第793話 「アドリーヌの事情③」
「ルウさん!」
いきなり大声を出したアドリーヌ。
ルウはわざと吃驚したように返事をする。
「おお、どうした、アドリーヌ」
「私、ルウさんにそこまで考えて頂けるだけで満足です。もし上手く行かなくても後悔しません」
アドリーヌは自分を気遣ってくれたルウの優しさが嬉しい。
彼女の感謝と決意の言葉を聞いたルウは、にっこり笑う。
「ありがとう。そう言って貰えると俺も気持ちが楽だ。人間は万能ではないし、アドリーヌのお父様は敵ではない。敵なら倒してしまえば良いけど、お父様はアドリーヌのたった1人のお父様だ。お互いに少しでも理解し合えれば良いと俺も思う」
俺も……という言葉にルウの思いが溢れている。
アドリーヌと同じ気持ちだという優しい思いが……
「ルウさん……ありがとう」
「ははっ、無責任な言い方かもしれないが……お前の為にベストを尽くそう」
ベストを尽くす。
アドリーヌは魂の中でルウの言葉を繰り返した。
そうなんだ!
全力を尽くせば、結果がどうあろうと決して後悔しない。
アドリーヌはルウに励まされて、大空を舞う雲のように、気持ちがすっと軽くなって来たのである。
晴々したアドリーヌの表情を見たルウとフランの顔も明るい。
ここでルウが念を押す。
アドリーヌの意思を第一に尊重している事が分かる。
「さて、僅かだがまだ日にちはある。今迄考えていた事を含めて解決方法を相談して行こう。これからはフランにも加わって貰って構わないな」
「は、はいっ!」
「アドリーヌ、私も旦那様同様にベストを尽くすわ」
「ありがとう! フラン」
アドリーヌは素直にフランへお礼をいう事が出来た。
最早、単なる上司ではない、仲間としての意識が生まれたのであろう。
「じゃあ、今後の予定を共有しておこう」
「はいっ!」
アドリーヌの返事が完全に変わって来た。
いつもの元気なアドリーヌの返事である。
「8月15日のヴァレンタイン魔法大学のオープンキャンパスで仕事がひと段落する。なので16日早朝から出発して今回の件に当たろう」
8月16日に出発すると聞いて、アドリーヌは素早く計算をした。
結構、タイトなスケジュールになりそうだ。
「では……私の故郷まで馬でも約10日掛かりますから、学園の始業開始に間に合わせる為には8月下旬に着いてあちらで急ぎ問題を処理し、すぐ王都へ蜻蛉返りって事ですよね」
「ああ、普通に考えれば、な」
「普通に?」
アドリーヌはきょとんとしている。
ルウが何を言っているか、全く理解出来ないようであった。
「ははっ、任せろよ」
「大丈夫! 悪いようにはしないから」
「???」
ルウとフランが微笑むが、アドリーヌの頭の上には?マークが飛び交っている。
アドリーヌに、ルウの行使する魔法は凄いと想像が出来ても、実際に触れてみないと分からない。
まあ……この?状況は仕方がないであろう。
ここでルウが悪戯っぽく笑う。
「それよりアドリーヌに頼みがある」
「頼み?」
「今後の事もある。出発の数日前から俺の屋敷で一緒に生活して欲しい」
「ルルル、ルウさんのおうちで!? わ、私が一緒に暮らす」
アドリーヌは驚いて大きく目を見開いた。
予想だにしなかったルウの提案であった。
「ははっ、吃驚したか」
「はい! 少し吃驚しました」
「ああ、今回の旅は俺の事をもっと知って貰う趣旨だと言っただろう。かと言って同じ部屋で寝泊りするわけじゃない。それは安心してくれ」
大胆な提案のようでいてルウは、アドリーヌの事をしっかりと気遣っている。
アドリーヌはルウの配慮がはっきり分かったので、彼女なりに勇気を振り絞る。
「安心って、何ですか! フランさえOKならば、わわわ、私は同じ部屋でも構いません!」
「ははっ、俺もそうしたいのはやまやまだが、我慢するとしよう。では日にちさえ合えば問題無いな」
「わわわ、私は今夜からでも構いません」
「よし! ではアドリーヌの気持ちに応えて今夜からお前を屋敷に迎えよう。他の嫁達も歓迎すると思う」
「リーリャ王女様ですよね?」
「ああ、他に何人も居る。それからリーリャは確かに王女だが、リーリャと呼び捨てにしてくれ。学園と同じ様にな」
「は、はいっ! 私……楽しみです」
アドリーヌはルウとフランを真っ直ぐに見ている。
その真剣な眼差しは、これからアドリーヌが新たな家族に加わりたいという強い意思の表れであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
8月7日夜……
今夜からアドリーヌはルウの屋敷に泊まっている。
一方、ここは王都セントヘレナのと、ある居酒屋だ。
時刻はもう日付が変わる寸前で店内はもう閑散としていた。
片隅の席にもうすっかり出来上がった男が1人……
大きく息を吐くと何事かを呟き始めたのだ。
「どうしてもアドリーヌを俺のモノにする。あんなわけのわからない魔法使いに渡してたまるものかよ」
男は……アドリーヌの幼馴染である王都騎士隊所属の騎士フェルナン・ダロンドであった。
「その為には俺はどんな手でも使ってやる、いざとなれば悪魔にだって魂を売ってやるさ……あの手紙が届けば、アドリーヌの奴は何らかの反応をする筈だ」
どうやらアドリーヌの推測は外れたらしい。
アドリーヌの父からの手紙は母の執り成しではなかった。
「ここでコレット家に恩を売っておけば、俺は故郷で分家を立ち上げる事が出来る。親父と兄貴は喜ぶだろうし、周囲に未開地はたくさんあるからな」
フェルナンは嫌らしい仕草で舌を大きく出し、唇をぺろりと舐め回す。
「ひひ、そして嫁となったアドリーヌと……」
この台詞で、とうとうフェルナンの妄想は完成したらしい。
満足そうに大きく頷くとマグカップを掴み、残っていたエールをぐいっと一気に流し込んだのだ。
しかし!
フェルナンは自分が誰かに監視されているとは夢にも思わなかったのである。
精神体となったプラチナシルバーの美しい少女がエールをあおるフェルナンを彼の頭上からじっと見詰めていたのだ。
『さすがに旦那様だわ。……彼が何か噛んでいるかもって……仰った通りね』
プラチナシルバーの美しい少女は……夕方からフェルナンを監視していたモーラルであった。
『今の言葉で大体読めたけど……もう少し貴方の魂を読ませて貰うわ。今回のアドリーヌさんの問題解決の成否もかかっているもの』
モーラルはどす黒い欲望と化して放出されている、フェルナンの禍々しい魔力波を見て、顔をしかめる。
だが、鋭い視線で赤ら顔のフェルナンを射抜くように見詰めたのであった。
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