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第802話 「抱擁」

 「少し話があるからルウとフランは残ってくれる?」


 アデライドの言葉を聞いたカサンドラとルネは、気を効かせた方が良いと判断したのであろう。

 一礼すると引き下がる。


 Cランクの冒険者であるカサンドラとルネからすれば、今回の依頼は大規模な討伐が殆どで、難易度が高すぎるものが多かった。

 これほど困難な依頼が、無事に遂行出来たのは自分達以外のクランメンバーのお陰だと、カサンドラとルネはしっかり認識している。

 カサンドラとルネの予想は2人合わせて金貨500枚にいけば御の字という計算であった。

 それが蓋を開けてみれば1人につき金貨500枚!

 2人が予想した金額の倍だ。

 天にも昇る気持ちと言っても過言ではない。


「失礼します!」


「失礼します!」


 カサンドラとルネはこれ以上無いという満面の笑みを浮かべて、理事長室の扉を閉めたのである。


「フィリップ殿下は本当に頭が切れるわね」


 アデライドは苦笑した。

 この制度が王宮から発表された時、さすがに気付いていたのである。

 発案者であるフィリップの真意に……

 今回も正規の騎士隊を使って魔物を鎮圧するより遥かに安上がりとなった。

 国家予算の効率的な使い方を推進する宰相フィリップとしては、願ってもない成果である。


「うふふ、私達公務員をとことん使い倒す気ね」


 微笑むアデライドを見て、フランが用件を切り出して欲しいと促す。


「それより、お母様、お話って何?」


 真剣な眼差しの愛娘フランを見たアデライドはまた苦笑する。

 アデライドからしたら、フランの気持ちはお見通しだ。

 今日の仕事はもう終わりなので、ブランデル邸に戻ってルウや他の妻達と寛ぎたいのである。


 アデライドは思う。

 変わったものだと、あれだけ自分に依存していたフランが……

 それでもルウに、全く依存している雰囲気でもないのがアデライドにとっては安心出来る。


 アデライドは、ここ最近ルウやフランとはゆっくり話が出来ていない。

 ルウ達がロドニアに行ったり、クランステッラの依頼遂行により、王都セントヘレナには殆ど不在だったからだ。

 アデライドは自分に対して笑ってしまいそうになる。

 まるで自分の方が、ルウとフランに依存しているようだと。


「せっかちね、フラン。あなた達と久し振りにゆっくりお話が出来るのよ、焦らないで」


「…………」


 フランはジト目でアデライドを見ていた。

 アデライドはどんどん嬉しくなって来る。

 ルウとフラン、2人と話をするだけで楽しいのだ。


「もう仕方がないわね。あのね、バートランドからケヴィンが来ているのよ」


 ケヴィン?

 ケヴィン・ドゥメール!

 エドモンの三男で……フランの『天敵』である。

 ※第395話参照


「えええっ、ケヴィンさんが!? う~っ」


 怒りを込めた唸り声をあげるフラン。

 まるで食べようとした餌を取られた犬のようである。


「うふふ、フランったら凄い反応ね。何か心配?」


「何かって、以前お母様にも言ったじゃない! あの人は旦那様を自分の大学へ引き抜こうとしているのよ」


「成る程! 道理でルウの事を散々聞いていたわ」


「やっぱり! で、でも聞いていたって? まさか!」 


 ケヴィンから散々聞いた?

 そんなにじっくり話したという事は!?

 フランはアデライドの居る方へ身を乗り出した。


 もしや!?


「ええ、今ウチに泊まっているわよ」


「何でお母様の屋敷に泊めるの?」


「以前からずっとそうしていたじゃない。今回も同じ、それに護衛役のバルバーニーさん達も一緒よ」


「お母様、何故そんなにのんびり出来るの」


 危機感を全く感じないかのように普通に聞き流すアデライドにフランはいらついた。


「のんびりって? 慌てる事ってあるの?」


「愚図愚図していて旦那様が引き抜かれたら困るでしょう?」


「そりゃそうだけど、ルウったら相変わらず引く手数多ね」


「お母様! 感心なさっている場合じゃないわ。もし大伯父様が依頼されていたら……」


 フランの胸中に黒雲のように不安が湧き起こる。

 もしエドモンの命令が出たとしたら……

 ドゥメール本家の命令は絶対だ。

 分家であるこちらが逆らえるとは思えない。


 しかしアデライドはあっさりと否定した。


「伯父様? ああ、それはないわ。伯父様とフィリップ殿下は協定を結ばれたから」


「協定?」


 エドモンとフィリップの協定!?

