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第766話 「幕間 枢機卿の野望①」

 時間は少し遡る、7月某日。

 夏休みのある日、ヴァレンタイン魔法女子学園学生食堂……


「はぁ……」


「う~ん……いまいち、気分がのりませんね」


「あ~あ……確かに!」


 学園の2年生マノン・カルリエ、ポレット・ビュケ、そしてステファニー・ブレヴァルは今日も溜息を吐いている。

 マノンはぼうっとして、ポレットは俯き、ステファニーはテーブルに突っ伏していた。

 

 学園においても成績優秀な3人。

 性格も決して暗くはない。

 それがしょっちゅう溜息ばかり吐いて沈んでいるので、見かねて声をかけた教師、学園職員、そして同級生は数え切れないくらいだ。


 しかし3人は決して理由わけを言わなかった。

 3人が元気のない理由わけ……それは何故なのか、はっきりしていたのである。


「もう! 何故ルウ先生はずっと居ないのですか?」


 3人の元気が無い理由……それは全てにおいてルウの長期不在に尽きるのだ。


 マノンは眉間に深い皺を寄せており、不機嫌な気分を隠そうともしない。

 彼女はルウ不在の理由を学園の事務職員に問い合わせたようである。


「学園の職員に聞いても職員のプライベートな事には一切お答え出来ませんですって! 本当に使えない職員ですわ」


 事務職員の対応は当然の事であったが、上級貴族の特権の中で生きて来たマノンは憤りを覚える。

 ポレットもステファニーもその通りだと頷いた。


「確かに! 私達は学園でも特別な存在の筈です。全てを知る権利があります」 


「私も枢機卿の孫娘ですよ! それなのに! ああ、それなのに!」


 そして3人はまた深い溜息を吐いたのである。


「「「はぁ~あ……」」」


 暫し沈黙していた3人ではあったが、ステファニーが遠い目をして口を開く。


「ところで最近私が防御魔法以外の魔法も学び出して、色々とありました」


「色々?」


「はい! お父様に叱られました」


 ステファニーが父親に叱られた?

 今、3人で話しているルウの事とは何の関わりも無い!

 マノンはステファニーをジト目で睨んだ。


「ステファニーさん……良いですか? 貴女の個人的な事情など今は聞きたくありません。問題提起は既にされているのですよ」


 問題提起とはルウが不在である原因を究明する事だ!

