第80話 「課題」
入学式、始業式が滞りなく終了して魔法女子学園2年C組は新年度のスタートを切る。
ルウにはこのクラスの副担任と共に魔法攻撃術及び上級召喚術の担当が命じられた。
他の教師と同様、ルウは朝7時45分には出勤、8時からは職員会議。
その会議が終わる8時30分頃には生徒が登校する。
授業の用意をして9時から授業が開始され、お昼休みを挟んで午後2時50分に終了。
その予定を毎日繰り返して行く。
魔法女子学園の受講科目は多く、生徒に教えて理解させる内容はとても多い。
決められた時間割りに沿って生徒に学んで貰い、魔法使いの卵である彼女達にしっかり課題をクリアさせる事がルウ達教師の腕の見せ所とも言えるのだ。
今日は2年生としての授業初日。
伝統として魔法女子学園の生徒は出欠確認を兼ね、各自が今年の目標を宣言する事になっている。
春期講習に来なかった生徒向けにルウがまず自己紹介を兼ねた挨拶をした。
その直後、朝の挨拶を学級委員長であるエステル・ルジェヌの合図で起立と礼を行なって、早速それは始まったのだ。
まずは委員長のエステルが元気良く立ち上がる。
彼女は、はきはきと今年の抱負を元気よく楽しそうに語った。
エステルの笑顔を見た、他の生徒達がひそひそと噂する。
「エステルって、確か魔法男子学園の生徒と付き合っているんだっけ」
「きっと『彼』とは巧くいっているんだわ」
そんな噂の飛び交う中、宣言を終了したエステルに続き……
厳しい表情を浮かべたジョゼフィーヌが「すっく」と立ち上がる。
そしてルウを熱い眼差しで見つめ、きっぱりと言い放つ。
「ルウ先生! 私、1度決めた事は絶対にやりとげますわ!」
絶対にやりとげます!
それが一体何を意味するのか、ジョゼフィーヌは具体的には表明しなかった。
しかし誰も何も突っ込まない。
「おお、気合が入っているな、ジョゼ」
「はい! この状況では気合も入って当然ですわ」
「当然?」
「そうです! 私の目の確かさが分った上に強力なライバル達が登場、倒す事にやりがいを感じますもの」
「そうか! ライバルを持つのは良い事さ。頑張ってC組を2年生で1番のクラスにしような」
何となくルウとの会話が噛み合っていない気もするが……
ジョゼフィーヌは全く気にしていない。
そして次々に生徒達が続き、今年の目標の宣言は終了した。
「さあ、では授業を始めますよ!」
担任のフランの言葉で今年度始めての2年C組の授業が始まったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「今日は大きな課題をふたつ出します」
フランが生徒に対してにっこりと微笑む。
「ひとつは魔力のコントロールをしっかり行い戦闘でも防御でもどちらかひとつ属性魔法を習得する事。もうひとつは……」
生徒全員が固唾を呑んで注目する。
「召喚魔法を発動、使い魔を呼び出し下僕として下さい」
おおおっ!
と、どよめきが起こった。
更に教室は生徒達のざわめきで満ちた。
2年生になっての大きな節目といえるのが、ふたつ目の課題として出されたこの『使い魔』召喚である。
この召喚ほど、生徒の適性が出る魔法はない。
万が一適性が無ければ、彼女達の授業から召喚という項目は削除されてしまう。
逆に適性、そして才能があれば上級召喚術の科目に進む事が出来る。
上級召喚術を極まれば、人外といえる存在から大きな力を得る事が可能となるのだ。
「皆さん静かに! 召喚魔法こそ魔力の制御が必要不可欠となるわ。何事も基礎が大事よ」
フランが注意をするが、生徒達の私語は止まらない。
ぱんぱんぱん!
