第76話 「友情」
大広間……
立食パーティは始まったばかりである。
久々の大勢の訪問客に……
ドゥメール伯爵家の使用人達も、忙しいながら嬉しそうに立ち働いていた。
そこへようやく……アデライドを筆頭にして、彼女の書斎で話をしていたらしい面子が現れた。
ルウとフランは勿論の事、エルネストとナディアの父娘も嬉しそうな笑顔で歩いて来る。
5人の様子を見て、ジゼルの父レオナール・カルパンティエ公爵は首を傾げる。
一体、何があったのか?
ルウとフランシスカ嬢の結婚は、シャルロワ子爵父娘に関係は無いだろうし……
レオナールには皆目、見当もつかなかった。
そのレオナールの後ろでは、先ほどからジゼルが寂しそうに俯いていた。
時折、苦しそうに唸っている……
むう……ジゼルの様子が先程からおかしい。
レオナールが、愛娘に話しかけようとした時。
アデライドが一同の前に進み出ると、大きな声で呼び掛ける
「皆さん! 今日はお忙しい中、我が家にいらして頂き、誠にありがとうございます」
そしてアデライドは、まずフランとナディアに対し、慈母のように微笑む。
「ここで……ある重大な発表をしたいと思います。私の娘・フランシスカ・ドゥメールと、エルネスト・シャルロワ子爵のご息女ナディア殿は、両名共、ここに居るルウ・ブランデルの妻として、目出たく婚約致しました」
その瞬間、驚きの声を発したのは、レオナールとジョゼフィーヌ、ミシェル、オルガのみであった。
ジゼルは事前にナディア本人から聞いて知っていたし……
屋敷の使用人達は、ナディアはともかく、ルウとフランの婚約は事前に報されていたのである。
その後の、各自の反応は様々である。
レオナール、ミシェル、オルガは祝いの拍手をした。
だが、ジゼルとジョゼフィーヌは無言で俯いていたのである。
「父上……」
レオナールの後ろから、暗く元気の無い声が掛かった。
ジゼルである。
「申し訳ないのですが、気分がすぐれません。出来れば先に帰らせて頂きたい」
ジゼルは更に元気がなくなっていた。
顔色は青ざめ、目にはいつもの漲る力がない。
レオナールがいつも自慢する、薔薇のような気品と輝くばかりの美貌は見る影もなかったのだ。
かといって……
父が理由を聞く事を許さない……
そんな険しい雰囲気も漂わせていた。
「そ、そうか! で、では私も一緒に引き揚げよう」
「え?……私はともかく……父上は宜しいのですか?」
俯いたまま父を気遣うジゼルだが……
やはり声には張りが無く、レオナールはとても気になった。
父としてみれば他人の吉事などより、愛娘の健康が当然大切である。
レオナールはジーモンに頼み、アデライドを呼んで貰った。
アデライドは元気のないジゼルを見ると、心配そうに視線を向けた。
しかしジゼルはアデライドと視線さえ合わせようとしない。
暫くジゼルを見つめたアデライドは、レオナールに視線を戻す。
「そうですか……それは残念です」
レオナールはアデライドの見送りを固辞し、一礼すると……
ジゼルを促し、大広間を退出する。
そのジゼルは、アデライドの前を通る時も俯いたままである。
「ジゼルさん!」
アデライドがいきなり名を呼ぶと、ジゼルは雷に撃たれたように、身体をびくりと震わせた。
「元気のなさが私の想像通りなら、悩んでいないで、いつもの貴女らしく、ど~んと覚悟を決めなさい! そしてすぐ私の所に相談に来なさい、分かった?」
と、その時。
ルウとフラン、そしてナディアが……
「一体、どうしたのか?」とジゼルの下に歩み寄って来た。
それを見たジゼルは吃驚して走り出すと、逃げるように大広間を出て行ってしまう。
レオナールも、慌てて愛娘の後を追ったのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
同日午後8時……
魔法女子学園学生寮……
ある部屋の扉がリズミカルにノックされている。
何度も何度もノックされるが、中からは返事がない。
しかしノックをする者は諦めるつもりはないらしい。
執拗に叩き続けた。
やがて部屋の中で気配があり、舌打ちに加えて言葉にならない罵声と共に乱暴にドアが開けられる。
かなり怒っているようだ。
しかし部屋の主は、ノックしていた相手を認めると、少しだけ表情を和らげる。
「全く……強引だな、お前は……」
部屋の主はジゼル、ノックをしていたのはナディアであった。
「ジゼル、部屋に入って良いかい?」
不機嫌そうな顔をしてはいるが、ジゼルは別にナディアに対して怒っているわけではない。
