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第795話 「夏に学ぶ事②」

 屋外闘技場にルウの声が響いている。

 ルウが担当する魔法攻撃術B組の夏期講習が今、始まったのだ。


「お前達は魔法女子学園の2年生になって5ヶ月が過ぎたわけだが、現状はどうだろうか? 今は折角の夏季休暇だ、授業や課題から解放されてひと息つきたいのはやまやまだ。しかし、この夏季休暇の時期は基本に振り返れる良い機会でもある」


 ルウは芝生の上に座った生徒達を見渡した。

 専門科目だから生徒達は2年C組だけで無く、A組とB組の生徒も混在している。

 ルウの授業を初めて受ける生徒も多い。


「俺は2年C組の副担任だ。基本的にはここに居る2年C組の担任であるフランシスカ先生のフォローをする立場ではあるが、思うところがあって様々な意見を入れさせて貰った」


 ルウの意見?

 基本的に魔法女子学園の教師は定められた魔法教育のカリキュラムに則って授業を行う。

 そのような中でルウの授業は「違う」という評判であった。


 C組以外の生徒はルウが何を言うのか一斉に注目する。


「その中でもまず俺が拘《こだわ》ったのは呼吸法だ」


 呼吸法?

 

 オレリー達C組の生徒はやっぱりという表情で納得していたが、A組とB組の生徒には拍子抜けした者も多かった。

 呼吸法は魔法を学ぶ者にとって基礎中の基礎だからだ。

 巷で噂を聞いていたC組以外の生徒達は、ルウの授業はもっと画期的で派手な内容だと期待していたらしい。


 しかしルウの講義は構わず続いている。


「俺が何故、呼吸法に拘ったか? 全ての魔法は精神の安定と集中を図る事が基本となる。その為には各自適正な呼吸法が必要なのさ。実際、適正な呼吸法が行われているのと、いないとでは魔法の発動の差が大違いだからだ」


 適正な呼吸法?

 一体、適正って何だ?


 落胆していた生徒達は、再びルウに視線を向け、耳をすました。


「魔法女子学園で採用されている教科書や付随資料を見たが、現在魔法女子学園で教授している呼吸法のバリエーションがあまりにも少ないと感じたので根本から変えて貰った」


 ルウによると呼吸法だけでも腹式呼吸、胸式呼吸、片鼻呼吸、密息など様々な呼吸法がある。

 問題なのは呼吸法の手法では無く、いかに自らを安定、または集中させて、体内の魔力を高め魔法を発動し易くして行くかなのだと。


 ルウの話す内容を聞いたA組、B組の生徒は驚いた。

 確かに教科書である『魔法学Ⅰ』には呼吸法とは魔法発動の基本だと記載されている。

 しかし単に基本だと書かれているだけで、手法も限られたものでそれ以上の意義については全く触れられていなかったからだ。


「俺とフランシスカ先生が全くタイプが違うように、魔法使いは各自が個性の塊だ。だから各自に適正な呼吸法も種類と共にその組み合わせも無限に考えられる。最適な呼吸法を見つける為には様々な呼吸法を試す必要がある」


 最適な呼吸法を見付けるには書物を読んだだけでは不可能だと、ルウは説く。


「歯車と歯車ががっちり合った場合、最高の力を与える事が出来るように、最適な呼吸法を見つける事は、各自が最高の魔法を行使する為の最初の扉を見つけたのと同じだ」


「はいっ、先生!」


 大きな声で手を挙げたのは2年A組の委員長も務めるマノンであった。

 学年ではオレリーに続いての成績は2番目のマノンではあったが、首席でも平民で地味なオレリーと比べて目立つ存在だ。

 カルリエ伯爵の長女という身分とクールな美貌から、A組は勿論、B組とC組の生徒にも名前と顔は良く知られている。


 そのマノンがどのような意図で手を挙げたのか?

 質問をするのであろう事は予想出来たが、その質問とは一体どのような内容なのか?

 生徒達は一斉に注目した。


「自分にとって最適な呼吸法とはどのような基準で判断すれば良いのでしょうか?」


 マノンの質問を聞いた生徒達は多くが小さく頷いている。

 最適の呼吸法……言うのは容易いが果たして自分達に理解出来るのか?