まるで教頭のケルトゥリのように……
フランの手が音を立てて打ち鳴らされ、さすがの生徒達も口をつぐみ、黙り込む。
「私語は授業が終わってから。まず魔力の制御から始めます」
フランはきっぱりした口調で、そう切り出すとルウを見て頷く。
ルウも応える様に頷くと、いつものように穏やかに笑っていた。
10分後―――
生徒達は魔力の制御の訓練に入っている。
ここで春期講習を受けた生徒達と受けていない生徒達の差が著しく現れていた。
呼吸法などのおさらいをした事が効いているのであろう、学級委員長のエステルを始めとした講習受講組の方が精神的にリラックスし、魔力を効率良く使っているのが目立っていた。
生徒達はまずは呼吸法、そして集中力と想像力を高めるに訓練に移っていく。
こうやって最後は魔力を上げたり押さえたりし、自在にコントロールするように出来ることを目指すのだ。
現代の自動車で言えばアクセルのようなもの。
踏み込んだり緩めたりして、エンジンの回転数が変わるように……
「個人差があると思いますが、まず数日はその訓練を続けてください」
更に召喚術の重要注意事項に関してルウから説明される。
だが魔法女子学園の授業は、ルウの行使して来た召喚術の手順と同じやり方ではない。
しかし既にルウは『魔法学Ⅱ』の教科書を読み込みで全て記憶している。
それ故、授業を行う事に支障は全くない。
「皆、良いか? 召喚術は本来危険な魔法だ。だからお前達の身を『未知の存在』から守る為にある魔道具ペンタグラムが必要となる」
ルウは魔道具ペンタグラムの存在と効能効果、使い方は知っていた。
アールヴの長ソウェル・師シュルヴェステル・エイルトヴァーラから徹底的に教え込まれている。
「ペンタグラムは学園の購買部で買う事が出来る。次回から召喚術の授業の際には『ペンタグラム』を用意するように」
ペンタグラムとは形状から五芒星という。
この紋章の力は凄まじいという……
伝説の存在といわれる古の魔法王ルイ・サレオンが、使役した72柱の悪魔達から身を守る為に使用したとも、呼び出した悪魔に命令を下す事も出来たと言われている。
素材は金や銀、もしくはミスリル。
術者はペンダントにし、胸につけて使用する。
ルイ・サレオンはペンタグラムとヘキサグラム、そして創世神の御使いから賜った魔法の指輪など強力な魔道具を使い、配下の悪魔達を思うがままに使役したらしい。
だが……
現在伝わっているペンタグラムで、どのくらいの力が発揮出来るのか、使用する術者次第という事が解明されている。
また悪魔だけでなく召喚した全ての霊的な存在に有効だ。
なので、王宮魔術師のような熟練者から魔法女子学園の生徒のような初心者までが皆、使用している。
「分かりました!」
「ようし、すぐ買いに行こう!」
「金か銀どちらにしよう。ミスリルもお洒落ね。迷うなあ」
「おう! まだ話は続きがあるぞ!」
騒ぐ生徒達に対しルウが珍しく大きな声を出す。
シーンとした教室にルウの注意の言葉が響く。
「言っておくが……先走って付け焼刃な召喚術を絶対に行なうなよ」
「…………」
「今のお前達では分相応の存在しか呼び出せないとは思うが、万が一相手のレベルが上で邪悪な意思を持っていたら、まだ未熟なお前達が彼等を従える事は出来ない。それどころか……」
ルウの注意を聞いた生徒達の喉がごくりと鳴る。
「お前達は彼等に支配され魂を食われ消えてしまうぞ」
「…………」
静まり返る教室。
ここで授業を上手くまとめたのがフランである。
「皆、ルウ先生の言う通りよ。私とルウ先生がこれからしっかり教えて行くから絶対に無理はしないで」
「は、はい!」
「分かりました!」
「先生達の言う通りにします!」
これまでフランに対し、無視及び反抗的だった生徒達は初めて恭順の意思を示したのである。
ルウ……ありがとう。さすがね……
でも変われば変わるものだわ。
私ひとりではこの子達を、このように真摯に授業を受ける態度にするなんて到底無理だった。
フランはしみじみ思った。
少し遠い目をしながら、微笑んでいたのである。
一方……浮かない表情の生徒がひとりだけ居る。
オレリー・ボウである。
平民で母ひとり子ひとりのオレリー。
彼女は血のにじむような努力で入学の際に首席の成績をおさめた。
結果、首席特待生としてこの魔法女子学園に入学したのである。
そうしなければとても魔法女子学園に通えるような経済状況ではないからだ。
しかし、首席特待生として免除されるのは入学金と年間の授業料のみである。
別途かかる教材費などは自己負担しなければならない。
オレリーはある程度覚悟していたが、現実として直面するとやはり違う。
その上ペンタグラムは、素材からも結構な値段なのである。
どうしよう……
オレリーは暫し考え込んだが、すぐに良い答えは出なかったのである。
ここまでお読みいただきありがとうございます!




