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第78話 「甲斐性」

 ここは本校舎2階、魔法女子学園生徒会室……


 生徒会長ジゼル・カルパンティエは悩んでいた。

 彼女にとっては初めて経験する恋という感情である。

 

「う~……どう彼を誘ったら良いのだ? ナディアからはストレートに言うようにと言われたが……」


 ジゼルは魔法の習得や武道など、魔法騎士になる事を前提としての勉強や実習は得意ではあった。

 だが、基本的には『愚直』ともいえるくらい不器用な人間なのである。


「よし、ちょっと練習をしてみよう! ル、ルウ先生、わ、私に! あ、貴方の偉大なる力を与えてはくれないか? い、いや! これじゃあ創世神様に祈る時のようだ、駄目駄目!」


 ルウに対する告白の練習は、自分がイメージするように上手く行かなかった。

 いらいらしたジゼルは、無造作に髪を掻き毟った。

 彼女の自慢であるサラサラの美しい金髪は「ぼさぼさ」に乱れてしまう。


 こうなると……

 完璧主義に近い性格のジゼルは上手く言えるまで、挑戦が止まらない。


「じゃ、じゃあ! こういうのはどうだ? ルウ先生! 貴方は素晴らしい! ぜ、ぜひ私に、個人教授をしてくれないか?」


 しかし、この告白もジゼルには満足がいかない。


「あああ、これじゃあ駄目だ! 言葉がストレート過ぎて、単に先生と生徒の関係で終わるだろう。それに彼に対する私の尊敬と愛情の気持ちがどこにも表れていない!」


 ルウと話をするだけなら問題ないと思えそうだが……

 ジゼルは納得しない。

 学園の勉強や鍛錬と違い、恋の告白は分からない。

 考えれば考えるほど、言葉が見つからなくなって行く……


 ううううう……


 ジゼルは自問自答を繰り返しながら、お預けを食った犬のように唸っていた。


「もう、何だ! ナディアの言うストレートな言い方とは?」


 だが暫し経った後……

 悩むジゼルは、「遂に名案が浮かんだ!」とばかりに、はたと手を叩いた。


「そうだ! これで行こう! わ、私を! い、一生連れ添う弟子にしてくれ! もしも何故ならばと彼に聞かれたら……」


 ここでジゼルは軽く息を吐いた。


「私は……う~……あ、貴方が……す、好きだから! い、嫌だと言っても離れない! と叫ぶ。こ、これだ! 凄く恥ずかしいが……これしかないっ!」


 確かにこう言えば、ジゼルの恋心は、ルウへ伝わるだろう。

 

 但しジゼルが望んだ、彼女が好きな小説にあるお洒落な告白とはいえない。

 女性からの直球ど真ん中な愛の告白なのである。

 

 しかしジゼルは満足したらしい。

 心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべている。

 

 よし!

 次は実際にルウ先生に告白だ! 


 ジゼルがそう決意した瞬間。


 どんどんどん!

 

 生徒会室のドアが強く叩かれた。


「ひゃうっ!」


 不意を突かれたせいか、ジゼルは普段出さないような可愛い声で叫んでしまう。

 そして……


「お~い、ジゼル! 居るかぁ?」


 ノックをし、ジゼルに声を掛けたのは、彼女の想い人ルウであった。

 

 おわああああ!

 ル、ルウ先生!


 たった今、熱い思いを告白しようとしていた相手がいきなり現れた。

 なのでジゼルは、当然慌てた。


 えええっ!?

 な、何故だ? 

 何故、ルウ先生がいきなり来る?


 混乱するジゼルに対し、容赦なくルウの声が届く。


「入って良いか?」


「ま、ま、待ってくれ! ルウ先生!」


 ジゼルは思わず大声で叫んだ。

 普段滅多に取り乱さない、冷静な彼女にしてみたら、信じられないような醜態であった。

 

 しかしもう、恰好なんかに構っていられない。

 それが本音である。

 却って丁度良い。

 この勢いでルウへ告白しようと。


 但し、心の準備が要る。

 深呼吸をして!

 …………


「どうぞ!」


 ルウの声を聞いてから……

 ジゼルは胸が早鐘のようにどきどきしているのを感じていた。

 あのドゥメール邸での試合以来、自分が自分でなくなったみたいなのだ。

 

 そんなジゼルの声に応えてすぐ、ドアが開き憧れのルウの姿が現れる。

 しかし彼の後ろには、ジゼルにとって意外な人物が控えていたのだ。


「ジゼルさん、ごきげんよう! 最近は部の指導も基本的には任せきりだから、簡単な打ち合せ以外、滅多に話さなくなったけどお元気かしら?」


「は、はい……」


 愛しいルウの後ろに立ち、軽く手を振っていたのは……

 ジゼルの人生の目標である恩師シンディ・ライアンだったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ど、どうして?」


 意外な人物の登場に、ジゼルは呆然としていた。

 そんなジゼルの疑問に答えたのはルウである。


「どうもこうもない。以前会った時に俺は言ったよな。お前はシンディ先生と話してみたい筈だって」


 確かにルウの言う通りである。

 ジゼルは……シンディの生き方に興味と疑問があったのだ。

 

 シンディ・ライアン……旧姓シンディ・オルブライト。

 類稀な才能を持ち、若くしてこの国の第一王女の護衛という栄誉を受けた。

 だが、突如未練なく、その職を辞してしまった。

 