 生徒は疑問に思っていたからだ。


 ルウはマノンをじっと見詰めるとにっこりと笑う。


「良い質問だ、マノン」


「あ、ありがとうございます! ルウ先生」


 マノンははにかみ、顔を僅かに赤くした。

 普段のクールな彼女からすればこのような反応は珍しい。

 だが、生徒達にはルウの答えの方が気になった。


 ルウはマノンへ小さく頷くと、質問に答える。


「まず手法に決まりはない。呼吸法が最適かどうかは、多分に感覚的なものだ。合っている、合っていないかは自分にしか分からない。今、使っている呼吸法が違和感がないなら無理に変える必要はないと思う」


「はいっ、先生!」


 マノンに負けない大きな声で手を挙げたのはオレリーであった。

 どうやらオレリーも質問をするようだ。


「ルウ先生、宜しいですか? 質問をしても」


「OKだ」


 ルウの了解を貰ったオレリーは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます! では質問です、呼吸法に違和感が無いというのはどのような事でしょう? 教えて頂けますか」


「了解! 違和感がないとは、精神の安定と集中が上手く行っている状態だ。真に最適ではないかもしれないが、近い物は見つけている筈だから微調整するくらいで良いと俺は思う。それでも他の方法を試す分には全然構わない。駄目なら元のやり方に戻せば良いのだから」


 ルウの言葉を聞いているオレリーは納得した表情だ。

 大きく頷くと、ルウへはきはきとした口調で御礼を言ったのである。


「ありがとうございます! 納得しました」


 オレリーへ手を挙げて応えたルウは生徒達を見渡した。

 どうやら他に質問する者は居ないようだ。


 そこでルウは生徒全員に問い掛ける。


「さあどうだ? 今の呼吸法は自分にとって最適か? 自問自答してくれ」


 ルウに問われた生徒達は一斉に考え込んでいる。

 ただC組の生徒達は多少ながら自信があるような雰囲気だ。


 暫し時間が経ち、ルウは実践に移ると宣言する。


「答えは出たか? ではこれから早速呼吸法を行う」 


 ええっという生徒の反応。

 生徒達は屋外闘技場で授業をやると聞いてから、各自がすぐに魔法発動が出来るようにスタンバイしていたからだ。

 今回の授業は魔法発動訓練も兼ねているから尚更である。


 しかしルウは重ねて念を押す。


「ははっ、俺の授業は基本を大事にする。授業において魔法発動をする前には呼吸法を必ず行う。精神の安定を図り、集中力と想像力を高める事が最高の魔法を発動する第一歩と考えているから呼吸法を含めたその為の鍛錬は欠かさないんだ」


 ルウの事をよく知らない生徒には明らかに不満な表情をする者も居た。

 最初にルウと接した時のオレリーのような態度であった。


 そのような生徒もルウは敢えて否定しない。


「今更という顔をしている者も居るようだが、そう思うなら自分のやり方を通せば良い。全ては結果さ。結果を出せば誰も文句は言わない」


 ルウの言葉を聞いた該当する生徒達は当然だという表情をしたが、ルウははっきりと言い放つ。


「だが俺は師匠、お前達は弟子だ。俺の授業を受ける限り基本的に指示には従って貰う。但し結果を出す前提で、どうしても自分のやり方を通したいのなら、他の生徒に絶対迷惑を掛けるな。で、あれば俺も認めるからな」


 ルウの考えとして、結果を出せば問題は無い。

 それは生徒に与えられたある種当然の権利である。

 しかし権利があると言う事は当然義務も生じるのだ。


 集団に属するなら、自分を通す事で他人に迷惑を掛けるという最悪の行為をするな。

 ルウは魔法だけで無く、生徒に対して社会における生き方も教えたのである。


「では各自呼吸法を使って精神の安定と集中を図ってくれ。終わったら次は集中力と想像力を高める鍛錬をするからな」


「はい!」

「はいっ!」


 ルウの指示に1番最初に返事をしたのがオレリー、続いてマノンも間を置かず返事をした。

 2人は顔を見合わせて微笑み合う。

 もう、オレリーとマノンは邪念なく競い合える好敵手《ライバル》である。


「「はいっ!」」


和気藹々(わきあいあい)のオレリーとマノンの2人を見て、元気良く手を挙げて返事をしたのは満面の笑みを浮かべたジョゼフィーヌとリーリャであったのだ。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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