 協定とは一体何だろう?

 フランはじっとアデライドを見詰めた。


「ええ、協定。あ、そうそうロドニア王も入れての3者協定だって。ルウのあずかり知らぬ所で決まった話だって言うけど」


 リーリャの父であるロドニア国王ボリス・アレフィエフも入って!?

 フランは益々理解不能になって来る。


「いいい、一体、何なのですか?」


「うん! ルウを独占しないっていう事。共有する約定よ」


 共有!?

 馬鹿な話である。

 ルウは、愛する夫は物ではない。

 断じて道具などではないのだ。


「へ!? 共有? そんな馬鹿な話が……」


「それがあるのよ。でも拡大解釈すれば、貴女達ルウの妻が彼を共有するのと一緒じゃない」


 アデライドはフラン達とルウの関係と同じだと言い放つ。


「そ、それとこれとは!」


反論しようとするフランに対してアデライドはぴしゃりと言う。


「一緒です!」


「…………」


 珍しく強硬な母の態度。

 愛娘の反論を許そうとしないのだ。

 フランは仕方なく黙り込んでしまった。


 暫しの沈黙。

 娘が黙っているので、今度はアデライドが口を開く。


「どうしたの、黙って?」


「……呆れているんです」


 恨めしそうに睨むフランが可笑しくて、アデライドはつい笑ってしまう。


「うふふふふ」


「なな、何を笑っているのですか?」


 ムキになって反論するフランにアデライドは違う指摘をする。


「呆れたって言ったら、貴女達だって呆れた存在なのよ。ヴァレンタイン王国の貴族社会から見たらね」


「私達が……呆れた存在?」


 いきなり矛先が自分達ルウの妻へ来た事にフランはわけが分からない。


「貴女達は貴族令嬢、それも殆どが上級貴族の娘ばかりじゃない。普通は平民との結婚なんて許されない。基本的には政略結婚ですからね」


 アデライドの言う事は事実だ。

 しかし今の話と果たして関係があるのだろうか?

 フランは不機嫌になり、また黙り込んでしまう。


「…………」


「偶然に、とても良い男性ひとだったけど、貴女の最初の婚約者ラインハルトも私が仕組んだ政略結婚だもの」


「…………」


「ふふふ、でもね。私はルウに対する大伯父様達のやり方って嫌いじゃないわ。……寧ろ好きなの」


 また話の内容が変わった……

 口では……この母に到底敵わない。

 フランはもう降参する事にした。


「好き?」


「そう、身分や貴族の体面、誇りなんか関係ない……ただ友として純粋にルウが好きだから相手を尊重してフェアに付き合いたい……」


「…………」


「例えばね、魔法だって、何故私がこんなに熱中するか分かる?」


「ええっと……好奇心? 探究心?」


「うふふ、間違いではないけれど……もっとシンプルに言えば、純粋に魔法が好きで面白いからよ」


「魔法が好きで面白い……」


 憎らしいと思ったアデライドとの会話。

 しかし元々、フランは母とこのような話をする事が大好きなのだ。


「そうよ、フランはどうなの? 私は、ね。魔法が引き起こす『面白い』が好きなの」


「魔法が引き起こす面白い?」


「そうよ! 今迄に見た事のない奇妙な世界、今迄に味わった事のない不思議な感覚、そして今迄に出会った事のない風変わりな相手……すべて魔法が見せてくれる面白いモノなのよ」


「あああ、ああ……」


 フランは思わず頷いてしまう。

 

「うふふ、分かったみたいね。面白いが無くては魔法なんかやってはいない。そしてルウはね、全てが面白い……のよ、とっても」


 ルウの全てが面白い!

 確かにそうかもしれない。


 納得し、微笑むフランを見て、今迄黙っていたルウが口を開いた。


「フラン……俺もアデライド母さんに賛成だ。全てにおいて面白い事を求めて生きている」


 フランがルウをじっと見詰める。

 傍らではアデライドも同様にルウを見詰めていた。


「それに俺は……いつまでも気持ちは変わらない」


「変わらない?」


 ルウの気持ちが……変わらない。

 フランはその先が早く聞きたかった。

 美しい碧眼がきらきらと輝いている。


「ああ、そうさ! フランを! そして家族を守る為に生きて行く」


「ああ、旦那様!」


 フランは感極まって声を上げた。


「心配するな、フラン。俺はどこにも行きやしない、皆で幸せになろう」


 続いて発せられたルウの言葉を聞いたフランはもう我慢出来ない。

 アデライドの前だというのに、思わず彼に飛びついてしまったのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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