第81話 「諦めない心」
2年C組2時限目の授業は……
1時限目で課題として出した攻撃と防御の魔法を発動させる為の魔法式のレクチャーである。
この魔法女子学園で教える魔法はルウが使用する難度の高い精霊魔法と違って、いわゆる魔法式という簡略化された言霊を詠唱し発動させる魔法だ。
歴代の魔法使いが血の滲むような思いをして作りあげたマニュアルだけあって……
言霊をしっかり覚え、魔力を制御し詠唱すれば発動自体はさほど困難ではない。
基本的には、この世界で信仰されている創世神の直属の使徒である大天使達が発した御言葉の僅かな1部が中心となる。
例えばフランの使用した火属性魔法は神に逆らう敵を一瞬で撃滅する灼熱の炎の力を持つ大天使の御言葉をひと言、唱えるものだ。
『マルクト・カフ』で大天使の拳を表す炎の攻撃、『マルクト・ケト』で大天使が創り出す炎の壁をそれぞれ呼び出す事が出来る。
無論、魔法の威力は大天使が使った本来あるべきものには到底及ばないが……
ルウとフランが、課題として伝えた属性魔法であるが、今回は室内の教室で発動する。
なので、生徒には魔力制御を応用し、発動した魔法の威力が低く抑えられるよう指導している。
そんな中、ジョゼフィーヌは魔法式で呼び出される魔法ではなく、どうにかして風の精霊から力を得ようと悪戦苦闘していた。
彼女と同じ風の魔法使いであるナディア・シャルロワに勝つ為には、魔法式から発動される魔法では駄目なのだ。
しかしジョゼフィーヌが焦れば焦るほど、いつかの日のように風の精霊は現れてはくれなかった。
「おいおい、無理するなよ」
いきなりジョゼフィーヌの肩が「きゅっ」と掴まれた。
「ひゃうっ!」
吃驚して可愛い悲鳴をあげたジョゼフィーヌ。
誰かと振り返って見ると、肩を優しく掴んだのはルウであった。
「ジョゼ、肩に力が入り過ぎだ。それじゃ風の精霊どころか、魔法式の発動も出来ないぞ」
「は、はいっ!」
ルウは緊張を解す為、治癒の魔力波を送り込んでいるらしく、硬直していたジョゼの身体がだんだん解れて来る。
「まずは基本的な風の魔法式を唱えてご覧」
ルウの指示を聞いたジョゼフィーヌは素直に頷いた。
彼女は目を閉じて、ルウから教えられた呼吸法を行い息をゆっくりと吐いた。
そして、魔法式の言霊をはっきりとした口調で唱えたのである。
「風は人々に愛を囁き、愛の勝利は永遠に続かん……ネツァク・カフ!」
ジョゼフィーヌが呟くと、彼女のてのひらに小さな風の渦が出現した。
「ジョゼ、やったじゃないか。さすがだな」
ルウが褒めると、ジョゼフィーヌは大変嬉しそうだ。
「ま、まあ、この程度の魔法式なら、ほんの小手調べレベルですわ! ほほほほほっ」
「ジョゼ、折角風の精霊と触れ合えたんだ。まずはその魔法の風をすぐ呼べるようにしておく事さ」
「この風を? ですか?」
「ああ、風の精霊がお前の傍へ来やすいようにするんだ。発動練習を欠かさないようにな。お前ならそんなに時間をかけず、風の精霊をいつも呼べるようになる筈さ」
「え!? ほ、本当にっ!?」
いつもの通り、高らかに笑っていたジョゼフィーヌであったが……
ルウが彼女を褒めると感激し、言葉も出ない。
ルウは再び、ジョゼフィーヌに「頑張れよ」と声を掛け、今度は彼女の『取り巻き』である生徒達に声を掛けた。
「ええと、セリア、モニク、メラニーだったな?」
ルウが各自の名前を尋ねると、3人は噛みながらも返事を戻す。
「は、はい!」
「はははい」
「ううう」
「どうした? 全員、春期講習は受講していたよな?」
「「「はいっ!」」」
「見たところ、3人共、まだ充分魔力が上がっていない。俺と一緒に基礎魔力の制御からやってみようか?」
ルウが訓練を促しても、メラニー達は俯いていて反応がない。
「私達はジョゼフィーヌ様みたいに才能が無いですから」
「魔力制御どころか呼吸法もままならないのです」
「ルウ……先生。どうぞ私達に構わずに」
おそらくジョゼフィーヌは、春期講習の際風の精霊と触れ合えた事を嬉しそうに喋ったに違いない。
