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第812話 「オールドガールズイベント⑥」

「さて私の経歴はこれくらいにして、神務省についてと、現在の私の仕事について説明します」


 そう言うとシュザンヌは優しく微笑む。

 相変わらず女性でも引きこまれてしまいそうな素敵な笑顔だ。


「まずはヴァレンタイン王国神務省とはどのような役所なのかという事からお話しますね。

 神務省とは簡単にいえば創世神様に関わる全ての事案を扱う役所です。役所ですが、王家と共に支持支援をする巨大な母体があります。創世神教会です。

 創世神教会の長は枢機卿様です。

 その為、神務省大臣も必然的に枢機卿様が兼務する事になります。

 その下に各省同様事務次官が居て、更に各セクションに分かれています。

 次に私の仕事についてです。

 所属は騎士隊を専任で治癒する部署です。

 他に教会関係者や一般の方向けの治癒を行う部署など様々な部署がありますね」


 神務省の組織に関してはほぼ誰もが知っている。

 ヴァレンタイン王国の中で王家の支配を直接受けない組織が創世神教会であり、神務省なのだ。


「私は今年入省の新人ですが、既に実戦にどんどん投入されています。人使いは荒いです」


 シュザンヌが苦笑いすると、会場の生徒達も釣られて笑う。


「大学3年生の時には既に入省の打診が来ていました。私は大学と相談した上で、仮入省という形で打診を受け、大学4年生には実質的に神務省の治癒士として働いていました」


 魔法使いが生きる世界とは格差社会でもある。

 素質がある者と無い者の扱いの差が如実に現れるものだ。

 シュザンヌの場合も治癒士として優秀な素質ありと、早めに神務省からチェックをされていたのだろう。

 そのような場合には魔法の成績も常に確認され、頃合と見た時点で声が掛かる。

 早めに人材を確保する為であり、もし他省に入られたり冒険者になってしまったりすると人事担当者は大目玉を喰らうと言われているのだ。


「私に神務省から初めて声が掛かった時は天にも昇る気持ちでした。これで憧れの治癒士になれる! 純粋に喜びしかありませんでした」


 ステファニーが「うんうん」と大きく頷いている。

 はたから見ると首が痛くなるのでは、と心配してしまうくらいだ。


「でも……それがいかに幻想かと思い知らされたのは研修が終わって最初に現場に出た時でした」


 幻想!?

 頷いていたステファニーの動きが止まり、今度は大きく目が見開かれた。

 声が出そうになるのを防ぐ為に、手で口を必死に押さえている。


「治癒士に対して憧れだけでなりたいと思っているそこの貴女!」


 シュザンヌは悪戯っぽく笑うと、ステファニーを見た。

 びくっとしたステファニーは思わず俯いてしまう。


「治癒士は生半可な気持ちではなれない職業ですよ」


 憧れ?

 違う!

 私は断じて違う!

 憧れだけで治癒士になりたいのではない。

 ま、負けるものか!


 ステファニーは顔を上げ、挑むような眼差しでシュザンヌを見詰めた。

 シュザンヌも笑顔のまま、小さく頷いてステファニーの気合を受け止めた。


「皆さんはまだピンと来ないようですから、少し詳しくお話します。私は騎士隊専任の治癒士です。戦いが無い時は創世神教会で騎士様相手に治癒を行っています。清潔にした綺麗な教会で法衣を着て魔法を使って怪我や病気を治す……世間一般の治癒士のイメージはほぼこちらでしょう。


 しかし戦場での治療は違います。

 雨風をしのげる建物が確保出来ればまだしも、いつ魔物の攻撃があるやも知れぬ野外では大型テントを設営し、粗末な簡易ベッドに寝かされた大勢の怪我人を治癒するのです。

 魔法使いである皆さんには分かるとは思いますが、治癒魔法発動中は無防備です。

 私が聞いた話では治癒中に襲われ、殺されてしまった治癒士もたくさん居るとの事です」


 へ!?

