第803話 「天狼の帰還①」
8月9日夕方……
廃墟と化していたアエトス砦の地下で救われ、途中からルウの従士としてクラン星に戦力として加わったマルガリータこと悪魔マルコシアスが王都セントヘレナへ帰還した。
タトラ村の少女ジュリアを、ルウが購入した大量の家畜と共に無事に送り届けたのである。
幸い魔物や山賊の襲撃も無く、ジュリアをタトラ村へ送り届けた後、マルコシアスが王都に着いてアモン達と共にまず訪ねたのが、冒険者ギルドであった。
実はジュリアの護衛に関してはルウが正式な依頼主となるミッションとしてマルコシアス、アモン、ヴィネに受託させたのである。
ルウの従士達はアデライドの協力により、身元の根回しが済んだ時点で次々と冒険者登録をさせていた。
何故ならば冒険者ギルドへ登録すれば、僅かな金と引き換えに様々な特典があるからだ。
ヴァレンタイン王国どころか世界共通の身分証明書が発行されるのが、最大のメリットであった。
また様々な依頼を受託して小遣いを稼ぐのも結構な息抜きになるのだ。
ちなみに今回マルコシアスと共に依頼を完遂したアモンとヴィネも普段の仕事の合間に手が空くと冒険者ギルドからの依頼を受けている。
従士達が受ける依頼の中では討伐系が多いのはルウの意向によるものだ。
暫く前からヴァレンタイン王国周辺では魔物の発生率が異様に高くなっている。
ルウの従士達は王国中の治安維持に密かに貢献しているのだ。
ルウからの依頼完遂の手続きをした上、結構な報奨金を受け取りホクホク顔のマルコシアスがブランデル邸へ現れたのは午後6時少し前であった。
セントヘレナの支部にギルドマスターとして赴任したミンミも業務がひと段落したので、肩を並べて久々に屋敷へのご帰還である。
「旦那様ぁ、皆ぁ、ただいま~」
「ルウ様の従士マルガ、ただ今戻りましたっ」
鈴を鳴らすようなミンミの綺麗な声と、きりっとした凛々しい声が交錯し、2人が帰った事を屋敷に告げた。
例によってケルベロスも歓喜の声を上げていた。
ミンミはブランデルの屋敷にあまり馴染みはない。
仕事の合間にほんの少し自分の部屋を片付けただけである。
ミンミはこの王都へ来てからというものの、殆ど冒険者ギルドの用意した官舎暮らしであったから。
マルコシアスは当然ながら初めてのブランデル邸への訪問だ。
2人の魔力波を事前に察知していたルウは玄関先で、フラン達嫁一同とアドリーヌ、そして使用人の全員一緒で出迎える。
「おおっ、2人ともお疲れ様だったな。さあ、入ってくれ」
「ああ、旦那様自らと全員で出迎えて頂けるなんてミンミは感激です」
ルウの労りの言葉にミンミは目をうるうるさせている。
漸く自宅に戻れたという感慨もあるようだ。
一方、マルコシアスは広大な屋敷のあっちこっちをきょろきょろ見渡していた。
「わ、私もだ……それにしてもルウ様は凄い家に住んでいるのだな」
マルコシアスの革鎧は長旅の為か、埃と汗に塗れていた。
ルウが優しく微笑む。
「とりあえずフラン達と風呂に入って来い。アドリーヌとマルガが入るから俺は別に入浴する」
ルウが一緒に入浴しないと聞いて、あからさまに落胆したのはミンミであった。
「旦那様はミンミと一緒に入ってくれないのですか? ……それは残念です」
ミンミが残念がるのを聞いて慌てたのがマルコシアスであった。
「他人と一緒に!? ふふふ、風呂!? い、いや、要らない。遠慮する」
マルコシアスには他人と一緒に入浴するというイメージがないらしい。
手を横に大きくぶんぶん振って、何とか一緒の入浴を断わるのに必死だ。
だがマルコシアスの風体を見たフランが問い掛ける。
「その様子だと、マルガちゃんは暫く入浴していないのでしょう」
図星である。
フランに言われたマルコシアスは頭を掻いた。
さすがに今の自分に入浴が必要な事は自覚しているようだ。
「あ、ああ確かにそうだが、部屋に個人用の風呂が付いているなら、勝手に入る」
マルコシアスの返事を聞くや否や妻達&アドリーヌが一斉に一緒の入浴を促す。
「マルガさん、そう言わずにぜひ一緒に入浴しましょう。同じクランで戦った仲じゃない」
「旦那様との冒険話をいろいろと聞かせて欲しいぞ」
「ボクと一緒に入りましょう」
「皆で入ると楽しいですよ」
「とても広々して気持ち良いお風呂ですわ」
「私も最初は吃驚しましたが、今は楽しいですよ」
「わぁお! マルガさんって強そうですね」
「水の事ならアリスに任せて下さい!」
「ええっと……わ、私で良ければぜひ、お背中流させて下さい」
アリスの次にアドリーヌが遠慮がちに言うと、最後にぴしっとマルコシアスへ申し入れたのが、モーラルであった。
身体を清潔にする事は勿論、気難しいマルコシアスへ協調性を求めたのである。
「マルガ! 新参者として群れの中に入ったから規則には従うと約束した筈ですよ。強制はしませんけど、ね」
「う、ううう……」
咎めるようなモーラルの口調に、マルコシアスは俯いてしまう。
確かに群れの規則には従うと約束したからだ。
しかしルウはマルコシアスに助け舟を出してやった。
「まあ良いじゃないか。1人で入りたいと言うならのんびりさせてやろう」
「雰囲気で何となく分かるが……本来、ルウ様は奥さんと一緒に入っているのか?」
「ああ、俺の嫁は皆お風呂が好きだからな。それにウチの1番大きな風呂は療養地の温泉並みに大きい湯舟なんだ。凄く気持ち良いぞ」
「……では入る、ルウ様も一緒なら」
これは微妙な発言であった。
人見知りするマルコシアスはルウに依存しているようだ。
しかしルウはきっぱりと言い放つ。
「駄目だよ、マルガが入るのであれば俺は別だな」
「何故!?」
「俺は嫁とだけ入浴する事に決めている」
ルウはきっちりと規則を決めているようだ。
「ううううう……」
マルコシアスは唸りながら俯いてしまう。
次にマルコシアスへ助け舟を出したのはモーラルである。
「ようし、マルガ、私達と一緒に入るぞ」
「だって、ルウ様が!」
「これ以上はいくら言っても平行線だ、行くぞっ」
モーラルはマルコシアスの手を掴むとさっさと階段を上がって行く。
その姿を見たミンミが感心したように言う。
「さすがモーラルだな、フラン姉」
「うふふ、本当ね。さあ、皆行きましょう」
ミンミの言葉に頷いたフランは、他の妻達とアドリーヌへ入浴を促した。
「「「「「「「はいっ」」」」」」」
ひと際元気に返事をした女性陣は足取りも軽く階段を上がって行ったのであった。
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