その証拠に黙って頷くと、無言で入るように促した。
「ありがとう、じゃあ、座らせて貰うよ」
ナディアはベッドに腰を下ろした。
約2年間のベタなつきあいで、お互いに勝手知ったる寮の部屋である。
「やはり、ボクの勘が当たってしまったようだね」
「…………」
ナディアの指摘に対し、ジゼルは口を真一文字にして黙っていた。
思わず苦笑したナディアはジゼルに尋ねる。
「何か……ボクが力になれるような事は無い?」
「無いっ!」
「もう……強情だな。君は自分に素直になった方が良い」
「…………」
「フランシスカ先生やボクの婚約は問題ないよ。この国は一夫多妻制が許されているもの」
「…………」
「身分の事を心配しているのだったら、アデライド母様からボクと同じく、ジゼルの父様にも話をして貰おうよ」
「ううう……」
ナディアの言葉を聞いたジゼルは、またもや俯いて唸っていた。
「ほらぁ」
ナディアはジゼルの肩を叩き、慰める。
自分の気持ちに対して、素直になれないジゼルの性格をナディアは熟知していた。
ナディアに促され……
ようやくジゼルは……
ぽつりぽつりと話し始める。
ルウの強さに……とても驚いた事。
強さに加え、戦う姿の美しさに魅入られ、憧れてしまった事。
そしてジゼルはきっぱりと断言する。
「それに私はもう、ルウ先生以外の妻になれない」
「え? 君がルウ先生以外の妻になれないって?」
「ああ、なれない! 何故なら! 異界から助け出された際、動けなかった私は……彼に無理やり抱かれてしまったからだ。女としてな」
ルウが無理やりジゼルを抱いた!?
女として!?
思わず「あらぬ事を想像した」ナディアはさすがに驚いてしまう。
「えええっ? ルウ先生に抱かれた? それも彼が無理やり!? アデライド理事長も傍に居たのに?」
「ああ、理事長の前で、ルウ先生に、しっかりとお姫様抱っこされてしまった」
「は? お姫様抱っこ?」
「そう! お姫様抱っこだ! 私はそんな事、夫以外には絶対に許さない!」
あまりの『乙女ぶり』に……
呆れてしまったナディアだが……
当のジゼルは大真面目であった。
「だから……私はルウ先生の妻になるしかない!」
ジト目のナディアを華麗にスルーし……
ジゼルの告白は続いて行く……
ルウが命懸けで自分を助けてくれたかと思うと……
気持ちに収まりがつかなくなった事。
最後はナディアの言う通り……
公爵令嬢と言う身分が障害となって、「結ばれぬ恋だ!」と諦めている事。
やはりジゼルは……
ルウへのほのかな想いが、強者願望に後押しされ、完全に止めをさされてしまったのだ。
そこに公爵令嬢と平民との身分の差という絶望感、妻となったフランとナディアへの嫉妬が加わり……葛藤となって渦巻いていたのである。
ナディアに対して『全て』を告白したジゼルは、やっとすっきりしたらしい。
「ナディア! お前の言う通りだ! 私はもっと、自分に素直になる!」
「……そ、そうだね。君は素直になった方が良い……」
「うむ! でも私は……ルウ先生の事を何も知らない。もっと彼の事を知りたい!」
「な、ならばボクと一緒さ! 最初はふたりでじっくりと話をした方が良いと思うよ」
「ふたりきり!? 馬鹿な!」
「え? 馬鹿なって?」
「ど、ど、どうやってルウ先生を誘えば良い? 私は他家の男性とは、自分から誘った事などない! 肉親同伴以外、ふたりきりで会った事などない!」
全く教えを請う態度に見えないのが、玉に瑕ではある。
だが、ジゼルは必死であった。
「やれやれ」と肩をすくめるナディアだったが……
必死なジゼルは、『恋する純な乙女』といえなくもない。
「ボクの時は食事だったけど……君の場合は、やっぱり剣なり体術なりの稽古をつけて貰いながらの方が良いかもね」
「け、稽古!? おお! 稽古か! な、成る程ぉ!!!」
ナディアのアドバイスを聞き、ジゼルの目が一段と輝く。
「おいおい、凄い食いつきだねぇ。そうさ、いろいろ話しながらルウ先生の強さを、君自身でしっかり体感すれば良いんだよ」
「私自身で……しっかり、た、体感か! す、凄い! 素晴らしい! さすがナディアだ!」
ジゼルの脳裏には、昼間のルウの戦いが、鮮明な映像で甦っているに違いない。
ナディアは苦笑しながら……
今回の罪滅ぼしの意味もあり、悩める親友の為、ひと肌脱ぐ事を決めたのである。
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