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第762話 「初心者向けの王都散策⑥」

 王都セントヘレナの書店通りにあるサマン書店。

 様々な書物が並べられた書架でルウの妻達は思い思いに本を探している。

 店内の一画でリーリャは、色鮮やかなイラストばかりで描かれた本の一節を読み上げていた。


「ええと……むかしむかし、きれいなおひめさまがいました。あるひ、わるいまほうつかいがあらわれて、おひめさまをさらってしまいました。しかしつよいおうじさまがあらわれておひめさまをすくい、ふたりはずっとなかよくくらしました……」


 傍らで魔導書をぱらぱらとめくっていたラウラはとても気になった。

 リーリャが見ていたのは子供向けの絵本である。

 果たして彼女にそのような趣味があったのだろうか?


「あ、リーリャ様。何を読んでいるのですか?」


「わぁお! 吃驚しました、これは絵本です。たまたま手に取ったら、何かとっても親近感が湧くお話でしたから……って、ラウラ姉!」


 いきなり鋭い声で自分を呼ぶリーリャにラウラは吃驚した。


「な、何ですか? リーリャ様」


「リーリャ様は一切禁止! ってこの前に話したでしょう。今はもう私達は立場が同じ妻、そしてラウラ姉の方が年上。だから私は貴女を姉と呼び、私の事はリーリャと呼び捨てにすると!」


 家族内で相手をどう呼ぶか?

 

 確かに共同生活を送るにあたって家族全員で取り決めた約束だ。

 リーリャは平民として、そして26歳で最年長のラウラの事を、姉と呼ぶと決めたのであった。

 当然、ラウラも約束を承知はしている。


「そうは言っても……分かりました、努力します。それより何故絵本を見ていたのですか?」


 ラウラの聞き方はまだリーリャが主であった頃の名残があった。

 しかしリーリャは指摘はすれど、それで厳しく揚げ足を取ったりはしない。


「何か敬語が入っていますが……まあ良いですよ、じっくりと直しましょう。ええと絵本を見ていたのは理由《わけ》があります」


「理由《わけ》が?」


「はい! 私が将来旦那様の子供を生んだ時に読んであげたいなあって! そうだ、ラウラ姉もそうでしょう? 子供、欲しいですよね」


「え? 私が旦那様の子を!?」


「はいっ!」


 子供!?

 ルウとの子供!?

 妻となれば愛する人の子をいずれは欲しい……

 ぼんやりそう考えていたラウラであったが、いきなり言われるとつい動揺してしまう。


 かああっ!

 ラウラの頬が真っ赤に染まった。


「え、え、え、ええと……そう言えばモーラルさんは何故、私達を書店へ連れて来ようと思ったのですか」


 助けを求めるように、ラウラはモーラルに話し掛ける。

 モーラルもすぐ傍らで本を物色していたのだ。


「うふふ……ラウラ姉。私もリーリャ同様、呼び捨てにして下さい」


「は、はいっ! 分かりました、努力します」


 ラウラは自分を励ましてくれたモーラルを慕い、尊敬している。

 それがつい返事に出てしまう。

 だがモーラルもリーリャ同様そんな事でラウラを責めない。


「ふふふ……最初の問いに答えましょう。……そうですね。私が書店へ皆を連れて来たのは……私が読書から得られた歓びを家族と分かち合いたいからです」


 モーラルはそういうと少し間を置いた。


「まあ読書は所詮趣味で、人それぞれですから、無理に押し付けをしようとは思いません。もし書物が性に合わないなら再び来店しなければ良い事ですから……但し、こうやって本に触れる機会がないと、読書の楽しみを得るきっかけもなくなります」


「読書の楽しみ……ですか?」


「はい! 話は変わりますが、私は8歳まで決められた人生を歩んで来ました。何故なら生きて来た環境がきっちり決まっていて、生きる為の方法があまりにも限定的になってしまったからです」


 ラウラはモーラルの生い立ちを思い出していた。

 