 治癒中に……魔物に襲われる?

 私達、治癒士は治癒に専念し、魔物からは騎士様が守ってくれるのではないの?


 ステファニーは真っ青になっている。

 祖父や父から聞いた話とは……全く違うのだ。


「戦場では何が起こるか、予測不可能なのです。生と死の狭間ともいえる戦場では呆気なく人が死にます。そして怪我人は死者よりもっとたくさん出ます。想像して下さい、ずらりと並んだ簡易ベッドから苦しい、殺してくれとか呻き声がずっと止まらない様を……」


 シュザンヌの話は衝撃的であった。

 ステファニーだけではなく、教師や生徒は殆ど、血の気をなくしている。

 現実として受け止めているのは戦いを経験した一部の者のみであった。


「え? これは現実なの? 私は最初、信じられず……やがて起こっている事態を把握するとすぐに逃げ出したくなりました。これって人間としては当たり前の感情だと思いますよね」


 逃げる?

 治癒士が逃げては駄目!

 でも……


 ステファニーは思考が着いて行っていない。

 意味の無い自問自答を繰り返していた。


「その上、いつも相手の命を助けられるとは限りません。全力を尽くしても駄目だった時は大体、遺族の方から罵倒されます……貴女みたいな未熟者が何故命を預かる治癒士をやっているのかと……


 罵倒されて最初はショックでした。

 私が未熟なせいで助かる命も助からなかった。

 最後には私が死にたくなりました」


 屋外闘技場はしんと静まり返っている。


 だがステファニーの口元から、かちかちと小さく音が出ていた。

 あまりのショックに歯の根が合わないのだ。


「でも私は決してくじけませんでした。何故でしょうか……罵倒する方と同時に感謝してくれる方も必ずいらっしゃるからです。ありがとう、君のお陰で家族の下に帰る事が出来る……重傷を負った騎士様から手を握られてこう言われた時、私は思いました、報われたのだと……その言葉と優しい気持ちが私のやりがいとなり治癒士を続ける事が出来た理由です」


 感謝される……

 そして、報……われる。

 だから治癒士を続けられた。


 ステファニーの小さな胸に、シュザンヌの言葉が次々としみて来る。


「その騎士様……すっかりお元気になられて先日神務省へ、奥様と赤ちゃんの3人でご一緒にいらっしゃいました。私へお礼と報告があると……何だったと思います? 生まれた女のお子様に名前を付けたのですって……シュザンヌと!


 私は……逆にありがとうございますと、お礼を申し上げていました。

 勇気を与えて頂き、感謝致しますと。

 ……騎士様ご家族の笑顔を拝見して、昔見た治癒士達の誇りに満ちた表情の理由わけが分かりました。

 あの時、先生が教えてくれた事が改めて良く分かったのです。


 私は……これからもずっと治癒士を続けて行こうと思います、絶対に!


 ……以上で私の話はお終いです。

 ご静聴ありがとうございました」


 シュザンヌはぺこりと頭を下げた。

 講演が終わっても、屋外闘技場はしんとしたままであった。


 いきなり誰かが立ち上がると大きな声で叫ぶ。

 立ち上がったのはルウであった。


「ステファニー!」


 ルウから名を呼ばれたステファニーはばね仕掛けの人形のように勢いよく立ち上がる。


「は、はい!」


 何故、ルウに呼ばれたか?

 ステファニーにはやるべき事がある筈なのだ。

 それは……


「はいっ!」


 ステファニーは大きく息を吸い込むと、思い切り声を張り上げる。


「シュザンヌ先輩、ありがとうございましたっ!」


「ありがとうございましたっ!」

「ありがとうございましたっ!」


 ステファニーの声に触発されるようにあちこちから生徒のお礼の声があがる。

 そして全員が大きく拍手をして壇上のシュザンヌを称えたのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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