取り巻きのメラニー達は自分とは違うジョゼフィーヌの才能の差を聞かされ、大きなショックを受けたのであろう。
その上、メラニー達の身分が、ジョゼフィーヌよりも下である事が気分の落ち込みに拍車をかけたらしい。
ルウは、俯く3人の頭を優しくこづく。
叱るという感じではなく、軽く気合を入れる程度である。
「あ、あう! 先生、な、何をするんです!?」
「酷いですっ」
「ルウ先生、私達、怒られるような事していませんよ」
今のメラニー達はちょっとした刺激にも敏感だ。
辛い気持ちが増幅したのか、セリアが身を乗り出し、涙目で抗議する。
落ち込んでいる気持ちの堰が切れてしまったのであろう。
そんなセリアを、ルウは優しく励ました。
「セリア、魔法は身分なんか関係無い。真摯に努力して、後から才能が発揮される事も多い」
「うう、でも」
「私達は……」
「才能が無いんです」
「おいおい、最初から諦めるな。お前達は頑張れば、ちゃんと1人前の魔法使いになれる。自信を持て」
そういえば、以前落ち込んだフランにもこう言って励ました事がある。
ルウ自身も『お前は1人前の魔法使にはまだまだだ』と師シュルヴェステルに散々言われていた。
生徒の為に、教師は自分を偽る事もあるのかな?
ルウは心の中で自問自答しながら苦笑する。
メラニー達3人とはじっくり話そうと決めたルウ。
自分の椅子を持って来ると彼女達の傍らに座った。
そして全員で手を繋ぐよう促したのである。
「ルウ先生、こ、こうですか?」
今度は、ぎこちなくモニクが聞いて来る。
と、そこへ。
慌ててジョゼフィーヌが飛び込んで来た。
「もう! 私を除け者にするなんてもっての外ですわ! 先生のやろうとしている事は分かります」
ジョゼフィーヌはルウに向け、手を差し出すと頬をぷくっと膨らませた。
微笑んだルウは、彼女が差し出した手をしっかりと握る。
「良いか、4人共。力を抜いてリラックスしてくれ。そして目を閉じるんだ」
ルウに言われた通り、ジョゼフィーヌ達4人は呼吸法を使用し、目をつむる。
ジョゼフィーヌだけが心臓の鼓動がやや早いようだ。
ルウが落ち着くように告げる。
「ジョゼ、もっとリラックスしろよ」
「し、仕方がないじゃないですか! もう!」
今度は赧めた頬を膨らませ、抗議するジョゼフィーヌ。
ルウは以前同様、また頭を撫でてやった。
「あ、あううう」
ジョゼフィーヌは思わず小さな悲鳴をあげて静かになった。
「よし、じゃあ、ゆっくりと呼吸法を始めてくれ。無理に全員が合わせなくて良い。いつの間にか合ってくるものさ」
諭したルウに頭を触られ、俯いてしまったジョゼフィーヌ。
ルウはジョゼフィーヌを見て、軽く頷くと、自らも呼吸法を始めた、
やがて……
5人の呼吸がゆっくりと聞こえて来る。
こうなると、フランと他の生徒達からルウ達5人が注目されないわけがない。
フラン達は自分の訓練を中止し、固唾を呑んでルウ達を見守っていた。
最初はバラバラだった5人の呼吸であったが……
やがてルウとジョゼフィーヌのタイミングが重なり、終いには5人全員の息がぴったりと合って行った。
「良いぞ、4人共。次に魔力を少しずつ上げて行こうか?」
ルウの呼び掛けを聞いたジョゼフィーヌ以下4人が頷き、僅かだが各自の魔力が上がって来る。
「OK! そう、そうだ。もう少し魔力を上げようか?」
続いたルウの言葉に4人が頷き、魔力がまた上がって行く。
「ようし、魔力をこのままキープしてみろ。焦るなよ、リラックスだぞ」
傍から見れば、5人の身体は「ぼうっ」と光っている。
魔力の圧力は安定しており……全く下がらない。
「ほら、俺の言った通りさ。お前達は出来る子なんだ」
再びルウが優しく呼びかけると、セリア達からは次々と感嘆の声が飛び出す。
「す、凄い!」
「私達、やれば出来るんだわ!」
「う、嬉しい!」
落ち込んでいたセリア達3人の顔は、さっきとは比べ物にならない。
晴れやかに輝いている。
それは……
3人が魔法女子学園に入学して、初めて見せた心からの笑顔であった。
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