第811話 「オールドガールズイベント⑤」
イザベルの講演から小休憩を挟んで午後2時になった……
魔法女子学園屋外闘技場ではネリー、イザベルに続いて3人目の職業別講演と質疑応答が行われようとしていた。
背中まで伸ばした金髪と綺麗な碧眼が特徴の女性が壇上に居る。
身長は170cm近くあるだろうか、背筋がピンと伸びていて姿勢が良い。
「私はシュザンヌ・オリオル。ヴァレンタイン王国神務省勤務の魔法使い、いわゆる治癒士です……」
治癒士という職業にもし癒し系のイメージがあるとすれば、シュザンヌはぴったりといえる風貌だ。
一見して清楚、そして笑うと目が少し垂れ気味になる。
シュザンヌと話すどころか、彼女の姿と笑顔を見るだけで誰もが癒されると言うに違いない。
ヴァレンタイン魔法女子学園の生徒達の中で、治癒士という職業を目指す者は魔法鑑定士のような絶対数は出ないが毎年必ず居る。
その中でも象徴ともいえるのがブレヴァル家を始めとした、防御魔法を得意とする貴族家達である。
「シュザンヌ先輩!!!」
いきなり立ち上がって拳を突き上げる生徒がひとり。
魔法女子学園ナンバーワンともいえる防御魔法マニア、いわずと知れたステファニー・ブレヴァルである。
一般的に講演中の私語は厳禁だ。
優等生で常識人であるステファニーが知らないわけがない。
その冷静なステファニーが何故?
周囲の生徒達は驚きの表情だ。
当然分かってはいる、分かっていた筈なのに……
ステファニーは現役の治癒士を前にして思わず気持ちが高ぶってしまったのだ。
案の定ぴしりと注意の声が掛かった。
教頭のケルトゥリである。
「ステファニーさん、速やかに着席してください」
「は、はい! も、申し訳ありません」
我に返ったステファニーは深々と頭を下げると脱力したように着席した。
何故、私はこのようなとんでもない事をしてしまったのであろうか?と自問自答しているに違いない。
その瞬間であった。
「シュザンヌ! 熱くなって、つい規則を忘れてしまうくらい、お前の話を聞きたいという生徒が居る。今日は頼むぞ」
教師達が居る一画から大声が響き、会場の全員が誰が発したかと視線を投げ掛ける。
しかし、シュザンヌは誰の声か分かっていたようだ。
すかさず返事をしたのである。
「はい! ルウ先生」
まさか、シュザンヌまでが私語を発するとは……
ケルトゥリは何か言おうとしたが、すぐにルウと応えるシュザンヌの意図が理解出来た。
その為か苦笑すると、結局何も言葉を発する事はなかった。
ルウの意図を理解したのはケルトゥリだけではない。
当のステファニーは一瞬呆気に取られたが、こちらもすぐにルウの意図を理解してとても嬉しくなってしまったのである。
それは、かつてマノンが自分のフォローをして貰った時と全く同じであった。
様々な人の気持ちが交錯する中、シュザンヌの講演が始まった。
「私はこのヴァレンタイン魔法女子学園で防御魔法の基礎を学びました。しかし最初は防御魔法を……特に治癒魔法を自分の主たる仕事にしようとは全く思っていませんでした」
シュザンヌの言葉を聞いた生徒達がどよめいた。
特に将来を防御魔法で身を立てて行こうとする生徒達に違いない。
しかしシュザンヌもさすがである。
場が緊張したと見るや、笑顔で口を尖らせたのだ。
「その頃の話をあまりはっきり言うと私の年齢がばれてしまうので言いたくありませんが……」
緊張した会場から笑いが起き、雰囲気が和む。
「最初は何? この地味な魔法は? そう思いました」
地味!?
勢い込んで聞いていたステファニーが呆気に取られている。
ステファニーは祖父に連れられて、神務省に行った事がある。
祖父と父がステファニーの将来を考えて、神務省所属の治癒士と放す機会を作ってくれたのだ。
話した中には魔法女子学園のオールドガールズが多かった。
たまたまシュザンヌも居たが、今日のシュザンヌはあの時と違っていた。
にこやかで親しみ易いが、とても真面目な治癒士……
その時シュザンヌに持ったのはそのような印象であった。
ステファニーがそんな思いを巡らせる中で、シュザンヌの話は続いている。
「だって……皆さんもそうでしょう? 今はどうか知りませんが、私が魔法女子学園で勉強していた時は攻撃魔法が花盛り。見た目の発動は派手だし、威力はもの凄いし、私も防御魔法なんて、ちまちまやってられないって感じでした」
ちまちま……
エスカレートするシュザンヌの表現にケルトゥリ達、防御魔法担当の教官全員が苦笑した。
しかし誰も言葉を遮らない。
既にシュザンヌの話そうとする意図が理解出来ているのだ。
「だけどそれは大きな間違いでした。 実感したきっかけは、ある日魔物との戦いに勝って王都へ凱旋して来た騎士隊に付き従う治癒士の姿を見た時です。
男性も女性も治癒士達は何故か皆、堂々としていました。
騎士達に負けないくらいに!
私は不思議に思いました。
何故、あの人達ってあんなに偉そうに堂々としているのって?
戦ったのは騎士様とその従士隊で、あの人達じゃない。
あの治癒士達は王都を守るお手伝いをしただけなのに……
疑問に思った私は翌日、早速先生に聞きました。
治癒士達が堂々としている理由を知っていると思って聞いたのは、やはり防御魔法担当の先生でした。
ミーハーな私は元々騎士に憧れていましたから、結構怒っていたのです。
頬を膨らまし、口を尖らせる私にその先生は答えてくれました。
騎士隊と同じ……いやそれ以上に治癒士の力は大きいのだと。
先生の言葉を聞いた私は吃驚しました。
全く想定外の答えだったからです。
驚く私に先生は詳しく説明してくれました。
怖ろしい魔物と戦う戦場の悲惨さを……
それはとてもリアルで惨い内容でした。
安全な王都に居ると気付きませんが、人間の貴い命が簡単に失われてしまう地獄のような場所なのです。
だけどそのような場所で存分に戦えるのも治癒士あってこそだと先生は仰いました。
治癒士の魔法は地獄に足を踏み入れようとする騎士の命を引き戻してくれる無くてはならない命綱そのものである事を話していただいたのです。
とても誇りを持てる職業であると教えられ、私の誤った認識を変えて頂きました。
先生の話は、当時様々な魔法を学んでいた私にとって良い意味でショックでした。
本気で防御魔法を学び始めたのはその時からです。
学び始めて気付きました。
防御魔法のとてつもない奥の深さと治癒魔法の絶対的な必要性を……
こうなるともう駄目です。
私はどんどん防御魔法の魅力にとりつかれ、中でも治癒士を目指すようになったのです」
ああ、やはり!
やはり防御魔法は素晴らしいんだ。
シュザンヌの話に最初は戸惑ったステファニーであったが、今は一心不乱になって聞き入っている。
そして苦笑していたケルトゥリ達防御魔法担当の教師陣も大きく頷いていたのであった。
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