 果たして神の悪戯なのか……

 人間の両親から夢魔として生まれ、母と一緒にひっそりと隠れ生きる人生。

 呪われた生を受けたモーラルにはそれしか選択肢がなかったのだ。

 そして今はルウに助けられ、彼の従士として、妻として生きる幸せな人生を送っている……


「ここに居る人達はまさにそうです。まあ私が人と言うのはおこがましいですが……違う人生の選択肢などない境遇ですから」


「……確かに!」


「効用のひとつですが……書物は私達に違う人生を送るきっかけを与えてくれますよ」


「成る程! 書物を読めば違う人生の選択肢が得られるというのですか?」


「はい! 書物を読んだ全員が絶対に! ではありませんが人生の選択肢のきっかけが得られる可能性はあると思います」


 モーラルがルウに命を救われた事で、何か恩返しをしたいと考えていた頃。

 たまたま彼女はヴァレンタイン建国の英雄バートクリードの冒険譚を読んだ事があった。

 それには屈強な円卓騎士のひとりがバートクリードに生涯付き従った理由《わけ》が描かれていたのである。

 その円卓騎士は絶望的な状況下で、自分の命を捨てる覚悟で来てくれたバートクリードに救われていたのだ。


 まだ幼い子供だったせいもあろう。

 モーラルがルウの忠実な従士として生きて行こうと決意したのはその時であった。


 そのような事を思い出しながら、モーラルは話を続けている。


「書物は先人の知恵や経験、そして思いが詰まっていますから。私は書物全てが好きですが、特に小説が好きです」


 モーラルが小説を好むと聞いてラウラには意外だった。

 魔法に関する深い造詣がモーラルにはある。

 実践も含めて生半可なものではない。

 ラウラは魔法の求道者としてモーラルを見ていたからだ。


「小説!? ですか?」


「うふふ、意外だなって表情ですね」


「ご、御免なさい!」


 謝罪するラウラにモーラルは手を左右に振った。


「いいえ。考えてもみて下さい。小説は様々な人の人生を疑似体験させてくれるものです。他人の人生をどう思うのかなんておこがましいですが、ね」


 モーラルは思う!

 書物は自分をいくらでも望んだ場所へ連れて行ってくれると。


 素晴らしい人生、愚かな人生。

 嬉しい人生、悲しい人生。


 小説の主人公が自分に成り代り、演じてくれる。

 私のもうひとつの人生を……


 昔々、美しい娘が居ました……

 彼女は優しい父と元気な母の3人で幸せに暮らしていました。

 しかし悪い男に出会った娘はころりと騙されて、家を連れ出されてしまいました。

 結局、娘は悪い男を信じたばっかりに不幸になりました。


 おしまい……


「小説で描かれるのは、私とは全く違う人生ばかりです……読むとつい没頭してしまいます……ふふふ」


 読書に耽る自分を思い出してモーラルは苦笑する。

 しかしラウラにはまだピンと来ないようだ。


「全く違う人生か……私には想像も出来ません」


 しかし今度はモーラルが反論する。


「でも事実は小説よりも奇なり。ラウラ姉はヴァレンタイン王国へ来て、結果的に今迄とは全く違う人生を歩む事となりましたね」


「ああ、そうか! 確かに私もあのままロドニアで、王宮魔法使いとして仕えていたら、いずれ魔法に理解のある貴族男性と結婚して暮らすものとばかりに思っていましたからね」


 ラウラはそう言うと納得して、はたと手を叩く。


「それがこんな異国の地で!」


 そう!

 このヴァレンタイン王国で!

 異邦人であったラウラは!


 そこへモーラルが絶妙のタイミングで合いの手を入れる。


「旦那様みたいなとんでもない人と出会って!」


 確かに!

 ルウはとんでもなかった!


 ラウラは大きく頷いた。


「そう! 私、ラウラ・ハンゼルカはルウ様に妻にして頂きました!」


「わぁお! リーリャもそうですよ!」


 そこへリーリャも割り込んだ。

 ラウラの思いに激しく同意したからである。


 そしてラウラは……


「違う人生を描いた小説か……私も読んでみようかな」


「わぁお! モーラル姉! ラウラ姉! 私も、私も小説を読みたい!」


 こうなると3人には書物に対する激しい購入意欲が湧き上がって来た。

 モーラルが話を締めに掛かった。


「ようし! では私達は自分の楽しみと将来生まれて来る子供の為に小説と絵本を探しましょう!」


「お~っ!」


 小さく鬨の声をあげたリーリャ。

 そしてラウラは彼女らしく控えめに自分の希望を告げたのである。


「あ、あの凄く面白そうな魔導書もたくさんありますから……そちらも」


「「OK!」」


 モーラル、リーリャ、ラウラ3人は意気投合して嬉しそうに笑い合ったのであった。

ここまでお読み頂きありがとうございます!

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