ってくれなかったら今のステファニーさんはなかったわ」


「そうか……そう言って貰えたら助かる」


 クロティルドはバツが悪そうに頭を掻くルウを見て、だんだん気持ちが晴れて来た。


「今のはルウ先生の懺悔……かしら」


「おお、確かに懺悔だな」


「私も懺悔するわ。……すっきりしてアドリーヌ先生やステファニーさんみたいに変わりたいもの。ルウ先生、付き合ってくれるかしら。 司祭役をお願い出来る?」


「ははっ、任せろ」


 クロティルドの笑顔を見たルウは、大きく頷いた。


 クロティルドは確信している。

 今日、自分の気持ちにしっかり向き合えば、私は新たな一歩を踏み出せる、と。


 悩める女教師は跪くと、落ち着いた声で『懺悔』を始めたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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