 本当の強さと言う意味が分からなくなってきている今の自分には……

 もしかして、道標となるかもしれない。


 しかしジゼルは中々、踏ん切りがつかなかった。

 普段はそう話してみたいと思いながらも……

 シンディに対しては、素直な気持ちを出せない。


「以前からそうだけど、最近は特に魔力波オーラが乱れていたからな」


「わ、私の魔力波が!? み、乱れている?」


「ああ、いろいろと心に迷いがあるんだろう?」


「心に迷いって……そ、それは貴方が原因だ!」


 ジゼルは叫ぶが、ルウは穏やかに笑う。

 ルウの笑顔を見て、更に喰ってかかろうとしたジゼルは、今迄の緊張感が一気に無くなった。

 

 そんなジゼルの気持ちを知ってか知らずか、ルウの話は続いていた。


「お前はいつも真摯で一生懸命に頑張る女の子だ」


「私が? いつも真摯で一生懸命に頑張る女の子?」


「だから俺はお前の悩みを解決してあげたい」


「え? 私の悩み?」


「ああ、心配だからお前と話そうと思ったけど」


「わ、私を心配して……」


「ああ、でもまずはシンディ先生と話すのが絶対に良いと思った。だから来て貰った」


 ルウの言葉を受け、シンディも笑顔を見せた。

 

 師弟関係でありながら……

 他人の意見を滅多に入れず、孤高の麗人といったジゼルと、じっくり話した事など、これまでシンディにはない。

 それが本音で話す事が出来るとあって、嬉しくないわけがない。

 

 実はシンディから見ても……

 ジゼルは若い頃の自分そのものなのだから。


「ルウ君に理由わけを聞いてね。私の話で良ければ喜んで!」


「え……」


「うふふ、ジゼルさん。貴女も私もお互い忙しいものね。だけど今日は都合がつけば1時間くらいなら大丈夫よ」


「シ、シンディ先生……」


「王女様の事は守秘義務のせいもあって、あまり話せないけれど、ごめんね」


 と、ここで、朗らかに笑うシンディに対し、ルウは深く頭を下げた。


「シンディ先生、ありがとうございます!」


 ルウが頭を下げたのを見て、驚いたのはジゼルであった。


 えええっ!?

 何故、ルウ先生が!?

 

 私の!?

 私の為に?

 あ、頭を下げたのか? 

 わざわざ私の事を心配して……

 シンディ先生を連れて来てくれたのか?

 

 ……ジゼルが今迄出会った貴族の男性は、全員が自己本位である。

 女性など、出世の為に居るだけの存在、所詮道具だという考えがまる分かりであった。

 プライドも山のように高く、女性の為に自分の頭を下げるなど絶対にしない。

 

 しかしルウは違った。

 ジゼルをひとりの人間として尊重し、これからの人生に役立つと、わざわざ頭を下げてシンディを連れて来てくれたのだ。

 

 自分の将来について悩むジゼルを理解して心配し……

 良き先輩の話を聞き、元気を出せと励まそうとしているのだ。

 

 ジゼルはその時初めて、『ナディアの気持ち』が分かった気がした。

 

 と、そこへ。

 ルウから部屋を退出すると声が掛かる。


「じゃあ、ジゼル。俺は暫く外すから。シンディ先生とふたりでゆっくりと話すと良い」


 ルウが立ち上がり、生徒会室の外に出ようとした時。 


「やだ!」


 ジゼルの白い綺麗な指が伸びて、いきなりルウの服の袖を掴んだ。

 そして口から出た言葉は、ジゼル自身、信じられないくらい素直でストレートな感情であった。


「ルウ先生……このまま……私と居て欲しい。ずっとこのまま! 私の傍に居て欲しい! 今日みたいに、私を支えて欲しいのだ」


 ジゼルが心の底から搾り出すようにルウに自分の気持ちを伝えている。

 

 簡単で不器用な言い方かもしれない。

 だが、今迄ジゼルが練習したどんな美辞麗句より、真心の籠もった言葉であった。


 ジゼルの言葉を聞いたシンディは一瞬吃驚したが……

 黙って見守っている。

 

 もうジゼルは恥も外聞も関係無かった。

 ルウに取り縋って泣いている。


「お願いだ! ルウ先生! いやルウ! 貴方にはもう校長もナディアも居る。だけど私も一緒に連れて行って欲しい。私は貴方と離れたくないっ!」

 

 シンディは経緯を一切知らない。

 ルウがジゼルの命を救った事も知らない。

 

 だが、ジゼルがルウを深く真剣に愛しているのは明らかであった。

 こうなったら師として、先輩として、ジゼルを大いに応援する事にしたのだ。


 「ルウ君! 私も、校長やナディアさんと貴方の事は何となく噂で聞いているわ。でも女の子がここまで覚悟を見せたのよ。だから、ここは男の甲斐性を見せないと。お願いね!」


 シンディからルウへ発せられた言葉は……

 彼の意思を無視した強引ともいえるものであった。


 しかし、ルウは黙って頷くと……

 嗚咽するジゼルの背中をゆっくりと優しく撫でてやる。


 ジゼル・カルパンティエ17歳。

 彼女は生まれて初めて、肉親以外の男性に対し、心から甘えたのであった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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