 マノンはそう言いたいのである。

 ポレットも当然! というように頷いている。


 しかしステファニーも必死であった。


「暫しお待ち下さい。私の話を最後まで聞いて頂けます? ルウ先生に関係ある話になるのですから」


「「ルウ先生に!」」


 ルウと関わりがある話と聞いて、マノンとポレットの声が重なった。


「はい! しかし私が叱られると、お祖父様が逆にお父様を叱りつけました」


「どう考えてもルウ先生に関係あるとは思えませんが」


「もうせっかちですよ、マノンさん。すぐ関係してくるのですから」


「早く話して下さい! 苛々します」


 ルウに関係のある話だと断言しているのにマノンはなおも疑っている。

 これではマノンとポレット2人の為にと、話すステファニーもだんだん苛々して来るのだ。


「もう! ……では良く聞いて下さい。色々な魔法を学ぼうとする私を魔法使いとして視野が広がるとお祖父様が褒めた後に」


「「褒めた後に?」」


「私に原因を聞かれたのです」


「原因を? 貴女が色々な魔法を学ぼうという気になった原因をですか?」


 今迄ステファニーが防御魔法しか学ばないという事は学園内でも有名な話であった。

 ステファニー個人がというわけではなく、防御魔法に特化したブレヴァル家自体がそのような慣習の中で一族を学ばせて来たのである。


「そうです! 私は正直に話しました。そうしたらお祖父様はとても興味をお示しになってルウ先生を一度、ブレヴァル家に連れて来いと」


「ステファニーさん! どうしてそうなるのです? 貴女、どのような言い方をしたのですか?」


「えっと……私が実はずっと体調不良だったのはこの前お話しましたよね」


 ステファニー自身が体調不良だった事をカミングアウトしたのはつい最近の事であった。

 親しくなったマノンとポレットには密かに教えても良いと考えたのだ。


「はい、聞いていますわ」


「それがルウ先生の魔法であっと言う間に治癒してしまったのです。私は凄く嬉しかった! ルウ先生の素晴らしさをお祖父様にあつ~く語ったのです」


 どうやらステファニーは、ルウに治癒して貰った事をありのまま祖父に伝えたらしい。


「ちょっと待って下さい! 貴女の体調不良って貴女のお父様は勿論、お祖父様の枢機卿も完全に治せなかったという、いわくつきのものでしょう?」


 ステファニーはずっと体調不良で悩んでいた。

 治癒魔法の達人である祖父や父にも手におえなかった……


「そうです! だからルウ先生は素晴らしいのです」


 夢見る表情で語るステファニー。

 しかしマノンには嫌な予感が生まれて来る。


「ちょっと待って下さい、それってとっても不味い事になりませんか?」


「不味い事?」


 マノンに指摘されてきょとんとするステファニー。

 まったくピンと来ない様子である。

 ポレットはマノンとステファニーが話しているのを聞いていたが、マノンと同じ危惧を持ち始めたようだ。


「この国トップとも言える枢機卿以上の治癒魔法を行使する天才魔法使い……貴女のお祖父様が興味を持たれるのは当然です。これは大変な事になりますよ」


「へ!?」


 これだけ説明されても、まだステファニーの考えは及ばない。

 仕方無い! という表情のマノンが改めて説明する。


「ルウ先生の力が知れれば、貴女のお祖父様はどうすると思います?」


「そりゃ、創世神教会に迎えたいと考えるでしょう。何せヴァレンタイン王国における防御魔法の最高峰は創世神教会ですからって……え!? あわわわ」


 ステファニーは祖父が行動するであろう事に慌てた。

 この国において優れた魔法使いはどの組織も欲しがっている。

 人材はそのまま組織の力に直結するからだ。


 ルウがもし創世神教会に移るとすれば……


「本当にお間抜けですね、貴女は! ステファニーさん、さすがのルウ先生もこの学園と創世神教会の掛け持ちは出来ません。それにもっと悪い予感がします」 


「わ、悪い予感?」


「底知れない防御魔法の使い手、それをブレヴァルの一族に迎え入れたいと思うのは自然の摂理です。これは本当に危険です!」


 マノンの指摘に対して意外にもステファニーは首を横に振った。


「そ、それなら安心です! わわわ、私がルウ先生の妻になれば問題は解決しますから」


 ステファニーの思わぬ反撃?

 今度はポレットが慌ててしまう。

 これでは先日誓い合った固い女の友情は、早くも崩壊だからだ。


「ああっ! 裏切るつもりなのですか! 私達は3人一緒に幸せになろうと誓った筈です」


「こここ、こうなってはもう仕方がないですわ。お二人には悪いですけど、私は幸せになります!」


 開き直るステファニーに、今度はマノンが冷たい視線を送る。


「本当に馬鹿ですね! ステファニーさん、冷静になってよ~く考えて御覧なさい」


「な、何!?」


「貴女はブレヴァル家直系である上級貴族の娘です。貴女のお祖父様である枢機卿が、貴女と平民のルウ先生を結婚させるわけがないでしょう?」


「ああうううっ! し、しまったぁ!」


 ステファニーの願望の前には身分差という壁が立ちはだかる。

 普段ルウと結ばれる事を夢見るステファニーであったが、現実はそう甘くはないのだ。

 俯くステファニーに対してマノンは更に言う。


「このような場合、融通のきく家の娘を養女としてブレヴァル家に迎えてから、ルウ先生と結婚させるのが一般的です。多分、貴女のお祖父様は強引に事を運ぶでしょう」


 とんでもない事を祖父に告げてしまった。

 ステファニーの胸を後悔という文字が覆い尽くす。


「ああ、ルウ先生。ごごご、御免なさい~っ!」


 ルウに向かって謝るステファニーであったが、マノンはゆっくりと首を横に振った。


「もう……遅いですわ」


 ぽつりと呟いたマノンは自分達ではどうにもならない事を理解していたのである。


「枢機卿は多分、アデライド理事長の所へルウ先生の移籍を申し入れに行くでしょう。運命の鍵は……理事長が握っています」


 確かにブレヴァル枢機卿はアデライドへルウの事を頼みに行くだろう。

 ルウの運命はアデライドの対応にかかっているのだ。


「全員で理事長に応援の念を送りましょう」


「そうですね! 何とかルウ先生の移籍を阻止して頂かないと」


「はぁぁ……理事長、お願いしま~す」


「「「お願いしま~す」」」


 3人の美しい少女はまた切なげに溜息を吐き、一心不乱に祈ったのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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